塩と蜜 砂糖銀行戦後機密情報録

2 終戦後の清算（前編）（砂糖銀行シアン支店暗視室長クレート・トレモンテ視点）

　六月一日。

　砂糖（さとう）銀行（ぎんこう）シアン支店（してん）暗視（あんし）室（しつ）。

　戦後（せんご）復興（ふっこう）。

　世界（せかい）平和（へいわ）。

　国際（こくさい）協力（きょうりょく）。

　灰（はい）が舞（ま）う中（なか）、華（はな）やかな開業（かいぎょう）となった砂糖銀行。

　各地（かくち）では。今（いま）はまだ、「紙幣（しへい）・硬貨（こうか）から砂糖へ」をスローガンに、市民（しみん）の口座（こうざ）はもちろん、財布（さいふ）の中身（なかみ）まで砂糖への換金（かんきん）が始（はじ）まったばかり。

　しかしながら、「存在（そんざい）していない砂糖銀行支店」であるシアン支店は、顧客（こきゃく）の姿（すがた）は無い。

　支店内（ない）の、全階（ぜんかい）と階段（かいだん）、自動（じどう）昇降機（しょうこうき）に、陸軍（りくぐん）制服（せいふく）をまとった者（もの）が行（い）き交（か）いしている。

　戦後処理（しょり）。

　戦後処理。

　戦争（せんそう）が終（お）わった途端（とたん）、いかなる戦争魔術（まじゅつ）も「非（ひ）軍事（ぐんじ）行動（こうどう）」扱（あつか）い。

　あくまでも、「危険（きけん）な行動」として、処理されていく。

　国境（こっきょう）付近（ふきん）では、葡萄（ぶどう）連合軍（れんごうぐん）あるいは五鳩（ごばと）連合軍の残党（ざんとう）が燻（くす）ぶっているのだから。

　終戦（しゅうせん）宣言（せんげん）など、無意味（むいみ）だったのかと頭（あたま）を抱（かか）えたくなる。

　そんな頭を抱える暇（ひま）も与（あた）えず、問題（もんだい）は残党掃討（そうとう）作戦（さくせん）以外（いがい）にも。

　目下（もっか）、シアン支店はヴィーニュ少年兵（しょうねんへい）がらみ。

　支店内の大半（たいはん）が共通（きょうつう）の戦後機密（きみつ）情報（じょうほう）にふりまわされている。

　砂糖銀行シアン支店附属（ふぞく）校（こう）爆破（ばくは）未遂（みすい）事件（じけん）。

　発端（ほったん）は附属校生（せい）最下位（さいかい）のシロップだった。

　解体（かいたい）処理実習（じっしゅう）で失敗（しっぱい）を起（おこ）していたシロップが「【雷（かみなり）の花（はな）】を使（つか）った即席（そくせき）魔術」というレポートをシアン支店に直（ちょく）で持（も）ちこんだ。

「附属校の誰（だれ）が実行犯（じっこうはん）かわからない以上（いじょう）、支店で、内々（ないない）で処理してください」なんて、子（こ）どもらしい嘆願（たんがん）は無かった。

　暗視室へ流（なが）れて来（き）た、そのレポートには、早速（さっそく）、「砂糖銀行戦後機密情報」の取（と）り扱い印（いん）が刻（きざ）まれている。

　私（わたし）の補佐官（ほさかん）は事前（じぜん）に目（め）を通（とお）したが。暗視室長（ちょう）である私はこれから読（よ）む。

「……『砂糖銀行戦後機密情報』？

　反（はん）魔術遺産（いさん）条約（じょうやく）関連（かんれん）か？」

　頭取（とうどり）は玩具（おもちゃ）……いや、本屋（ほんや）に並（なら）べられた新刊（しんかん）コーナーを物色（ぶっしょく）するように、機密文書（ぶんしょ）の文字列（もじれつ）を漁（あさ）っている。

