卒業した推しがクラスメイトになったんだが?

あざね

オープニング

プロローグ 人気配信者、電撃の卒業。





 ――それはある日、突然に発表された。



「志藤マリナが、れいんらいぶ卒業だって……!?」



 俺が見ていたのは某SNSのVtuber事務所公式アカウント。

 通知がきたので何事かと思い、スマホを開くとそこには一人のライバーが卒業する旨が書かれていた。返信欄にもこちらと同様、事態が呑み込めないのであろうファンたちの困惑が広がっている。

 志藤マリナというのは、二年前から『れいんらいぶ』という事務所に所属しているライバーだった。澄んだ声と愛らしいキャラクターの立ち絵、本人の天然ポンコツっぷりを感じさせる奇跡的な配信で、一躍トップに立った女の子。

 まさに、充実一途。

 あるいは順風満帆という言葉がピッタリと合う、そんな人気配信者だった。


『どうして卒業なんですか!?』

『ちょっと待って、めまいがする』

『吐いた』


 波紋が波紋を呼び、瞬く間に情報が周囲に拡散されていく。

 基本的に困惑のそれが多かったが、中には妙な憶測をする者もいる。そんな奴らを見て、普段は穏やかなファンたちも目くじらを立てていた。

 誰もが、冷静ではない。

 もちろん俺も、一人のファンとして動揺が隠せないでいた。

 先ほどからスマホを握る手が小刻みに震えていたし、呼吸だってまともにできない。春になったばかりだというのに、滝のような汗が頬を伝っていった。


「どうして、卒業……なんて……」


 そして、繰り返すのはそんな言葉。

 後になって思えば、本当に抜け殻のような状態だったと思う。

 それほどまでに衝撃的だったし、高校二年生にもなって、枕を思い切り濡らしたものだった。正午に発表されてからずっと涙に暮れて、気付けばすっかり日も傾いている。妹が夕食の時間を告げにこなければ、きっと何も食べずに寝込んでいただろう。

 そんな姿を見た妹からは辛辣な言葉を投げられたが、それすら気にならなかった。

 ただ妙に味のしない母の手料理を口にして、風呂で時間を潰し、そのあとのことはあまり記憶にない。


 スマホを手に、続報を追いかけようかとも思った。

 だが、まとめ記事を開けばそこにあるのは誹謗中傷スレスレな憶測ばかり。やれ男ができただの、やれ事務所から解雇されただの……根拠のないコメントを事実のようにタイトルに書いて、面白おかしく囃し立てる。

 それを数秒見て、俺はため息一つで布団にくるまった。

 何もかもが馬鹿らしい。


「でも、どうして……」


 馬鹿らしい、そう思いながら。

 だけど、意味もなく悔しさを捨てきれずにいた。

 本当に今がちょうど、春休みで良かったと心の底から思う。もしこれが平日のど真ん中に発表されていたら、間違いなく学校を休んでいただろうから。




「明日から、何を楽しみにしていけばいいんだろう……?」




 だけど、それはそれで虚無感だけが募ってきて。

 俺はぼんやりと、見慣れた天井を見上げ続けるのだった。




 

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