死のうとしたら親友に死体を食べたいと言われた件について
伊予葛
まんまと罠に嵌ったのではと気付いたのは翌日だった
ㅤもう駄目だ。僕は死のうと思います。
ㅤそれを彼に伝えたのが間違いだったのかもしれない。本当だった。全部、何もかも捨てて、というほど何も持っていないのだけれど。とにかく、もう終わりにしたいと願ったのは本当だった。だけどそれを彼の前で言うべきではなかったのだ。口を滑らせた僕の向かい側で、彼はにこやかに告げた。
「それじゃあ、私の目の前でお願いするよ。」
今、なんて?
ㅤ思ってもみない台詞に聞き返せば、彼は笑みを崩さずに続ける。
「鮮度が落ちない方がいいからね。」
ㅤどうにも要領を得ない。
「引き留めるとかはしてくれないのかい?」
ㅤ薄情者めと思わず立ち上がって身を乗り出せば、零れかけていた涙が一粒落ちて、机に染みを作った。
「君の覚悟は相当なものだろう。私は君の意志を尊重したい。」
ㅤ真剣な面持ちの彼は、決してふざけているとか、僕の言葉を疑っているわけではないらしい。
「君は死んでしまいたいと言う。だけども私はそれが悲しい。けれども止めるなど以ての外だ。」
ㅤオレンジジュースをひと口。
「それだからね、食べてしまおうと思うんだ。」
「は?」
ㅤ素っ頓狂な発言に、思わず声が漏れる。前言撤回。やはりこいつは僕を馬鹿にしているのかもしれない。
「覚悟ができないのなら私が手伝ってあげようか?」
ㅤそう言った彼は立ち上がるとキッチンへと消えた。一体何をするつもりだとその後ろ姿を見送ってから数分。包丁片手に戻ってきた彼は、何の前置きもなくそれを僕に向かって振り下ろした。
「待て待て落ち着け! 話せばわかる。」
ㅤガタリと椅子が音を立てる。転げ落ちたときに打った肘が痛い。壁際まで後ずさった僕を見て、こいつは笑うのだ。
「おやおや、望んだことじゃあないのかい?」
「心の準備がまだだ!」
ㅤ彼は、しばし逡巡する素振りを見せた後、包丁をテーブルに置いた。ひとまず危機は去ったと息を吐く。
「それなら覚悟ができるまで見張っていて、君がくたばったら食べることにしよう。」
ㅤ楽しみだなぁと笑う彼を見ながら、何がなんでもこいつよりは長く生きてやろうと思った。
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