太っているから油断したな! 俺は歌って踊れるデブだ!

朱之ユク

第1話運命のデブ

 いままで散々この俺のことをデブだの、太っているだの、痩せたらカッコいいだの言ってくれたな。

 今日のこの舞台こそすべての鬱憤を晴らすための特大のサプライズだ!


「はっはっは!!!」

「うるさい! お兄ちゃん、うるさい。そんなに暑苦しい体をしているんだからちょっとは静かにしてよ。この部屋の空気が上がっちゃう!」

「ちょっとくらいは良いじゃん」

「ダメ。お兄ちゃん暑苦しい」


 酷い。

 昔はこんなことを言わずにもっと優しかったのにな。だって昔は「おにいちゃーん」っていっても俺に抱き着いてきたりしたんだよ。それなのに、今となっては全てが夢の後だ。

 兵どももきっと泣いていることだろう。


「そう言えばお兄ちゃんさ、最近どんどん部屋でうるさかったけど何してたの?」

「男が部屋ですることなんて言えば基本一つだろ」

「うわ、キッモ! キモキモキモキモ!」

「何を想像しているんだよ、筋トレに決まっているだろ」

「うわー、なんか痩せようとしてる? 好きな人でもできたの? 痩せたからって上手くいくとは思わないでね」


 まあ、いい。

 妹の態度も俺のカッコいい姿を見ればすべて解決するであろうことは分かっている。

 俺は今日のためにすべての準備を整えてきたのだ。

 今日だけは失敗するわけにはいかないのだ。


「じゃあ、俺はもう行くから、よろしくな」

「お兄ちゃん横っ腹が揺れてるよ」

「なに?」


 失敬。

 これは汚いところを見せるところだったな。

 よーし。これでいい。だから、もう準備は満タンだ。


 高校に到着すると、すでに校舎は飾られている。どこもかしこも活気づいて、校門には花束が飾られてしまっていた。

 今日は一年の中での特別な日である文化祭なのだ。

 そして、この俺は文化祭で……。


「あっ! 大くん! やっと来たんだ! 遅いよもう!」


 そこにはこの俺の所属する一年生で最もかわいいと言われている学年の天使、川崎美咲がいた。

 彼女は俺の因縁の相手であり、このダンス対決で俺が引き立て役として任命された原因でもある。

 彼女のせいで俺は今から恥をかくということになっているのだ。これは完全に俺のプライドをずたずたにして楽しもうとしているこの女の友達が関係しているのだ。

 その友達というのが。


「あ、池井戸じゃん。さっさとしてよ。どれだけ待ったと思っているの? もしかして美咲とダンス対決をするのが怖くなって逃げちゃったのかと思ったよ。あ、別に心配してなかったから勘違いはしないでよね!」


 その友達と言うのがこの女だ

 先に言っておく。

 これは断じてツンデレではない。純粋な悪意からこのような俺を煽る言葉を口から出しているのだ。

 みんなは恐ろしいと思わないだろうか?

 こんな女が世の中にたくさんいると思うと非常に気持ちが億劫になってくる。


「えー、そうなの? 私はそれなりに心配してたけどね。だって私のダンス対決の相手だもん。君がいないと文化祭の目玉が無くなっちゃうからね。あ、これは別に冗談じゃないよ」

「美咲って優しいよね。なんか私もつられて優しくしちゃいそう。あ、別に私はあんたには優しくすることは無いから勘違いしないでよね。だから別に心配なんかしないでよね!」


 うぜぇ。

 あとで覚えてろよ、このビッチ。


「いいね。別に心配なんかしてないんだから勘違いしないでよねって、いい言葉だよ! 私もいつか使おう!」

「まったく。……私はさっきに言っているよ。準備しないといけないことがあるから」

「うん、知っている。会場の飾りつけでしょ。じゃあ、私はもう少し君と話をしていようかな」


 なんかこいつ敵のくせに優しいな。

 油断すると好きになってしまいそうだ。だけど、こういう女にはすでに他校のイケメンと付き合っていてそう言うことまで済ましているのに、いたずらに他人に優しくして好きにさせて、そして告白をすることになって振るということを繰り返しているものがいることを知っている。

