第2話 楽しかった日々


「なあっ?! どういうことだよっ!!」


 全力で叫ぶのは先程の王太子。


 彼の周囲に立つ側近三人衆は、うんざりに憤怒を滲ませた顔でトリスターを見つめていた。


「アンタが試したりするからだろうが、このヘタレ」


 辛辣な口火を切ったのは茶髪に紫の瞳のナイジェル。某伯爵家次男で、王太子とは幼い頃から御学友。

 ある時『竹馬の友』という遠国の諺を知り、この語源となる竹馬が欲しくて探しまくり、見事、竹の苗を手に入れてきて満足そうに本物を作った強者だ。

 ちなみにその竹は王太子宮の周りを侵食し、毎年あちらこちらを破壊しまくっている。竹を侮るなかれ。彼らは床や畳すらぶち抜き、石畳さえも浮かせて割ってしまう剛の者なのだ。

 手入れを知らぬ素人に扱える植物ではない。お陰で王太子宮は、宮本体よりも大きな竹林に囲まれ、笹特有の葉擦れもあいまり、少々和風ホラーチックな趣に溢れている。


 それがマドカにウケたのは意外だった。


『なにこれっ、良い味出してんじゃんっ、呪怨や貞子の家建てたら似合いそう。あ、井戸でもいっか』


 きゃあ、きゃあとはしゃぎ回り、後日、竹は地上部を根本から剪定しても意味はなく毎年竹の子が生えて鼬ごっこ。肝心なのは地下茎。つまり根っこの水分や栄養を取り除いて枯らさねば増殖は止まらないのだとマドカは教えてくれた。


『アタシの腰の位置あたりで、冬の一番の寒い時期に上部を切り落としてしまえば勝手に枯れるよ?』


『え?』


『『『ホントにですかっ?』』』


『オーバーフローっていったかな。アタシの世界の知識だけど、見た感じ同じに見えるし、試しても良いんじゃない? 確定じゃないけどね』


 お間抜けな王太子の呟きと、驚愕な側近三人衆の三重奏。特にナイジェルはこの無法者な植物を植えてしまった張本人なので、毎年拡がりつつあった竹林の撲滅に執念を燃やしていた。


