第六十六話 三大名家
伊賀野先生の車で送ってもらうのもこれで二度目だ――そして今回は乗っている人数も増えている。
「藤原くん、大丈夫ですか?」
「は、はい。ほぼほぼ問題ないです」
「……二人とも寝ちゃうのが早い。疲れてたから仕方ないけど」
特に事前に話したりもせず、七宮さんは助手席に、俺は御厨姉妹と後部座席に乗ることになったが――真ん中に座ることになったのがまずかった。
「「……すぅ……」」
姉妹そろって出発間もなく眠ってしまい、最初は大丈夫だったのだが、坂道にさしかかると俺にもたれかかってきた。
「……藤原くんはやっぱり凄いですね、御厨さんたちと一緒にダンジョンに入ると聞いてはいましたが、すでにこんなに信頼されていて」
「い、いや……ダンジョンの中では本当に大変だったので、二人も疲れていたんだと思います」
「そうですよね……日向龍堂君の意識が戻り次第事情を聞くことになりますが、岩切さんからはすでに少し学園の監査部から話を聞いたそうです。彼女たちは、藤原くんの後を追ってダンジョンに入ったんですね」
「それなんですが……連条先生がいるのに、彼らがどうやって入れたんですか?」
「連条先生は日向家に連なる家の人なんです。全国の探索者学校、あるいは探索者の関係機関には、日向家の配下と言える人たちがいます」
「……だとしても、連条先生が簡単に便宜を図るとは思えないんですが。日向家の配下は主人に絶対に逆らえないとか、そういうことなんですか」
伊賀野先生は言葉に詰まってしまう。それはそうだ――日向家の生徒は一部の教師に命令を聞かせられるなんて、よくよく考えなくても堂々と表に出せない話だろう。
「……日向君と初めて会った時、私は彼がクラスの生徒の信頼を得ていくのを自然なことだと感じました。事前に、日向家の人が持つ『力』について聞いていたにも関わらず。彼自身が本当に優秀だったということもありますが、あれはおそらくスキルの影響です」
「人に信頼されるスキル……いや、魅了するようなスキルですか。生徒カードにスキルが表示されるってことは、そういうスキルの存在は、データベースか何かに登録されてるんじゃないですか?」
「……スキルの解析データは発見した人が報告する。研究機関で解析されて、データが修正されない限りは、自己申告がそのまま登録されることもある」
七宮さんの言葉通りなら――日向家が他者を支配するために使っている能力について、データベースには違う情報が記載されているということもありうる。
「……そうだとしても、学園の研究所で日向君たちのスキルを検証することは難しい。彼ら兄弟に起きたことに関して日向本家が放っておくこともありませんし、彼らは探索者連盟でも重要な役職にいます。組織図としては連盟の下にある探索者学校は、事実上日向家には
「そういうことですか……事情は分かりました。日向家は『三大名家』の一つだと聞きましたが、他の二つの家についても聞いてもいいですか?」
「はい、日向家、
「……私の家は、壱宮の分家。七番目の家だから、七宮」
「七宮さんの家が、三大名家の分家……そうだったのか……」
なぜ、今まで秘密にしていたのか――それは置いておいて、七宮さんがそういった家柄なら、日向が執着していた理由の一端が見えてくる。
――君が『七宮』であるなら、本来クラスで最も優秀な人間と組む義務がある。
「……ごめんなさい、秘密にしてて。藤原くんには、私の家のことは意識せずにいてほしかったから」
「謝ることはないよ、ちょっと驚いてるけど……俺にとって七宮さんは七宮さんで、家のことを知っても何も変わったりはしない」
「……ありがとう」
「……この流れに便乗しているみたいで、少し気が引けるのだけど。私たち『御厨』は、夜上家の分家になるわね」
「陽香先輩、起きてたんですね」
「そっちの方を気にするのね。別に狸寝入りしていたわけじゃないのよ」
御厨姉妹も三大名家の分家の出身だった――庶民である俺は、知らず知らずにうちに無礼を働いてしまっていなかっただろうか。
「日向家は強い職業同士を掛け合わせると強くなる……そういう思想を持っているみたい。私の職業と龍堂君の職業は、特に相性は良くないと思うのだけど。率直に言って水と油くらいなんじゃないかしら」
「御厨さん、すごくはっきりと言うんですね……お淑やかなイメージを持っていたので、先生びっくりしてます」
「そういったイメージは、できるだけ壊したくはないのですが。司くんと一緒にいると、知らない自分を知ってばかりなんです」
「……誤解を招く言い方は、減点」
「七宮さんに嫌われるのは本意ではないし……沈黙は金ということね」
陽香先輩は唇に指を当てる――それをミラー越しに見て七宮さんが肩をすくめている。仕方ない人、というようなニュアンスだ。
「そろそろ到着ですね。藤原くん、もしよければまた放課後などにお話させてください」
「はい、よろしくお願いします」
三大名家のより詳しいこと、そして日向兄弟に何があったのか――改めて時間を設ければ、教えてもらうこともできそうだ。
◆◇◆
秋月さんは夕食の準備をして待ってくれていた――御厨姉妹の分まで作ってくれていて、二人も同じテーブルで食べている。
