六大多国籍企業//妲己

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 ──六大多国籍企業//妲己



 アーサーは大きなダブルベッドに半裸で腰かけたまま、また電子ドラッグをBCIポートに突っ込み、フェンタニルの過剰摂取オーバードーズで死んだジャンキーの記憶を追体験していた。


「アーサー。楽しくなかったかい……」


「いや。楽しめた、妲己」


 アーサーの背後で同じく半裸の女性がベッドから身を起こし、アーサーの肩に手を触れて尋ねてくる。


 アラブ系の血が流れているのか健康的な褐色の肌は艶やかで、その長身の体は女性的な起伏を有する。その脱色してブリーチトブロンドに染めた髪は短くウルフヘアに。そんな30代前半ほどの若く、美しい女性がアーサーとベッドを共にしていた。


 彼女が六道の幹部である妲己だ。


「ただ、アルマのことを考えていた。もう俺たちに残された時間はあまりない。痛みがそれを嫌というほど思い知らせてくる」


 アーサーはそう言って効果をなくしたウェアを抜いて砕いた。


「そろそろあんたたち親子に何があったのか教えちゃくれないかい」


「聞きたいのか……」


「ああ。聞きたいね」


 妲己はそう言って背後からアーサーを抱き、アーサーの耳元で囁く。ワイヤレスサイバーデッキ越しで聞いたハスキーな声と同じ声だ。


「アルマは先天性ナノマシンアレルギーだった。そのせいで妻リアの体に宿っていた時に障害を負った。循環器系の障害で生まれつき心臓が酷く弱く、ナノマシンアレルギーのため治療することもできなかった」


 アーサーの娘アルマは先天性ナノマシンアレルギーのせいで生まれつき心臓が弱く、生まれた後もそれは悪化するばかりであった。


「そして俺はその当時メティス・メディカルの特級研究員だった。生物工学者として。そこでプロジェクト“アナスタシス”という研究プロジェクトを進めていた。プロジェクト“タナトス”について聞いたことはないか……」


「あたしはストリートの育ちであんたみたいなインテリじゃあないよ。知らない。どんなものなんだい……」


「人間という生命をデジタルな存在として記録すること。それが目的だった」


 妲己が尋ねるのにアーサーが説明を始める。


「マサチューセッツ工科大学が進めていたプロジェクト“タナトス”が成功したという話は聞いていないが、俺たちが研究していたプロジェクト“アナスタシス”も人間のデジタルなバックアップというものを目指していた」


「ああ。それは少し聞いたことがあるね。技術的特異点シンギュラリティって奴だろう。違うかい」


「その通りだ。この2045年にはかつて技術的特異点シンギュラリティというものが起きると語られた。夢のような技術が生まれる時代になると」


 技術的特異点シンギュラリティ。かつて語られた未来の想像。


「その中で語られていたのが人間のデジタルなバックアップを作成することで人間を不老不死にするというものだった。マサチューセッツ工科大学も、そしてメティス・メディカルもそれの実現を目指していた」


 そこに所属していたアーサーもまた同じく。


「医者にアルマは20歳の誕生日を迎えられないと言われた。そこで俺はアルマが生きた痕跡を少しでも残せればと思い、アルマをデータ化しようした」


「親としては当然だよ。子供が自分より早く死ぬなんて受け入れられないだろう」


「そう、所詮は俺のエゴだ。俺が俺のためにやった。アルマのためになることじゃない。アルマはどうあっても生きられない。データ化してもそのオリジナルのアルマは死ぬんだ。意味がない。全く意味がない」


 妲己が諭すがアーサーは自分を責めるように繰り返した。


「最悪だったのはそれに成功したことだ。どういうわけかあらゆる試みで失敗していた実験が成功した。アルマのデジタルのバックアップはアルマを完全に再現していた。受け答えができて、感情すらあったんだ」


「それはよかったじゃないか。それとも何か問題が……」


「その後のことを思えば最悪だった。俺はあのデジタルの存在をアルマとして認めてしまうほどにアルマは完全にバックアップされていた。悲しみも、痛みも、苦しさも、全てを感じられる状態だったんだ。それが」