 早速、凍りつくように寒い時期を選んで、王宮は萌え拡がった竹林を、間引きするかのごとく切り落としていく。

 全てを枯らすのをマドカが嫌がったからだ。いそいそと狭い竹林エリアをそこここに構築し、間を細かい砂利で舗装していく聖女様。なんでも細工物に使えるとか。


『竹は根っ子が浅いから。周りをかっちり囲えば伸び広がらないんだよ』


『……そんな手が』


 ……女神。とナイジェルに拝み倒されて、オロオロ逃げ出したマドカの後姿だけを鮮明に覚えているトリスター。

 楽しい思い出だ。あれから上手く竹も育成できるようになり、鬱蒼とした竹林が陽光溢れる庭園に変貌した。


《聖女様の奇跡、NO1》と立札までたてて銘打たれたのも御愛嬌。


 ナイジェルに睨みつけられつつも思い出し笑いを浮かべていた王太子に、今度は蒼い髪を短めに刈り込んだ人物が畳み掛けた。ナイジェル同様、容赦ない眼力を放つ緑の眼。


「愛されてるか分からない、確証が欲しい。どうしたら良い? ……なんて、悩んでいたのは知っていましたが、まさか、こんなバカをやらかすとは」


 やや低めの声で吐き捨てるように呟いたのはカッツェ。某公爵宰相の五男様で、当然トリスターの御学友。

 一学年上の彼には双子の姉がいた。えらく華奢で、触れたら折れそうなほど細い姉が。

 そんなカッツェの姉から初めて挨拶を受けた時、眼を見張ったマドカは、問答無用でカッツェの姉の手袋を剥いだ。

 手が荒れるのを防ぎたいと、彼女はいつも手袋をつけていたから。貴族階級の御婦人にはそういう者らも少なくないので誰も気に止めなかった。

 手が荒れる、爪が痛む、手が汚れるなど。婦女子という生き物は、色々口喧しいのである。

 カッツェの姉の手を握り、さすさすと撫でながら難しい顔をするマドカ。彼女の触るところには、なぜか貴族子女に不似合いなゴツいタコがあった。


『……タコ? 何のタコですか? 姉上』


『こんな所にタコなんて…… つくのは大盾職くらいでは?』


『……吐き戻しタコだよ』


『『吐き……?』』


 そうっとパーティ会場から離れて、マドカの説明を聞いた男性陣は絶句する。

 なんとカッツェの姉は、食べたモノを無理やり吐き出してしまう…… マドカいわく、摂食障害に陥っているのだというではないか。


『聖女様、その摂食障害というのは? 如何様なモノですか?』


『彼女の場合は拒食症。こんなにくっきりとタコが出来るなんて、食べたふりして毎回吐いてるね。ありえない細さと肌と髪だよ。似たような症状になった人見たことあったから、それとそっくりで驚いた』


『なんと……っ』


 吐くため口に指を捩じ込み、無理やり己を嘔吐かせる。当然、指の根本に歯が当たって傷がついたり、繰り返すうちに硬くタコになることもある。

 栄養も吸収されないし、胃酸過多で内臓も痛めつけられ、喉だって焼ける。場合によっては歯すら溶かす恐ろしい症状だ。

 栄養が回っていないから、ほぼ毎日無気力で、肌はカサカサ髪はボロボロ。軟骨も削れてゆき、ちょっとした衝撃でポッキリ骨も折れるだろう。


『なのに、こんな重いドレスパーツを全部着けてコルセットまで締めて…… アタシ、ぞっとしちゃったよ? 今にも肋骨が折れてもおかしくないよ?』


 冷や汗を垂らしながら神妙な顔をするマドカに、カッツェこそが心胆寒からしめさせられ、顔面蒼白でバッと己の姉を振り返った。

 全てをマドカに言い当てられてしまったのだろう。カッツェの姉は、最初、何とか言い繕おうとしていたが、マドカが一つずつ内容を暴露するたび、その顔から血の気が失せ、今では色のない顔で俯いている。


『……なんて馬鹿なことを。体型などどうでも良いではないですか。大切なのは健康ですよ? 病でもないのに、こんなに痩せて…… おかしいと思って……』


『はい、シャラップっ!』


 正面から双子の姉を見据えて叱責するカッツェの唇を、マドカの突き出した扇の先端が塞いだ。


『おかしいと思ってたぁ? なら、なんで医者にもみせなかったのよ。他の家族や親しい周りだって気づいていたはずだわ。なのに誰も彼女に手を差し伸べなかった。ただ、それだけのこと』


 ガトリングのごとくまくし立てられ、カッツェは絶句する。その通りだからだ。貴族の御令嬢が細い肢体を維持するため、顔色が悪くなるほどコルセットを締めるのも普通だし、なんなら色白に見せるため瀉血なんてこともやる。

 女性の美意識は男性のカッツェに理解しがたい隔たりを作っていた。だから、姉が具合悪そうにしていても、そういうものだという先入観が手伝い、気にならない。


 ……そうだ、気にしていなかった。なのに、さも心配したかのような口ぶりで。我が事ながら情けないな。


 反射的に出た御為ごかし。それを見破られたのだと気づき、カッツェは羞恥で言葉もない。

 そんな彼を一瞥しつつ、マドカは肩を竦めてみせた。


『やーよねぇ、男って。女心を分かりもしないくせに偉ぶって説教してさ。こーんなに変り果てるほど悩んでる姉に向かって言うのよね……きっと。 下らないことを考えるなとかさっ!!』


 ギンっと斜め下から睨めあげられ、今度こそ本気で凍りつくカッツェと王太子。

 この世界は封建制度の生きる男性上位の世界だ。彼らが何を思い、何を行おうが咎める者はいない。なので真剣に怒る女性という生き物を初めて見た王太子とカッツェは、未知との遭遇に心から恐怖する。


『どんな些細な事にだって下らない悩みなんかないの。吹出物一つで奈落に落ちるのが女よ? 気にする、しないの個性は個人差。全てに当てはまるわけじゃないし、当てはめて良いものでない。気休めより、全肯定。傷心の乙女を見つけたら説教するでなく、認めて甘やかしてあげなさいよねっ!』


 たじろぐ二人にコンコンと説教をかまし、マドカはカッツェの姉から話を聞いた。


 すると元凶は彼女の婚約者。


 パーティで美味しそうに食べる彼女が可愛いと、周りからかなり褒められたらしく、照れ隠しか悋気かは分からないが、スレンダーなボディラインにしか魅力はないのだから、太らぬよう、パーティでは飲食禁止だと言い渡されたとか。


