第33話 霊力搾取

 苧環家から連れてきていた使用人だ。昭正が当主に就任してからというもの、今まで春宮家で働いていた使用人は全員解雇し、苧環家で教育された使用人を雇っていた。

 この頃にはすでに八重子も『異形の病』を持つ者たちが住まう神世の施設へと入れられており、春宮家のすべての実権を昭正が握っていたのだ。


『成正の嫁候補を探させろ。希少な霊力を持つ生娘きむすめだ。神巫女だろうが構わん』


 使用人の男はすぐさま頷くと、一礼して座敷を出て行く。

 男が向かう先は苧環家。

 話を受けた苧環家は呪術を駆使し、数ヶ月をかけて最高の生贄を産む可能性がある女性を用意した。

 それが、神嫁になるのではと噂されるほどの霊力を有し、山神と土地神の加護を持つ清らかな乙女――〈六合の巫女〉である。


 娘の霊力の希少さを真に理解していない無知で世間知らずな実家を丸め込み、〈六合の巫女〉を春宮家が政略的に娶るのは容易だった。

 怪異の恐ろしさを知る彼女の実家は、不思議な力に秀でた春宮家の守護を得られることに喜ぶ。

 ふたりの結婚式は、ごく簡易に春宮家の本邸で行われた。

 参加者は〈六合の巫女〉の親族と昭正、そして本邸に住まう使用人たち。

 昭正が当主になって以来遠ざけていた他の春宮の一族には、『息子が結婚した』と葉書で知らせを出したのみで終わった。


 そんなふたりの結婚は、ある意味、両家の祝福に満ちたものだった。

 それが表面上に過ぎないと知るのは、昭正と成正、愛人となった華菜子と、本邸の使用人たちだけ。


『しばらくの辛抱とは言え、あなたにわたくし以外の女が嫁ぐのは嫌ですわ』

『これもお前とお腹の子のためだ。〈六合の巫女〉とは生贄の娘が産まれたあとに、適当な理由をつけて離縁する』


 結婚初夜から三ヶ月。すでに〈六合の巫女〉のお腹にも、生贄となる娘が宿っていた。

 しかし離縁する間もなく、〈六合の巫女〉は早産で生贄となる娘を産んだあとほどなくして命を落とす。原因は産後の肥立ちが悪かったこと、それから怪異で触れた穢れや環境の変化による心身の疲労と考えられた。


 喪も明けぬうちに華菜子と結婚した成正のもとには、母によく似た容貌の日菜子が誕生する。

 人の子の霊力は、数えで三歳から七歳までに発現すると言い伝えられているが、なんと日菜子はすでに数えで二歳になる頃には霊力を目覚めさせていた。

 昭正と成正夫婦は『天才だ』と褒めそやし、それを喜んだ。

 母親譲りで霊力が少なめではあるが、父親譲りの苧環家を由来とする呪力がひときわ強い。

 それでも、春宮家を由来とする霊力も少なからずあり、修練次第では〈準巫女〉として生きていけるだろう。


 対して生贄の娘は、衣食住を保証してやっているというのに、霊力が発現する予兆もなく満三歳を迎えている。

 生贄の娘を利用して、日菜子を神々を跪かせるほどの偉大な巫女に育て上げる予定だったというのに。

 期待はずれだった。


 ……誰もがそう思っていた時だ。

 生贄の娘の霊力が、突如として開花したのは。


 異常な霊力を察知し、高熱を出して寝込んだ生贄の娘を見舞いに行けば、想像を絶する霊力が狭い室内を取り巻いていた。


『こ、これは春宮家の霊力……!』


〈六合の巫女〉から遺伝した霊力だけでなく、歴史に名を刻む春宮家独特の春の日差しを思わせるあたたかく清廉な霊力が、歪さや雑音を含まずに存在している。

 それだけではない。

 生贄の娘には五行すべての力を有するという、非常に珍しい特別な霊力が目覚めていた。


『これだ……! これこそが、日菜子を偉大な巫女にする力……!』


 枯渇する気配もなく次から次に溢れでている生贄の娘の霊力に、昭正は笑いが止まらなかった。


『ですがお父様、日菜子と生贄の娘にこれほどの霊力の差が生まれるとは……。同じ春宮家の血筋を引くというのに』


 霊力が平等に受け継がれるものではないのは知っている。

 だが日菜子を一とするならば、生贄の娘には百以上のものが宿っているではないか。


『あなたの言う通りだわ。わたくしの大切な日菜子にも、生贄の娘と同等の春宮家の霊力が備わっていてもおかしくないはずです。それがこうも差が開くものでしょうか』


 華菜子は成正の意見に賛同する。昭正は神妙な顔で言う。


『やはり考えられる理由は生贄の娘が予期せぬ早産となったせいで、日菜子より先に産まれたからだろうな。古くから霊力は長子に宿りやすいと言い伝えられておる』

『忌々しい……! なんて強欲な娘なの……!』


 華菜子は甲高い声でヒステリックに言う。

 いっときと言えど、自分の夫を母親ともども奪っただけでなく、大切な娘である日菜子に宿るはずだった春宮家の霊力まで奪い取るなんて。


『霊力が発現してから一時間程度しか経過しておらんが、仕方あるまい。すぐに真名剥奪の儀式を行う』

『今すぐに? こうなったら日菜子が巫女見習いになる年齢まで、生贄の娘の霊力を強く育ててから搾取すべきでは』

『いいや。このままではじきに生贄の娘が神々の目に留まることになろう。本来ならば将来の日菜子の夫かもしれんのだぞ』


 ハッと成正と華菜子が息を呑む。


『このままでは〈神巫女〉の座も、神嫁の座も、生贄の娘に奪われることになる』

『お、お義父とう様! そんなのあんまりですわ……ッ!』

『そう、華菜子さんの言う通りだ。……強欲な生贄の娘には、重罪人として罰を与えねばなるまいな』


 浅い息をしながら玉の汗を浮かべ苦しげに眠る生贄の娘に、華菜子は『起きなさい!』と声を掛ける。


 こうして――生贄の娘は重罪人として真名を剥奪され、背中にはいくつもの呪術を組み合わせた術式が刻まれる。

 春宮家、否、苧環家が欲するさらなる栄華を極めんと、神々を跪かせるほどの偉大な巫女となる日菜子に霊力を差し出すためだけに、彼女は春宮という檻の中で生かされ続けることになったのだった。

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