しかし陽香先輩は、秋月さんと会った時からずっと緊張している様子だった。
「んー? 私のご飯、そんなに美味しくない?」
「い、いえ。まさかここでお会いできるなんて思っていませんでした、秋月先輩」
「私がここで働いてるなんて思わなかった? まあ、私も色々あってここにいるってことで、そんなに気にしないで」
「はい、もちろん詮索するつもりは……ただ、秋月先輩は男性が苦手とうかがって……」
「あーあーあー。それはね、時間が経てば人は変わるものだから。司くん、今はそんなことないのよ、出会い頭もああだったでしょ?」
「出会い頭……あ、ああ。普通に技をかけられましたね」
「技……藤原さん、秋月さんと一体何があったんですか? 凄く気になります」
「……私も気になる。二人とも、最初から仲が良かった」
七宮さんにはそう見えていたのか――確かに険悪な関係ではないが、秋月さんは皆に人懐っこいというか、別け隔てのない人だと思っている。
しかし秋月さんが男性に対して苦手意識があったというなら、なぜ俺を寮に入れることを許可してくれたのだろう。
――そのとき、キッチンからベルのような音が聞こえてくる。どうやらオーブンが焼き上がりを知らせたようだ。
「今日の追加メニューは海鮮のホイル包み焼きね。ちょうど仕入れられたからカニも入ってるわよ」
「めちゃくちゃ豪華ですね……同じシルバーコイン1枚でいいんですか?」
「ええ、お値段は据え置きだから。陽香ちゃんたちはどうする?」
「いいんですか? 急にお邪魔したのに……」
「秋月さんの手料理が食べられるなんて……お噂はかねがねうかがってます、生徒会のメンバーの胃袋を掌握されていたとか」
「どこで聞いたの、その話……まあ、趣味で料理をしてるだけだけどね。いちおう専門授業で料理は取ってたけど」
いちおうというか、それは料理に関係するスキルがあるということなのではないだろうか。野営の時に役に立ちそうなので、俺も料理関係のスキルはぜひ習得しておきたい。
「……美味しい」
「白ちゃんにそう言ってもらえると安心するわね、食べることに執着がなさそうだから」
「そうでもないです、甘いものと紅茶は好きですし……」
七宮さんがこちらを見てくる――ティータイムのお誘いということか。また機会があればぜひ一緒させてもらいたいが、御厨姉妹がしっかり見ている。
「同じ寮だから、一緒にお茶したりしているとか? 控えめに言って羨ましいわ」
「そ、そうなんですね……男子と一緒の寮っていうのがもう特別なことですから、駄目ですよ、あまりその、接近というか……」
「……双葉さん、牽制してる?」
「ああっ、ち、違うんです。すみません、急にやってきた身分で図々しいことを言って……」
「いいのよ、みんなで協力して探索してきたんでしょう? そういうときはご飯を楽しく食べて、お風呂に浸かって、ゆっくり休むの。それがいい探索者になるために大事なことなんだから」
秋月さんの言葉に御厨姉妹が感銘を受けている――俺もまあ、気持ちは同じなのだが。
「んっ……な、なに? ふくらはぎがくすぐったいのだけど」
「あっ……ね、猫ちゃん……?」
「うちで飼ってる。名前はリン」
「ニャーン」
御厨姉妹は揃って猫好きらしく、足にすり寄ってきたリンに気づくと、それぞれされるがままに膝に乗られたりしていた――なんとも和む光景だ。
「……この寮に空き部屋があったら住みたいくらいね、お食事に猫様がついてくるだなんて」
「お姉様、猫様って……リンちゃんっていう可愛い名前があるんですから」
「はいはい、遊ぶのは食べ終わってからね」
「あ……なんかめっちゃ楽しそうなんですけど。御厨姉妹がうちにいるとか、また藤原が何かしたの?」
「瑛里沙はさっきからずっと様子を見ていたんだけど、ようやく今決心がついて出てきたんだよ。そういうところは可愛げがあるよね」
「あ、あんたねえ……」
「樫野さん、今日はあなたか天城さんのところで床に布団を敷いて寝させてもらうことになっているのだけど」
「ええっ……まあ別にいいけど、あんたってお嬢様だし、どっちかといえば阿古耶の部屋の方が良さそうよね」
「ふふ……私の部屋は飾り気がないから、瑛里沙の部屋の方がいいんじゃないかな。それともせっかくだし、二年生三人で寝ようか」
樫野先輩は陽香先輩に苦手意識があるようだったが――どうやらそこまで深刻なものでもなかったらしい。二年生たちは普通に和気あいあいとしている。
「……あ、あの、七宮さん、申し訳ありませんが……」
「……私は大丈夫、ソファで寝るから。双葉さんがベッドを使って」
「ああっ、私こそ床でも大丈夫なので、七宮さんはお気遣いなくっ」
こちらも特に問題はなさそうだ――七宮さんの優しさには見ているだけで癒やされるものがある。
「司くんも一年生だし、一緒に……なんてわけにはいかないよね」
「っ……秋月さん、いきなりこっちに振らないでください」
「あはは、ごめんごめん」
もちろん俺は一人で寝るわけだが、秋月さんの悪戯のせいで、七宮さんと双葉さんの方を見づらくなってしまった。
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