 愕然と瞠目するカッツェ。


 そこから徐々に恐怖対象がひろがってゆき、彼の声が脳裏にこびりついて、自宅でもまともに食べられなくなり、後は御察しだ。負の連鎖の深みにはまりこんで抜け出せなくなったカッツェの姉。


『なぜ話してくださらなかったのか…… 私は頼りにもなりませぬか?』


 今度こそ己の失態を自覚したカッツェは、姉に寄り添おうと試みた。が、そこでもマドカは容赦ない。


『まぁたかい。聞きもしなかったの間違いでしょ。アタシには訴えてたよ? その潤んだ瞳に、くっきりと助けてって浮かんでた。こんだけ悠然と物語る大きな眼に、何も感じないアンタが無能っ!! 家族のくせにとか言っちゃうよっ?!』


 そう叱られてカッツェも気づいた。蜉蝣のように儚い姉の笑みに。全てを諦めて諦念してしまった姉の心情に。きっと姉は、一人で悩み苦しんでいたに違いない。


『……仰るとおりでこざいますね。何も気づかなかった愚か者は、私にございます』


『いーじゃん? 今気づいたし? そうだ、青空料理教室開こう。厨房横の中庭開放してさ。おねーちゃんに美味しいご飯提供するよっ!』


『青空料理教室?』


 そこで男性陣は多くの知識を耳にする。


 マドカの世界で太っている者が痩せたいと努力することをダイエットというらしい。

 そしてダイエットの前提は食べること。ただし食べ過ぎないこと。痩せるとは余分な贅肉を落とし、健康な筋肉を増やす。これが上手くいかないと、いつまでたっても痩せにくいのだとか。


『だいたいさぁ? 人間の身体を維持するのだって、そこで熱量を出させるのにだってカロリーは必要なんだよね。食べ過ぎなければ人間は痩せるように出来てるんだよ』


 野菜のビタミンやミネラル、繊維。穀物のタンパク質や脂質、糖質。これらをバランス良く取り、隙間に嗜好品を入れる。これがマドカのいうダイエットとやらの説明である。

 まずはワンプレート。両手サイズの皿に温野菜や焼き野菜、他に魚介や果物等をバランス良く半分ほど盛り、残ったスペースに肉を中心とした好みの物を載せて完成。

 それに具沢山な温物とパンかパスタを添えて先、に温物から頂く。女性なら十分な量だ。


『みんな、このお皿を持ってビッフェしましょう。ランチよ。これに上手に色々載せてね? 沢山の種類を食べるのが食育の基本なのよ?』


 楽しそうに料理を皿に盛り付けて、チェックをしてもらう御婦人達。それを生温い据えた眼差しで閲覧しながら、トリスターは力無く呟いた。


『ダイエット? ビタミン? ミネラル? 聞いたことあるかい?』


『ないですね。あと、肉もタンパク質とやらで、お菓子の糖質と相性が悪いとか? しかも酒も糖質に入るって…… 酒は酒ですよ? 確かに甘いものあるが』


『ってか、肉です、肉っ! 講義をきいてみれば、肉もタンパク質なら肉で良いじゃないですか。なんで豆やら魚やら玉子やらに置き換えなきゃならないんですか?』


『……さあ? 色んなモノを食べた方が良いとか申していたし、そのせいでは?』


 肉肉肉っ! と異論を投げかけたのは側近三人衆最後の一人、ジョシュア。この少年のみマドカの一つ上と若い。

 今回の事件を発端に王宮厨房へ突撃した彼女は、王侯貴族の食生活の酷さを理解した。地球のバイキング全盛期だって、ここまで酷くは無かろうという内容だ。


『御飯は世界を変えるっ!! みんなで脱、動物性タンパク質過剰摂取よっ!! あと、脂質と糖質ね。控える程度に頑張ろうねっ!!』


 王太子も食生活を変えるよう案を出され、マドカに一途なトリスターは一も二もなく承諾。つまり、王宮では彼の残りを下げ渡される側近も当然………

 肉食のジョシュアには痛恨のダメージ。うわあぁんっとガチ泣きするジョシュア。その銀髪を誰かが撫でた。

 

