第四十一話 寮の反応

 生徒会室を後にして、玄関ホールから外に出る。学園北門まで歩く間にも俺のことに気づく生徒はいたが、もう突撃されることはなかった。


「みんな落ち着いてくれて良かった」

「本当に。一時はどうなることかと思ったよ」

「……でも今度は1位になっちゃったから、やっぱり注目はされそう」

「いきなり果たし合いを申し込まれたりして……それはランキングには関係ないか」

「『デュエル』の制度はある。決闘けっとうっていうより、試合っていう意味」

「そういう形式でも、生徒の実力を評価するってことかな。戦闘向きじゃない職業には厳しくないか?」

「探索者はみんなダンジョンに潜るから、剣士や魔法使いでなくても戦う力は必要になる。戦闘が専門じゃない職業でも、ランキングが上のほうの人はいる」


 七宮さんは学園についてとても詳しい――俺が知らなすぎるとも言えるが。彼女の話は聞いているだけでとても勉強になる。


「そのうち試合があるから、準備はしておいたほうがいいかも……私も、藤原くんも」

「そうだな、準備はしておこう。七宮さんはどうやって戦うの?」

「……後で見せる。私も藤原くんに見せてもらったから」

「ありがとう、楽しみにしてるよ。あ、俺に手の内を明かしたくないとかなら、そこは我慢するけど」

「藤原くんには見てほしい。他の人には、そんなに見せない」


 何か別の意味に聞こえてしまいそうだが――その場合、他の人にはそんなにというか、基本見せて欲しくないというか。あさっての方向に行き過ぎだ。


「……ん?」

「どうしたの?」

「なんとなく、視線を感じたような……こういう勘って結構当たるんだよな」

「……悪いことじゃないといい」


 あまり良い予感はしないのだが、七宮さんに心配をかけるのもなんなので、今は気にせずにおくことにした――幸いにも、見られているという感覚は学園の外までは続かず、途中からは消えていた。


   ◆◇◆


 寮に帰ると、秋月さんが張り切って料理を作ってくれた――シルバーコインの追加メニューで、魚料理も出してもらっている。肉と魚のバランスは身体作りのためには重要だ。


「タンパク質の摂取源にもこだわるなんて、司くんは実は筋トレ好きだったり?」

「このあたりって海も近いので、海鮮が美味しいのかなと思って」

「普通の海の幸も豊富だけど、『入り江ダンジョン』があるんだよね。魔物でなければ、あのエビはぜひみんなに食べてもらいたいんだけど……」

「まあ最初は抵抗あったけど、一年の秋に死ぬ思いしたから魔物食に対する覚悟は決まってるのよね。あんたも飢えそうなときは気をつけなさいよ、空腹にさせてくる魔物もいるから」

「瑛里沙が覚悟して『エリンギ』を食べた時の顔は今も覚えているよ。ちなみにエリンギというのはキノコの魔物の通称だね」

「他の魔物と比べたらキノコはまだいいけどね……毒のあるやつもいるから進んでは食べたくないわね。実際食べてひどい事故が起きたって話もあるしね」

「……私も覚悟はしておく。スライムは電気分解すると水分の補給源になる」

「なるほど、科学的なアプローチか。それはいいね」

「……はー、まだ今でも信じられないんですけど。やっぱりあの動画、あんただったとか……動画と目の前のあんたでギャップが激しすぎるわよ」


 秋月さんが上機嫌だったのは、俺のランキング上昇の件を知らされていたからだった。樫野先輩、天城先輩もすでに知っているとのことだが、それぞれ反応は大きく違っていた。


 朝は秋月さんに『ダンジョンであったことを教えてくれなかった』と言われてしまったが、切り替えてくれたようで良かった――むしろ機嫌が良くなりすぎている気もしなくもないのだが。


