武器腕ドラゴン系配信者の、無人島生活
七紙野太郎丸
国立探索者育成校・葦原高等学校卒業式
「……さて、と」
少年が、一人で殺風景な広い室内に立っている。
格好からして学生のようで、制服を着ていた。
少年の手が浮遊するドローンを操作すると、電子音が鳴り、録画機能が起動する。
何度もこの手順を繰り返している事が、その無駄のない動作から読み取れた。
「えー、探索者:
顔をドローンのカメラに見せる。
厳つい顔だ。
とても十八歳には見えないような顔立ちをしている。
身長も高い。
恐らく二メートルは越えているだろう。筋肉の付き方からして、体重も百キロ以上は普通にある筈だ。
制服の半袖から覗く腕やズボンに覆われた脚は、太く長い。
そんな少年の全身を、ドローンのカメラがスキャニングする。
替え玉などの試験の不正を防ぐためだ。
今回の試験内容は、『低適合率ダンジョンの攻略』である。これが、三年生三学期のおける実技の最終試験だ。
「……よし」
ドローンの映し出した空間投影型のホログラムディスプレイに試験開始の文字が出る。
少年は、ゆっくりと目先にある階段を下りていく。
一歩一歩下りていく。
それと同時に。
両足が変異していく。
ズボンを巻き込むように、脚が膝下から怪物のそれへと変わった。鋭利な爪が備わった脚を動かし、軽くその場で何度か跳んでみる。
渋い顔をして、
「……せめて腕が変身出来れば」
変異せず、硬質化しただけの自分の腕を眺め、嘆息する。
どうやらこの辰巳という少年、何かに不満があるらしい。愚痴を吐きながらも、彼はダンジョンへと歩を進める。
暫く進んでいると、何かがこちらへとやって来るのに気付く。
ダンジョンに存在する最も多く、最も人の命を奪ってきた存在――モンスターである。
入り口付近の最序盤の階層に出るモンスターは、その殆どが獣系のモンスターだ。
敵は鼠。
中型犬と同サイズの大きな鼠だ。
名前は『大鼠』。
ただ愚直に突進と噛み付きしか出来ないとは言え、それだけで人を殺せる敵性モンスターだ。
しかし、少年は探索者。
硬質化した拳を振るうだけで、あっさりと倒してしまう。
頸椎を一撃でへし折られて事切れた鼠を一瞥し、少年は歩を進めた。
スキル:《■力■■》
本人にしか見えないステータスボードにおいて、獲得したスキルはいつでも確認出来るのだが、現在その殆どは文字化けしてしまっている。
強力なスキル程、その文字化けは酷い。文字化けは、その効果を制限されている事の証だ。
しかし、そんな制限された状況だろうと、あっさりと勝てる程度にはここの敵は弱い。
故にサクサクと少年は下へと降りていった。
暫くして。
「……まあ、こんなものか」
両腕が大きく異形のそれに変わった辰巳は、親指以外の四指と合一した八本の刀剣をしげしげと眺める。
「……普段よりも斬れ味が悪い」
苦い表情。
「刃のデザインも簡素だな。頑丈なだけ救いか……」
しかしそれでも。
「まあ、これで試験は最低限クリアか」
試験合格の為の指定階層十五層――そのフロアボスの討伐。
豚の頭部をした巨体が、左右から四つの斬撃を受けてバラバラになっている。敵が手にしていた鉄の大斧も、あっさりと砕け散った。
モンスターの名は、『レッサーオーク』。
オーク種の中でも底辺の存在だが、その常人よりも大きい巨体とそれを支える腕力は十分に脅威だ。中には他のモンスターと連携するような知能を持った存在も確認されている。
本来ならば、パーティーで挑む暴力と知能を兼ね備えた強敵。
それを、こうもあっさりと倒してのけた。
「……よし」
だからこそ、辰巳はドローンを操作し、ここで試験を終了した。
元より試験の合格が目的なのだ。
最低限の目的は達成した。
「帰るか」
卒業式まで残り一ヶ月弱。
ギリギリの合格であった。
●●●
三月某日。
卒業式を終えて、様々な表情で巣立っていく生徒たち。笑う顔、泣く顔、浮かれた顔……様々な表情で親や友人、後輩らと言葉を交わす卒業生。
そんな彼らを見送る教員たちは、程度の差はあれど皆、感慨深い顔をしていた。
「……」
そんな中、職員室に一人。
なんとも言えないような表情で成績表を眺めている教師がいた。
彼は、卒業していった三年生のクラスを受け持っていた一人だ。
そのクラスにいた一人の男子生徒の事を思い返し、感慨に耽っていたのである。
「先生、浮かない顔ですね」
そんな彼に、教頭が話し掛けてきた。
年齢からすれば年若い外見をしているが、そろそろ還暦間近な彼女に、教師は慌てて居住まいを正した。