 アーサーが思わず言葉を詰まらせ吐き気を催したかのように呻いた。


「何があったんだい……」


「メティスの理事会が関係している。あのオカルト染みた連中は密かにとあるプロジェクトを進めていた。プロジェクト“シェオル”。人間の魂を操作する技術の開発を目指す研究計画だ」


「魂……」


「シジウィック発火現象。人間が死んだ際に失われる脳に存在する凝集性エネルギーフィールドのことだ。未だ理解が及ばない現象でいかにしてそれが生まれ、いかにして失われるかはずっと脳科学における謎だった」


「それとあんたの娘に何の関係が……」


 妲己が困惑した様子で尋ねる。


「デジタルになったアルマの魂だ。それが連中の狙い。プロジェクト“シェオル”はデジタルな存在だったアルマのシジウィック発火を増幅させ、実体化させた」


「肉体はなく、魂だけの存在ってことかい。それは幽霊ってこと……」


「連中はデーモンと呼んでいた。悪魔という意味と初期のオペレーティングOシステムSのひとつに存在したシステムの名前からそう名付けていた」


 アルマは肉体を捨てたデジタルの存在から、さらに魂だけの存在となった。


「デーモンがどういうものなのかは俺にもまだ分からない。ただ言えるのはデーモンは魂だけの存在であり、その存在は単独では非常に不安定であるということだ。デーモンには憑依者ポゼッサーが必要になる」


「それがあんたなのか」


「ああ。俺がアルマのポゼッサーだ。そして、ポゼッサーとなって分かったのは人間の体はふたつの魂が余裕をもって存在できるようにはできていないということ。俺はアルマを宿してから急速に死に向かっている」


「ポゼッサーであるあんたが死ねば娘は……」


「ともに死ぬことになる。それを避けたい。どうしても避けたい。あの子にはもっと広い世界を見てほしい。長く生きて、生きる喜びを、未知のことを知る喜びを、人と触れ合うことの喜びを知ってほしいんだ!」


「落ち着け、アーサー。大丈夫。あんたはまだ死なない」


 アーサーが思わず叫ぶのに妲己が優しく彼を抱きしめた。


「すまん。取り乱した。だが、希望がないわけではない。土蜘蛛のおかげであることが分かった。メティス理事会がプロジェクト“シェオル”に踏み込んだのはひとつの理由がある。オリジンの存在だ」


「オリジン?」


「デーモンでありながら独立して存在できるもの。恐らくオリジンを先にメティス理事会が見つけ、それを再現するためにプロジェクト“シェオル”は行われたのだろう。未知の技術のリバースエンジニアリングを試みたんだ」


 オリジンの存在を掴んだのは晴れて六道お抱えの情報屋になったハッカーにして情報屋の土蜘蛛がメティス周りに仕掛けランをやったからだ。


「つまり、オリジンの技術を完全に解析できればアルマは、あんたの娘はあんたが死んだ後も生き続けられる。そうだね……」


「ああ。それが希望だ。唯一の」


 妲己の言葉にアーサーがそう言った。


「だけど、それであんた自身は助かるのかい……」


「俺自身はどうでもいい。アルマだけでいいんだ。助かるのはアルマだけで」


「あんた、それは残されたもののことを考えてないよ」


「そうなのかもしれない。だが、どちらかを選ばなければならなくなったとき、俺は迷うことなくアルマを選ぶ」


 そう語るアーサーの顔には迷いはない。


「そうかい。あんたの決めたことだ。それならあたしは何も言わないよ。頑張りな。……おっと。メッセージだ」


 妲己はそう言った後にマトリクスを通じて届いたメッセージを確認した。


「いいニュースだ。あんたに紹介したい人間がいる。力になってくれるかもしれない。そのオリジンって奴を探すのに」


「その人間とは……」


 妲己の言葉にアーサーがそう尋ねる。


「ジェーン・ドウ。恐らくは大井のな」


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