「まあ、あんたに抜かれたってことは……一年のあんたを一緒にダンジョンに連れていっても問題ないってことなのよね」

「司くんが瑛里沙ちゃんの言うことを聞いてくれるかは、別問題じゃないかなー」

「ちょっ……な、なんで私より藤原の味方して……硯さん、あんまり藤原を甘やかすのは良くないわよ。いくらその、全体3位だからって……なんなのあんた、天才なの?」

「あはは、瑛里沙ちゃんも本音がこぼれてる」

「うっさい。硯さんはそのこぼれそうな胸を何とかしなさいよ、ジャージの前全開にしちゃって」

「これはもう閉まらないのよね……でも大丈夫、司くんの前でははしたないことにはならないから」

「二人とも……後輩の前でそういった話は、今後慎むべきではないか」


 天城先輩はこの寮の良心なのだと分かってきた――七宮さんもそうだが、彼女は基本的には聞き役に回る性格のようだ。


「え、えーと。俺のことは気にしないでください、皆さんがいつものように話してくれるのが一番いいと思ってるので」

「司くん……こんないい子があんなテクニックを持ってるんだから、やっぱり神様は見てくれてるんだよね」

「っ……テ、テクニックって……硯さん、それって今言っていいことなの?」

「そういう意味じゃなくて、技術的なことだよ? 瑛里沙ちゃんは何を想像しちゃったのかな? お姉さんに教えて欲しいなー」

「ぐ、ぐぬぬ……そんなベタなのに引っかかっちゃう自分が悔しい……っ」

「後輩くんのテクニック……というと、確かに興味深いけど……あ、ああ、違うんだ、私はいつも健全なことしか考えていないからね、彼女たちと違って」

「なーに言ってんだか……ちょっ、本気で睨むのやめて、ドキドキするから」

「瑛里沙ちゃんはこう見えてすっごく優しい子だから、司くんも仲良くしてあげてね」

「まあ、あんたがどうしてもって言うなら、下働きくらいにはしてあげてもいいわよ……あっ、ごめんなさい、同じ寮の住人として普通に仲良くしたいです」

「ははは……」

「……仲良くなれて、良かった」


 七宮さんがまとめてくれたので、それからは平穏に夕食の時間は過ぎていった。


 しかし秋月さんの『神様は見てくれてる』というのは、まさにその通りなのかもしれない――今も女神は俺のことを見たり見なかったりしているのだろうから。


   ◆◇◆


 夕食のあと、風呂の順番を待つこと二時間――ようやく何事もなく入浴を終えられた。


 部屋に戻って明日の準備を済ませる。明日は金曜なので、それが終われば土日は休みだ――うちの学園は、土曜も出てくる生徒は多いそうだが。


「(さて、寝るか……)」


 消灯して布団に入る――ふと思い立ってスマホで例の動画について調べてみると、いったん話題は落ち着いていたが、一つ目の転載動画が三千万再生にまで達していた。


 Sチャンネルの方はメンテナンス後から再生数1位になっている。投稿者名は『NO.9』となっていた。


(ナンバー9……9番目? どういう意味だ……?)


 コメントを見ると動画に出てくるのは俺だと特定されていて、それなら投稿者は誰なのかと疑問に思うコメントもあったが、誰も答えてはいなかった。


 そして、こういう意見もあるだろうと思っていたが、コメントの中にはこんなものもあった。


『この魔物が出てきたのってまぐれだし、これでランキング爆上げしたら運良すぎだろ』


『荷物持ちが使えるようなスキルじゃないし、別の職業じゃないのか』


 そういった意見に対しての反応は『偶然であんな魔物に対応できることが凄い』『普通は出てきても戦ったりできない』というものもあって、議論は拮抗しているように見える。


「……結果を出していかないとな、これからも」


 もう眠ろうかと考えて、コメント欄を閉じようとする。


 そのとき、あるコメントが目に入った。


『同じ学園にこの人がいてくれたことに感謝します』


『三年間で一度でもいいから、一緒に探索したいなー』



 ――おっさんがいなくても、荷物持ちって替えがいくらでもいるからさ。


 ――もう限界でしょう? あなたから言ってくれたら、いつでもクビにしてあげるのに。



 『ベック』は、仲間たちに自分が本当に必要とされているとは感じていなかった。


 学園の皆は動画の内容を見て、今日のような騒ぎになった――俺のことを部活などに勧誘してくれる人も沢山いた。


 だがその中でも、一緒に探索したいと言ってもらえることが一番嬉しいのだと今わかった。


「(よし、明日も頑張っていくか……ん?)」


『――ニャーン』


 目を閉じかけたところで、どこからか、猫の声が聞こえた。


 そういえば、今日帰ってきてからはリンの姿を見ていない。


「(なんだ……めちゃくちゃ眠い……どう、なって……)」


 急に睡魔に襲われる。ただ疲れているというには不自然に思えたが――すぐにそれすらも考えられなくなり、意識は途切れた。


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