第4話 ムソンの疑念
ムソンは朝食の席で、昨夜のことを思い出していた。
自分の抱かない宣言からの、ルーネによる友達になりましょうと提案されるまでの流れを。
ムソンの口元にめずらしく微笑が浮かびそうになるが、さきほどのルーネの目を思い出した。
(……やはり女は皆同じだ。騙されてなるものか。そもそもあの女は首の鈴として用意されたと考えるのが妥当だろう。まったく、戦が終わればあっさりと邪魔者扱いだ。貴族共の腐臭にはうんざりする)
(……『私はあなたのことを傷つけません』か。……俺の過去を知っているということか?……まあ、散々王都で陰口叩かれたからな!)
ムソンの胸に貴族たちへの悪感情が募っていった。それは王都にいたころに散々培われてしまったものだった。
「おはようございます」
ルーネが朝食の席にやってきた。昨夜とおなじく、何の裏表も感じさせない微笑を向けてきた。
「……朝食のお味はいかがでしょうか?」
「ええ、とてもおいしいですわ」
ムソンは鼻白んだ。
この貧しい辺境料理が、王都で育った公爵令嬢の舌に合うはずがない。
それなのにルーネは少しも逡巡することなく、まるで慣れ親しんだ食事を楽しむかのように微笑したのだった。
(やはり嘘だな。……昨夜の笑顔も)
ムソンは、ルーネが何らかの目的のために偽っているのだと確信した。
ムソンはスプーンを置き、姿勢を正してルーネを見つめた。
ただならない気配に、ルーネもリズム良く口に運んでいたフォークを止め、姿勢を正してムソンを見た。
「……正直に申し上げましょう」
ムソンは一気呵成に口火を切った。
「私はほんの一年前にここコドラ領を陛下より賜りました新米領主です。領主といえば聞こえはいいですが、コドラ領は貧しく、これといった特色もございません。辺境ゆえに開発も進んでおらず、貧しい村々があるばかりです。それもそのはず、このコドラ領は辺境として、外なる民からの侵入を防ぐという役割を担ってきました。あるのは石造りの長大な壁と古びた城ばかりです。そもそも貴族の領地として考えられていなかった土地を、にわか英雄を封じるために王室が新しく領地と銘打って押し付けたというのが真相なのです。要はただの荒れ地同然の貧しい土地であるということです。いかがですか?ご理解いただけましたか?」
ムソンは“何を”ご理解いただけたか?あえてそこは明示しなかった。
(どうだ?何を思って“蛇のゼファニヤ”が用無し英雄に嫁を寄越してきたか知らんが、俺から何がしかを奪おうと思っても、奪えるものなどたかが知れているのだぞ?理解できたら早々に離縁を選択するがいい)
「ええ。理解致しております」
だが、予想に反してルーネは変わらぬ微笑を浮かべ、さらにはまったく予想外の言葉を並べたのだった。
「とても魅力的な土地だと思いますわ!」
その言葉と屈託のない表情にムソンが呆気にとられていたのは、わずかな時間だった。
「……どういう意味ですか?皮肉ですか?」
ムソンはやや険悪な雰囲気をまとわせて聞いた。
しかし、ルーネは平然とした様子だった。
「あら、とんでもありません。事実を申しただけです」
これを聞いて、ムソンはまるで焦っているかのように席を立った。
認識を改めざるを得ないかもしれないと感じていたのだった。
あえて険悪な雰囲気にしてみたり、一気にまくしたてるように貧しい領地事情を明かしてもみたが、ルーネはまったく臆するところがなかった。
これの意味するところはなにか?
(マズい……!マズいぞ……!考えられ得る限り、もっともマズい状況だ……!)
ムソンは、執務室へ速足で歩いていった。まるで安心出来る領地へ、逃げ帰るようだった。
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