第28話

 ユゥカはホルスターから拳銃を抜き、狙いをルカへ定めた。黒くて無骨な塊はずっしりと重い。

「やっぱり、駄目だよ……ルカ」

「それでもやると言ったら? 撃つの?」

「……撃つ」

 弱々しく応答するユゥカに対して、ルカは余裕のある笑みを浮かべた。ユゥカには撃てない——それが判っているのだ。

 実際、銃を構えたユゥカの手は震えていた。

 今撃っても、多分、ルカには当たらないだろう。だがそれでも良い。これは、ルカにこれ以上過ちを犯して欲しくないという、ユゥカの最大限の意思表示なのだ。

「ルカ。本当にこんな方法しかないのかな」

「うん。こうでもしなきゃ、この腐った世界は変わらない。まずはこの国からだよ」

 またどこかから地響きがした。

「ユゥカはさ、変えたくないの? 恨んでないの? 憎んでないの?」

 ルカの言葉が、悪魔の甘い誘惑のように聞こえた。

「……私は」

 違うと言えば嘘になる。だが、それを受け入れてしまえば、大勢の人の命が奪われることになる。それは許されないことだ。

「それでも、他の方法を探したい。世の中を変える道は、きっとある」

 あるはずなのだ。非特殊障碍者だって人間だ。訴えかければ解ってくれる人は必ずいる。始めは少なくたって良い。非難されても良い。少しずつ、少しずつ互いに歩み寄れば、いつかは特殊障碍者が差別されない世界になるだろう。

 時間はかかるが、多くの人が犠牲になるよりはずっと良い。少なくとも、こんな破滅的な方法は間違っている。

 ユゥカはそう伝えた。

 ところがルカは、すっと笑みを消した。

「友達が殺されてもそう言える?」

「どういう——こと」

 ルカの言っている意味が解らなかった。

「藤咲ミュア。彼女は実験で殺されたんだよ」

「え……」

 ユゥカはルカの言葉の内容を咀嚼するのに数瞬を要した。

 ——実験で? ミュアが?

 ルカの言葉が、頭の中を激しく谺する。

「な、何を……言って……」

「事故で一度死んだのが不祥まずかったね」

「事故……」

 そういえばミュアと最後に会った日の会話で、ミュアは交通事故に遭ったと言っていた。

「彼女の能力は、蘇生。だから何度も何度も、あらゆる方法で、彼女は殺され続けたんだ」

 殺され続けた——その言葉をきっかけに、ユゥカの心臓が暴走を始めた。耳許の血管がどくどくと脈打つ。

「そ、そんなの……信じられないよ……」

「彼女、失血死させられたんでしょ? 能力は血中の異能因子に起因する。蘇生の能力者はその血液を失っても復活するのか——そういう実験だよ」

 肺が萎縮して呼吸ができない。

 ——実験で殺された? 何度も何度も?

 それはどれほど痛かったか。苦しかったか。辛かったか。

 急激に込み上げた悲しさと怒りに耐えきれず、涙がぼろぼろと溢れ出た。今にも心が張り裂けそうだった。

 ユゥカは胸を押さえて、膝から地面に崩れ落ちた。

 ルカはそんなユゥカの許へ歩み寄り、ユゥカの肩をそっと抱いた。

 そして耳許で優しく囁く。

「ユゥカ。一度壊そう。ユゥカから大切な友達を奪ったこんな世界なんて、もう要らないよ。だから」

 ね——と、ルカは子供に言い聞かせるように言った。

「後はあたしに任せて」

 肩から伝わるルカの体温が、いつかのミュアの抱擁を思い出させた。

 ——そうか……。

 もう二度とあの温もりを感じることはできないんだ。

 ユゥカは今になってようやくミュアの死を実感した。

 ——もう、どんなに望んでも……。

 ユゥカの中で、か細い何かが切れた気がした。

「うん」

 頷くと、ルカの手がユゥカの頭に触れた。

「じゃあ、あたしは行くね」

 ばいばい、ユゥカ——その言葉を最後に、ルカはどこかへ消えてしまった。

 白い空を映す水溜りが、ゆらりと揺らいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る