おせち箱

ひなた、

アイスが溶けたから

 ゆっくり舐めていたせいでアイスが溶けた。かつてアイスだったものは木の棒をつたい、私の指、手の甲、手首、腕へとつたう。

 アイスだったものが肘につく寸前のところで私は舌を使ってそれがこれ以上、暴れないようにせき止める。

 腕、手首、手の甲、指。舌でたどる。ベタベタになるより舐られたほうが、幾らかましだと脳が判断した。

 アイスで腕が汚れたところで、自分の唾液で濡れたところで、手持ちの汗拭きシートで吹くことにはかわりはないのに。

 久しぶりにアイスを食べたから今日の夜、お風呂に入るとき鏡を見ないと決意した。と、同時にスマホを、極力開かないと決意した。スマホを起動をすれば最後、延々と画面には顎の細長い女の動画を見てしまうことになるから。いくら大食いしても顎は細い。いくらジャンキーに食い散らかしても肌は白い。いくら汚れた口をきれいに拭こうとも変わらない歪んだ背景。多分、私の顔と体をそこに重ねてしまうから決意した。

 ふと目を離した時間はほんの少しのはずなのにアイスは牛乳になっていた。

 足元に溜まる牛乳。

 牛の乳搾りを思い出した。アイスの棒は体温と同じ温度から、温度が高くなったように感じた。厳密に言えば体温が。

 足元に溜まる牛乳を見たから、ゴミ箱を探した。少し先にゴミ箱を発見する。ゴミ箱の隣にたたずむ母親と三歳くらい小さい少年も視界に入る。

 アイスをゴミ箱に捨てようという決意が、少年を見ていたらより明確に形を持った。悪意も善意も超越した気分になった。

 私はすり足、さし脚で近づく。

 少年の目は母親を見ておらず、辺りを見回していた。私の視力は高校生の頃の診断でA判定をとったから自信はある。

 少年に見てもらいたいと思った。わざと大股で素早く近づく。アイスから牛乳に状態変化しているドロドロを持った手を大きく振る。

 少年は私を見た。そう感じた。

 少年の視界にはゴミ箱と私とドロドロの三つが浮かんでいる。

 近くに来てようやく、少年が右手の人差し指を加えていることに気づく。気に入らない。

 少年とゴミ箱の目の前につく。アイスを真っ逆さまにしてゴミ箱に落とす。ゴミ箱は一種類しかなく、燃えるゴミ、燃えないゴミと選別ができないことが残念だ。これでも3Rはリサイクル、リユース、リフューズとしっかりいえる人間なのだから。

 少年はゴミ箱を凝視している。アイスの行方を頭の中で追いかけている。ゴミ箱をアイスを食すモンスターに見立てて妄想しているのか、私に魔女の服を着せているのか。誰にもわからないけど、知りたいかもと感じた。

 少年の目に映るか知ったこっちゃないが私は右手の親指をくわえた。人差し指も薬指も中指も小指もその権利を与えられていないはずだ。親指のみに義務がかせられているはずだから、親指以外は許せなかった。

 少年が理解するまでしていたいところであったが、少年の母親並びに通りすがりの人に見られるのはいい気分ではないからその場から離れることにした。

 私は一ついいことを思いついた。アイスが爆弾だったらと考えた。少年と母親の命は私が握っている。今日の夜、お風呂に入る前に爆破させよう。

 たしか、帰路の途中にコンビニが何件かあるはずだ。どれかに立ち寄って果物のフレーバーのアイスを買おう。

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