「っと、これは……教頭先生」
「どうかされましたか?」
にこやかにそう訊ねられ、教師は手にしていた成績表に眼を落とした。
「それは……ああ、例の子の」
「はい。龍桐です」
教頭も内容は知っている。
落第となるラインをギリギリ落としていない成績。
だが、『事情』を知る人間の一人である教頭は、そこに含まれない『功績』も知っていた。担任である彼もまた。
「……試験結果は、一年生の時から全て中間・期末共に平均より少し下。委員会や部活動にも所属していませんね。遅刻早退欠席も多く、ダンジョン探索試験における到達階層も合格最低ライン。事情を知らなければ、問題児の成績ですね」
「オマケにあの体格と容姿です……事情を知らなければ『不良』だと思われてもしょうがないでしょう。いち教育者としては苦い物言いになりますが」
身長二メートル弱、体重百三十キロ越え。
筋肉の鎧に身を包んだ強面の少年。
腕や脚は長く太く、掌は厚く指も節くれ立っている。
入学当初は期待の大型新入生扱いされていたが、表向きの素行の悪さのせいで次第にそれも無くなった。
ダンジョン探索において、他者とのコミュニケーションは必須ではないが疎かにしていいものではない。
不測の事態に陥った場合に、通りすがりの見ず知らずの他人に助けを求めないとも限らないからだ。
「……アイツが探索者になったのは、中学一年の時だとか」
「ええ、そうでしたね。資料によれば彼は、中学校在籍時から体育の成績は『免除』だったと」
ダンジョン探索の専門家を育てる高校ならばいざ知らず、義務教育期間に探索者となった場合、運動系の授業は軒並み『免除』となるのだ。身体がぶつかるような接触系のモノなどは特に。
未成熟な子供同士だろうとも、大怪我を負わせてしまうかもしれない。故に小中の学校は、探索者となった生徒の授業を免除するしかないのである。
「まあ、何も知らなければ、『ズル』と思われてもしょうがないんですけどねぇ」
「国や市町村が許可を出すのには理由があるからだ、とあの世代の子に説明しても、納得は難しいですものね」
「はい」
本来この日本では、中学校卒業までダンジョン探索の許可は下りない。
国や住んでいる市町村、もしくはダンジョン協会が管理を任されているダンジョンの探索には身分証が必要であり、原則としてその時点で中学生や小学生は弾かれる
もうすぐ百年は経過するダンジョンという不可思議な空間に関する例外や特例は、年間を通してそれなりに報告されている。恐らく報告されていない件も含めれば百件以上はあると言われていた。
何しろ『ダンジョン』というモノは、世界中に存在しているからだ。
ある一定数の人間が暮らす場所の付近に発生する異空間。
それがダンジョンであると定義付けられているのである。
突如として発生する事もあるような出鱈目具合だ。杓子定規な国のルールが真っ当に罷り通る筈もない。
故に政府は管理されないダンジョン探索の罰則よりも、ワザと緩くした上で様々な優遇措置を設定した。
勿論、厳格に定めねばならないルールも同時に。
未成年者がダンジョンへ侵入し探索者へとレベルアップした場合も、罰則規定付きではあるが権利と義務が発生するのである。
「資料を読んで驚きましたよ。まさか、実家の自分の部屋にダンジョンが発生して、寝ている間に布団ごとダンジョンに転がり落ちただなんて」
コントか、と思わず担任だった男は口に出して呟いた程だ。
だが事実として、彼はそのままダンジョンにて目を覚まし、右も左も分からない状態でなんとか生還を果たした。丸二日かかって、である。
出迎えた両親の話では、ボロボロの状態で『化け物』がダンジョンの入り口から這い出てきたと思ったら、息子に戻ったそうだ。
この変身系の《スキル》を手に入れた事が、生還への大きな助けになった、と彼は後に聞き取り調査で語っている。
ダンジョンにて得たレアな変身系のスキル、それが探索許可の下りない十二歳の少年が手に入れたとなれば、嫉妬や誹謗中傷に晒されるのは目に見えていた。
だがら、少年の二日の失踪は『無かった事』にされたのである。
彼の家に発生したダンジョンは秘匿される事になった。こういった事態は実は過去に何度か発生しており、中には市町村やダンジョン協会に通達せずに身内で攻略した者もいた。逆に大事に発展した事例も。故に報告してくれた人に対して優遇措置も用意されている。
秘匿案件となってしまったせいで、少年の実家に出来たダンジョンの攻略は、少年とその両親だけで行う事になった――が、ここで更なる不運がこの家族を襲った。
