帰宅部な彼ら

ゆきひら

第1話 東京

「いい加減、何かの部活に入れ。」

 担任の数学教師佐々木はそうため息交じりの言葉を吐いた。

「………すみません。」

 その、何度目かの言葉に、俺も何度目かの返答をする。彼は謝る俺を見て、ため息を吐いてから、呆れをにじませた苦笑を漏らした。

「はあ。まあ、早く家に帰りたいていうのは痛いほどわかるけどな。結局、路面電車が動くまで時間あるんだから、同窓会にでも入ったらどうだ?」

 そう提案してくれる。実際この学校は部活のほかにも同窓会というものも充実している。俺もいくつかの興味のひかれた同窓会に見学でも行こうと思ったが、体験入部の時期も過ぎていることもあって、どうも億劫で行くのをやめてしまっていた。

「まあ、そっすね。」

 だから、どうしてもヘラヘラした返答を返してしまう。それを見て、彼はすこし気に障ったような気配を見せるが、特に何か俺を責め立てるような言葉は言わなかった。彼は、俺から目線をそらし、

「そろそろ決めないと、主任の先生とも話すことになるからな。」

 そういって彼はまたため息を漏らす。しかしこれまでの何回かのやり取りで、時間をかけても仕方ないと感じたのだろう、俺がしばらく黙ったままでいると、あきらめたように苦笑した。

「まあ、一応部活動紹介のパンフレットやるから目ぇ通しておけよ。」

 そう言って机の隅に立てかけられていたパンフレットを手渡してくれる。そして、俺の顔をチラリと見てから、もう帰っていいよと、俺に言った。

 失礼しました、と言って軽く頭を下げ、職員実を出る。扉を閉め、軽く息を吐きだし、リュックサックを背負いなおす。

 校内には、吹奏楽部の練習の音が満ち、放課後の学校特有のゆっくりとした時間が感じられる。少なくともそれを日々感じられるのは部活に入っていない人の特権のように思う。

 そんなことを考えながら、俺は玄関口への道を歩き始める。

 俺、里山広野がこの夢島学校に入学してもう、一か月近くが経過しようとしていた。

 この学校では原則部活に入らなくてはいけないので、この長い間部活に入らなくてもとやかく言われなかったのはお得意のへらへら笑いが幸いしているからなのかもしれない。しかしそれでも、さすがにそろそろ何らかの部活に入らないといけないだろう。

 ……どうするかな。

 少しでも気がそらしたくて、光が差し込んでくる廊下の窓からチラッと外を眺める。

 灰色に薄くくすんだ空。その下に広がる荒廃した荒野。その先に森のように立ち並ぶビル群が遠くに見てとれる。そして、そこに伸びるように、緩いカーブを描いて、コンクリートの道と線路が走っている。

 もう少し視点を下げると、海が見え、この学校が海に浮かぶ島にあることが分かる。

 ……これじゃ本当に夢の島みたいだな

 そんなことを思いながら窓の外を眺めながら歩いていると、先ほどから見える長い道を四体のPHCVが走っていくのが見えた。PHCVとは、Private humanoid Combat Vehicleの略称で、日本語だと、自家用人型戦闘車両と訳される一般的な移動手段の一つだ。

 重心は低く設計されているおかげで移動に適しており、その上装甲も丈夫で早々傷つかないため安全性も高い。ちなみに免許は十六歳から取ることができ、現に俺も入学前の春休みに取得していた。

 しかし、生徒のPHCVでの登校は禁止されている。時間的に少し不思議に思ったが、あれは先生たちの機体なのだろう。

 そう納得できる理由が見つかると、先ほどまであった興味が薄れていく。

 俺は、窓の外の景色から目を背けて玄関口へ歩き続ける。

 しかし、瞼の裏に残った景色は、いつものように冷たくさびれている。

 これが、二十六年前に地球温暖化とオートマトンという機械集団によって変わってしまったらしい、今の僕らが住む、東京の風景だった。



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