 だから絶対に許すことはできない。

 それに絶対に好きになるわけにはいかない。


「私ね。昔っからダンスばっかりやってて人の誇れるものがダンスしかないんだよね。まあそれも別に全国レベルってわけじゃないからそこまで人に誇れるかは分からないんだけどさ、でも、今回の文化祭で踊れるってだけで結構嬉しかったの。君にはわかるかな?」


 分かるわけないだろ。

 君の友達のヤンキーっぽい男に言われて無理やり参加したに決まっているんだから。というか「この話はもう決まっているから参加してくれるよね」ってなんだよ。本人の了承なく勝手にそう言うことを決めるなよ。

 どう考えてもおかしいだろ。


「大くんは、どうしてこの勝負を受けようと思ったの?」

「僕も君と似たような理由だよ」


 なわけないだろ。

 君のお友達のヤンキーに肩組まれて笑顔で「参加するよな」って言われたら参加せざる終えないだろうが。

 きみさあ、ちょっとは自分の周りをもっとよく見た方が良いと思うよ。だってそうじゃないと君の株がどんどん下がっていくから。

 ヤンキーなんて隣に置くものじゃない……って待て。もしかして君そのヤンキーくんが好きなの?

 隣において得のない人間をそばにいさせるって。もはや理由はそれしかないよね。そうなのか。君もやっぱりヤンキーが好きなのかよ。

 人間って単純だよな。


「君もダンスが得意なんだね。じゃあ、私たちで一緒にこの文化祭を盛り上げようね。きっとみんな笑ってくれると思うから」

「僕もみんなを笑わせたいよ。君みたいに」


 僕の場合は基本的に笑われるのだ。笑わせることなどできない。


「君はきっと大丈夫だと思う。あんまり確信めいたものはないけど。きっと大丈夫。ね、大ちゃん」

「そのあだ名!」


 大ちゃん。それはまだ僕が小学生の頃、ガキ大将なんかをやって来た時のあだ名だ。当時はちょっとだけぽっちゃりしているくらいでとどまっていたからそれくらいのポジションに収まることができたのだ。

 今も完全に太っているわけではなく筋肉と脂肪が一対一くらいの量になっているくらいなのだが、それよりは確実に痩せていた当時、言われていたあだ名をいきなり言われて、思わず面食らう。


「どうして、それを!」

「別に? どうしてだろうね。自分で考えてみたら? あっはっは」


 くそ。

 笑い方まで可愛い。

 落ち着け池井戸大。

 この女はきっとヤンキーと付き合っている女。そんな女を好きになっても良いことなんて一つもないどころか、どう頑張ってもヤンキーに寝取られる未来しか見えないぞ。だから好きになるなよ!


「あ、そうだ。別に心配なんかしていないんだから勘違いしないでよね! って決まったー! 使ってみたかった言葉のその一が使えました。それもこれも君のおかげ。というわけで心配はしてないけど感謝はしているよ。ありがとね!」


 そういって走り出す彼女の後姿はまるで天使のようであり、感動を胸にこすりつけて生きているような僕では到底まねできないようなステージにいることが僕には理解できた。

 それでも、それでもこの想いが芽生えてしまった以上は自分に嘘はつけないよな。


「美咲ちゃん。……」


 ああ、まさかヤンキーの女にこんな思いを抱くことになるなんて。


「好きだぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 今はただ叫ぶしかない。

 ところで数時間後に始まる文化祭。

 俺は決めたぞ。

 ダンス対決でもし俺が勝ったら絶対に告白しよう。

 そうしないと僕の心が落ち着かない。彼女はヤンキーと付き合っている(知らんけど)。だけど、諦められない思いがある。ならば、男としてその思いを伝えるだけだ。さあ、男として旅が今、始まる!

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太っているから油断したな! 俺は歌って踊れるデブだ! 朱之ユク @syukore16

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