長年の様々なダンジョン研究により、人はそれぞれ相性が良いダンジョンとそうではないダンジョンが存在したのである。
そして、それは『適合率』として数値化する事に成功したのであった。
少年とダンジョンの適合率は――驚異の93パーセント。両親は30パーセント。
大抵は50から70台くらいの相性なのだが、平均を20パーセントも越える適合率が発覚したのである。
相性が良いダンジョンを見つけて攻略すれば、人は著しく成長する事が出来た。少なくとも延々と相性が悪いダンジョンを繰り返し攻略するよりも、ずっと良い。
例えだが、適合率30パーセントのダンジョンで一週間探索するのと、適合率60パーセントのダンジョンでの一日探索。
これで得られる利益はトントンなのだ。
だから探索者たちは、日本全土にある様々なダンジョンを行脚している。時には海外にすら足を運ぶ。
ちょっとでも相性の良いダンジョンを探して、探索を繰り返している。
そんな探索者なら誰もが気にする適合率だが、実は落とし穴が存在した。
相性が良過ぎる――特に80パーセントを越えるような相性のダンジョンを攻略する時に、探索者が弱かったり成り立ての場合、普通では考えられないような試練やモンスターが高頻度で現れるのだ。
その結果として、レアなスキルやドロップ品が手に入る。
まるで、ダンジョンそのものがその探索者を強くしようとしているかのようだ、と体験した探索者は語っている。
では逆に適合率が悪い場合はどうか。
所持スキルの制限や禁止、弱体化させられる。ドロップするスキルやアイテムも、適合率が悪い程使えない物が多くなっていく。汎用スキルと呼ばれるようなスキルやデメリットの無い低ランクのアイテムが出れば御の字といったレベルでだ。
しかし、こういった他ダンジョン内でのデメリットは、複数の方法で解消する事が出来た。
ダンジョンの最深部に存在する『コア』と呼ばれる中枢に触れると踏破報酬を手にする事が出来るのだ。
もう一つは、その適合率の低いダンジョンの探索を進める事。こちらの適合率の上がりは個人差はあるが、それでも探索を進めていけば、適合率40~50パーセントくらいには上昇する。
そして最も人々が選んでいる事は、適合率の高い人物と『パーティー』を組む事だった。
仮にパーティーが五人もいれば、大抵のダンジョンの適合率は40パーセントを下回る事はない。
30と40の差は、それ程に大きいのだ。
だからこそ探索者育成高校は、パーティーでの探索を推奨していた。
それでもソロはいるにはいるが、授業の一環や試験で臨時パーティーを組んで挑む人間は多い。
それすらソロで挑む筋金入りなどそうそういないのだ。
だから、龍桐辰巳はその『筋金入り』として教師間で有名だった。
誰ともパーティーを組まず、最低ラインとは言えども合格した事は、卒業まであと一ヶ月というギリギリのギリッギリまで掛かった事にヤキモキしていた教師陣を安堵させた。
攻略結果を録画したドローンを受け取った際、担任である男は不覚にも視界が滲んだ事を覚えている。
大体の生徒は、二学期には前倒しでこの試験を終えているのだが、最初から最後までソロで通した辰巳の事情を思えばこその感慨深さだった。
「ん?」
そんな事を教頭と話していると、だ。
外が騒がしいのに気付いた。
「……ああ、『あいつら』ですか」
「そうですね。随分と後輩に慕われているようで……」
一年・二年生たち下級生に囲まれている男女の集団。
今期の卒業生たちの中でも突出した実力を誇るとされているパーティーだ。
しかし、その仲が良好かと言うと……
「先生――いけませんよ」
視線が鋭くなる担任を教頭が窘める。
「もう、あの子たちは卒業したんですよ? でしたら……責任を取る『権利』は彼らにあります」
義務ではなく、権利。
そう教頭は言う。
ダンジョン探索者となった以上、彼らは他の同年代よりも様々な特権を得ている。勿論、制限や義務も多いが。
「敵対する事も、仲良くする事も……その選択は自分でするべきです」
その見た目と相反してとても生徒思いの担任は、少しだけ寂しそうに視線を逸らした。
後輩たちと別れの挨拶を交わし、彼らは去っていく。
その後ろ姿が遠くなるのを、職員室の二人は温度の違う視線で見送った。
●●●
「先生、ちょっといいですか?」
歳の割に随分と低い声が耳に聴こえる。
振り返ると、職員室へと入ってくる生徒がいた。
特注サイズの制服を着た偉丈夫が、それでも服を窮屈そうに弄りながら話しかけてくる。