　精読（せいどく）ではなく、ザッと読みこんでいる。飛（と）ばし読み。

　暗視室の「黒（くろ）い窓辺（まどべ）」にたたずんでいた頭取の手（て）にある文書も、私の読む文書も、物語（ものがたり）ではない。

　昨日（さくじつ）から明朝（みょうちょう）までに起きたことが報告（ほうこく）としてまとめられている。

　私の補佐官が補足（ほそく）情報を口頭（こうとう）でどんどん追加（ついか）していく。

「名（な）も無き収容所（しゅうようじょ）が戦争魔術【白（しろ）の山（やま）】により、壊滅的（かいめつてき）被害（ひがい）を受（う）けました。

　また、全職員（ぜんしょくいん）が体調（たいちょう）不良（ふりょう）を訴（うった）えています」

　この文書には含（ふく）まれていないが。

　一報（いっぽう）「名も無き収容所より救難（きゅうなん）信号（しんごう）」からの続報（ぞくほう）は途切（とぎ）れていた。

　陸軍衛生兵（えいせいへ）などが奮闘（ふんとう）したが。

　下級（かきゅう）職員は、呼吸（こきゅう）困難（こんなん）と気道（きどう）熱傷（ねっしょう）。

　上級（じょうきゅう）職員は、脱水（だっすい）症状（しょうじょう）。

「陸軍は解体・縮小（しゅくしょう）・再編（さいへん）のどれも、進（すす）んでいない。

　現役（げんえき）の彼等（かれら）が出しゃばらなかったのか？」

「……陸軍特殊（とくしゅ）部隊（ぶたい）が先行（せんこう）しましたが、撤退（てったい）しました。

　収容所の周辺（しゅうへん）で、部隊全員が『煤（すす）の臭（にお）い』あるいは『煤の幻影（げんえい）』で、状態（じょうたい）異常（いじょう）を起こしました。

　防壁（ぼうへき）魔術装置（そうち）により遮断（しゃだん）されて、【白の山】による、大腿骨（だいたいこつ）の燻ぶりはありませんでした。

　しかし、防壁魔術装置が焼（や）け切（き）れました。

　救出（きゅうしゅつ）作戦は中止（ちゅうし）。

　名も無き収容所ごと、閉鎖（へいさ）。これが現場（げんば）指揮官（しきかん）にて決定（けってい）されました」

　補佐官も喋（しゃべ）っていて、自分（じぶん）がおかしなことを言っている自覚（じかく）はあるようだ。

　まるで、これでは、クレメン統領（とうりょう）国（こく）陸軍省（しょう）参謀部（さんぼうぶ）では無いか。そう思えてならない。

　戦争が帰（かえ）って来た、と錯覚（さっかく）してしまう。

「木々（きぎ）が轟々（ごうごう）と燃（も）えていると、そのうちに白く発光（はっこう）する。

　火（ひ）は赤（あか）くなくなる。

　皮膚（ひふ）の内側（うちがわ）が白く光（ひか）っては消（き）え、光っては消えを繰（くり）り返（かえ）す。

　とてつもない高温（こうおん）の火焔（かえん）地獄（じごく）を創（つく）り出（だ）す魔術だ。

　まさか、開発元（かいはつもと）であるクレメン統領国陸軍が、苦（くる）しめられるとはな……」

　ヴィーニュ王（おう）国では戦没（せんぼつ）者（しゃ）は見立（みた）てよりはるかに少（すく）なかったが、戦争を生（い）き残（のこ）った義肢（ぎし）使用（しよう）者を多（おお）く抱えることとなった。

　命（いのち）を奪（うば）うだけが非（ひ）人道（じんどう）兵器（へいき）ではない。

　補佐官は「まるで、戦争末期（まっき）に戻（もど）ったようです」と追加（ついか）され続ける機密情報の山に弱音（よわね）を吐（は）く。

「ラピーノ補佐官。

　最重要（さいじゅうよう）資料（しりょう）は暗視室に無ければならない。

　嘆（なげ）いているだけではどの山も消（き）えんさ」

　頭取は紙の山々（やまやま）から、何部（なんぶ）か引（ひ）き抜（ぬ）いてみせた。

　極秘（ごくひ）の機密情報資料上（じょう）に、頭取はある文字列（もじれつ）を青（あお）く発光させた。

　唯一（ゆいいつ）、共通（きょうつう）する部分（ぶぶん）を見（み）つけたのだ。

　二点（てん）。

「ルーメ」と、「ヴィーニュ少年兵シロップ」。

　副（ふく）所長と収容者が元（もと）は同（おな）じ姓（せい）を名乗（なの）っていた。

　ルーメ氏（シニョール・ルーメ）とルーメ夫人（シニョーラ・ルーメ）。いや、夫人（ふじん）は元（もと）夫人か。

　二人は戦争離婚（りこん）後から二か月程度（ていど）顔（かお）を合（あ）わせていなかった。

　そして、副所長はユニコーンのぬいぐるみを所持（しょじ）したヴィーニュ少年兵を尋問（じんもん）。

　元妻（つま）は、砂糖銀行シアン支店附属校で教官（きょうかん）をしている際（さい）に、ヴィーニュ少年兵の解体処理実習を指導（しどう）。

「即席魔術兵器の持（も）ちこみ・仕（し）かけ」により、ヴィーニュ少年兵虐殺（ぎゃくさつ）の疑（うたが）いで、名も無き収容所行き。

「シロップ？

　……まさに、我々（われわれ）の手元（てもと）にある機密情報の関係（かんけい）者です！」

　ラピーノ補佐官は慌（あわ）てて、附属校へと走（はし）っていく。

　嗚呼、あの水色（みずいろ）の扉（とびら）を越（こ）えるのか……。

「ヴィーニュ少年兵のシロップに、面会（めんかい）は出来るか？」

　ラピーノ補佐官が走り去（さ）る直前（ちょくぜん）。目は血走（ちばし）っていた。

　彼の親族（しんぞく）はヴィーニュ王国含む葡萄連合軍によって、傷（きず）つけられ、死（し）んでいった者が多い。

　私怨（しえん）もあるだろう。

　頭取の呼（よ）び止（と）めにも。上司（じょうし）である私の注意（ちゅうい）にも。耳（みみ）を貸（か）さなかった。

　オノフリオ・ラピーノ。

　人（ひと）の話（はなし）を聞（き）かずに、先行してしまう。

　激情家（げきじょうか）の一面（いちめん）。

　それは、「幸運（こううん）」かもしれないが。

　悪魔（あくま）を前（まえ）にして、悪魔の話を聞かずに、自分勝手（じぶんかって）に物事（ものごと）を進（すす）めれば。

　どうなるか。

「幸運」は存在しても、悪魔がその「幸運」を吹（ふ）き消（け）してしまうやもしれない。

　鼻息（はないき）一つで。

　いや、鼻歌（うた）一つで。