『丸っと駄目なんじゃないよ? 選べる不自由さに慣れよう?』


『選べる不自由さ?』


 にっと笑い、マドカはその夜の食事の準備をシェフに変えてもらう。

 その日の夜は例のワンプレート御飯。野菜やマリネなどが既にバランス良く置かれたプレートの空きスペースに、五種のメインディッシュから二つを選んで載せる形。

 当然、吠えたのはジョシュアである。


『……うおおぉぉ? 羊の香味焼きに鴨のロースト、オレンジソース添え? とは? 牛の頬肉の煮込みとポークテキカツ。……若鶏のグリルとかぁっ!! 全部持ってこおーいっ!!』


『本気ですか?』


『もちろん!!』


 挑戦的な笑みを浮かべたマドカに、不敵な笑みで答えるジョシュア。だが、結果は火を見るよりも明らかだった。


『……ぅ、………』


『どうなさいました?』


 一つ一つは小さくとも五種盛り&ソースや具である。今の食事は温野菜のサラダや魚介のカクテル、具沢山スープを食してからメインディッシュという流れが作られていて、それぞれ美味しいので誰も不服はないのだが、さすがに腹五分も入った処に肉料理五種盛りは入らない。

 それに、メニューをガン見していた時には涎が出そうなほど食べたかった肉料理のはずなのに、こうして実際に食べていると、そんなに食べたいとは思わなかった。

 なぜだろうと、疑問顔なジョシュアの視界に、クスクス笑うマドカが映った。


『それはね、プレートに添えられていた野菜や魚介で身体に必要な栄養が行き渡っているからです』 


『身体に必要な栄養?』


『はい』


 マドカの説明によれば、同じ物ばかりを口にしていると、身体が足りない栄養素を求めて延々指示を出すのだという。空腹だ、何か食えと。で、同じモノを食う。それじゃねぇと、また命令がくだり、終わりのない暴食の宴の始まりだ。

 肉の栄養以上に、その過剰摂取の弊害を聞き、ようようジョシュアも今までの食生活を恐ろしく感じる。


『こ…っわ』


『あっという間に成人病予備軍ですよ。糖尿病や痛風、脚気。骨も血管も詰まるし脆くもなるし。糖尿病なんて不治の病ですよ。一度かかったら治りませんし、適切な治療をずっと行わないと手脚が腐ったり失明したりします』


『マジでこわっ!!』


 持て余し気味に肉を突っつき回して、ジョシュアは深く溜息をついた。こうして実感してしまえば是非もない。実際、今の彼は脂っこい肉料理を前に閉口している。


『つまり、足りてなかった物が満ち足りたから食欲が減退したと?』


『そゆことです。まあ、ジョシュア様は年齢的にも食べ盛りでしたし、他の方もお若い。今から習慣を変えていけば健やかな人生を送れますよ』


 にまっと笑ったマドカの言葉通り、元々肥満体質だった者らがスルスルと痩せてゆき、少しふくよかな適性体重になる。そして二の足を踏む者達には、取り敢えず3日セットというコースを作った。

 シェフが拵えた専門料理。これに文句をいう者はおらず、それで満足した者には一週間セットを。それにも満足したら普通のビッフェへと誘導し、御手玉のごとく上手く波に乗せてゆく。


『人間ね、最初の一歩が重いんですよ。だから、そこのハードルを下げるんです。先ずは三日だけやってみませんかと。皆様だって仕事行きたくないなぁとか、あそこは嫌だなあとかって思うことありません? どんなにグダグダしてても一歩踏み出せば、後は惰性で動きますよね? それと同じです。一週間もつづけられれば一ヶ月、一ヶ月も続けば半年と、食事習慣もクセに出来ます。要は慣れなんですよね』


『なるほど』


 カッツェの姉君を助くためだった青空ビッフェは、いつの間にか王侯貴族らの健康や生活を預かる家令達の学びの場となり、サロンのような風格を持つ一大ソサエティへと変貌した。

 ………マドカの手柄を掠め取った、どこかの御令嬢によって。瀟洒な屋敷で行われるソレには今日も大勢の王侯貴族達がたむろう。


『あれって、許せなくないか? 始めたのはマドカなのに。』


 プンスカむくれるジョシュア。


『だよなあ。これは厳重注意が必要か?』


 炯眼で睨みつける王太子を余所に、マドカはしれっとしたもの。


『好きにさせたら良いじゃない。誰が教えたって同じでしょ? むしろ、代わりをやってもらえて万々歳だしね。いや助かります、うん』


 カラカラと笑う少女を信じられない眼差しで見据え、四人は口々に呈言する。


『貴女の功績ですよ? 病がちだった者も、この食事療法で良くなったと聞きます』

 