先程、話題に上がった龍桐辰巳だった。
「おお、龍桐。どうかしたのか?」
「それがですね……」
大きな手が、ポケットから何かを取り出す。
小型の記憶媒体だ。フラッシュメモリというヤツだった。
本人の手の大きさも相まってかなり小さく見える。
「これは?」
「俺の卒業後の計画です。親に作るように言われてまして。これについて意見を聞きたいんですわ」
受け取ったそれをパソコンに接続し、中のデータを閲覧する。
教頭も興味があるようで、興味津々な様子で横から眺めていた。
かなり簡素な内容だが、どうやら卒業後のプランのようだ。どうやらコイツも探索者一本で行くらしい。それだけのポテンシャルがあるのは知っているので驚きはない。
だが――
「……無人島?」
その一文に目が止まる。
「ええ、実は祖父から生前贈与で貰ってまして」
「――成程、それで」
教頭も辰巳に訊ねる。
「ですが、その為にはご実家のアレをなんとかしなければならないのでは? 進捗はどうなのでしょう?」
誰が聞いているか分からないので具体的な名前は出さない教頭。この気遣いがあるからこそ、彼女は生徒たちから尊敬されているのである。
「……そう、ですね。まあ、六年掛けましたから」
六年掛けて鍛え上げた、そう話す彼の言葉に嘘はない。
辰巳の両親からの聞き取りで、彼の育成のプランも知っていたからだ。
両親は、中堅レベルの探索者。しかも兼業とは言え現役。
たった数年で引退する者も多いこの業界だが、現役として戦っている二人による経験と、この高校で得た最新の知識。
それらを惜しげもなく注ぎ込まれたのが辰巳だ。
彼の父親は、『息子は本来なら、二年で家のダンジョンを攻略出来る素質がある』と三者面談時に言っていた。その言葉を信じるならば、三倍の時間を掛けて鍛え上げられた辰巳に何ら問題はないのだろう。
しかもそれに加えて、自宅からゼロ秒で行けるダンジョンという立地。
聞けばこの六年、辰巳自身は一度も外泊をした事がないのだとか。
「今日も行くんで……アクシデントがそんなになければ、今回で終わりそうです」
断言する言葉に嘘は見られない。
誇張でもなく、ただ自然体。
長く探索者をやっている二人には、辰巳のコンディションがすぐに分かった。
「そうですか……」
教頭の、彼女の感覚を信じるならば――恐らく入学当時の二年前には、一般的なダンジョンの最終階層を踏破出来る力量があった筈。小規模なダンジョンなら時間をかけずに踏破する事も出来ただろう。
そんな彼が、そこから二年も自分を鍛え上げた。
用心深く、注意深く。
準備に余念がない。
恐らくは両親の教育の賜物だ。
「……龍桐」
顎に手をやり、難しそうな顔をする担任の教師。
「俺はこの計画を進めるのは、問題無いと思う」
歯切れの悪い口から出る肯定的な言葉。
しかし、
「だが……そこまでのアシはどうする? お前、まず船の都合はつくのか?」
「それなんですが……今度相続ついでに見に行く事になってまして。まあ、それもこれも俺がアレをどうこうした後で――って事になりますけども」
「……まあ、兎にも角にもそこが問題だな」
結局はそこが唯一にして最大の問題だ。
彼の家にあるダンジョン。
アレをどうにかしなければならない。
「……まあ、出来ると言うんなら、俺たちはお前の言葉を信じるが。それはそれとして、だ。……同じ変身系の《オリジン・スキル》を得た先達からの忠告を一つしてやる」
《オリジン・スキル》。
日本でもよく知られているゲーム用語であるスキルツリーの始まり。最初に手に入れたスキルの事をいつしかそう呼ぶようになったのである。
このオリジン・スキル。
探索者が強くなり、レベルアップを繰り返していく度に、そのスキルもまた強力になっていく。
しかしそのスキルそのものは、決して変わる事はない。
例えば、辰巳を例に挙げるとすれば。
彼は、変身系のオリジン・スキルを得た。
彼のレベルアップや成長に伴い、どんなカタチにスキルが変化・進化しようとも、必ず『何かに変身する』ことは変わらないのである。
そして、この担任教師も『鬼』へと変わるスキルの持ち主であり、その為によく辰巳を気に掛けていた。
だからこそ。
「 」
その言葉を受けて、辰巳は目が点になった。
「……は?」
思わず聞き返す。
担任だった教師は真面目な顔で、再度同じ言葉を繰り返した。
「――お前、配信者になれ」
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