『女性の悩みだけじゃない、王侯貴族全てに恩恵をもたらしたのに…… なんで、どこの誰とも知らない令嬢の手柄になってるのか』


 マドカが文句を言わないのに自分達が言うのも御門違いだろう。だけど悔しさは消せない。

 そんな四人を困った顔で見上げ、マドカは早々にネタバラしする。


『だあって、食事療法で予防を知っただけだよ? 根本的な治療も出来ないんだから、すぐに行き詰まって泣きついてくると思うんだけどなぁ』


『『『……治療?』』』


 王太子が呟くよりも先に、側近三人衆がマドカににじり寄っていく。


『……脚気が?』


『……痛風が?』


『他にも神経痛や船乗り病とか、未知の病が治療出来るとっ?!』


『あーっと、全部じゃないよ? 緩和しか出来ないモノもあるし。脚気や船乗り病…… たぶん、壊血病かな? 治せるし予防も可能』


 にこーっと満面の笑みで笑うマドカを担いで、大神殿にまで駆け込んだのも良い思い出か。おかけで、芋づる式に例の御令嬢の横取りもバレて、全てはマドカの手柄になった。


 ほくほく顔の神官に治療法を教えつつ、首を傾げるお嫁様が愛おしい。


『こんなことまで御存知とは。聖女様はあちらの世界で医師でもしておられたのか。それとも薬師を……』


『わーっ! 変な誤解しないでねっ! アタシはただの学生だったからっ! こんなの民間療法みたいなものだし』


 脚気には小麦や芋や豆などのビタミンB1、壊血病も大豆を持ち込んで、水栽培でもやしや豆苗を育成したり、鉢植えのパセリとかで、航海中ビタミンを足してさえいれば発症しないのは地球の常識だ。医学にもあたらない、お婆ちゃんの知恵袋レベルな知識。


 ……これを医学とか勘違いされたら、末代までの恥。


 わちゃわちゃ手を振り回して説明するマドカを、凍った顔で凝視する王太子様と側近三人衆。


『これが民間療法とか? 彼女の生まれた世界って、バランスおかしいんじゃないか?』


『人々を救える大発見だよね。魔法でも病は治せないんだし』


『……女神』


『つまり、私のお嫁様は世界一ということで?』


 ニマニマの止まらないトリスターの後頭部を、すかさず叩く三人衆。


『は? 不敬ですよ?』


『少しは役に立ってから口にしろって話。……もぐよ?』


『『働かざる者出すべからず』っていうしね。清い結婚で良かったねぇ。でなきゃ、ナイジェルに粗末なモノもがれてたよ?』


『……汚』


『お前ら、私の扱い、酷くないっ?!』


 お前が、お前がと子供殴りでぽこすこやらかす男らを尻目に、ややふくよかになって完全復活したカッツェの姉が、婚約者に見事下剋上を果たしたことだけは追記しておく。


 醜い嫉妬に駆られて女性を虐げた馬鹿野郎様に、明るい明日はいらない。

 

 そんなこんなで、泣いて喚いて喧々囂々とやりあってきた三年間。仏頂面だった彼女も笑うようになり、口数が増えたどころが溢れてとまらなくなった。それがまた、切り口良くて気持ち良い。

 召喚されたばかりな頃の警戒する野良猫のような彼女を知っているからこそ、今の笑顔が尊く愛しい。


 それを、たった一言でぶった切られるとは思わなかった。あんなにあっさりと背を向けて。

 

「聖女と認められたら神殿に渡さなきゃならない、どうしよ〜っとも泣いてましたもんね。認められなかったみたいですよ? どうもしなくて良かったのでは?」


 じっとり三白眼で見据える側近三名の呆れた眼差し。


 根底からマドカ推しなこの三人衆にとって、彼女の敵となりつつあるトリスターはただの愚か者である。

 炙るような彼等の視線を項垂れた脳天で受け止め、王太子は吠えるように叫んだ。


「んなこた、分かってんだよぉぉぉーっ!!」


 よぉぉー、よぉぉー、っと彼の魂の雄叫びが、虚しく王宮で谺する。

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