4 わたしのお姉ちゃん

 時計とけい短針たんしんは、午後ごご七時。


「パント義肢ぎしかん」。

 国内こくない地図ちずにも、まちの地図にも、軍事ぐんじ関連かんれん施設しせつ掲載けいさいされない。

 おとうさんは義肢職人しょくにんとして、戦争せんそうちゅう戦後せんごも、身体からだ一部いちぶうしなったひとたちをささえている。


 でも、おねえちゃんはそれが不満ふまんだった。

 この街では感謝かんしゃされることがおおいけれど、お父さんもおかあさんも戦場せんじょうへは一度いちどれてかれなかったから。

 わたしたちオスくになかで「肩身かたみせま家柄いえがら」。


 新国立しんこくりつ学校がっこう教室きょうしつでは。

「戦争に行っているお父さん・お母さん」がいる

「戦争に行ってケガをしてもどってきているお父さん・お母さん」がいる子。

「お父さん・お母さんが戦死せんし」した子がいる。

 わたしみたいな「戦争にお父さんもお母さんも行かない」家の子はめずらしい。

 どんなに勉強べんきょう出来できても、仲良なかよくしてくれる子たちがいっぱいいても。アンヌ先生せんせいつきは、子どもの「おや状況じょうきょう」によって、わる。


 でも、わたしはそれだけじゃない。

 アンヌ先生に何度なんどもつねられて、ぶたれて、なぐられた。

 お姉ちゃんはくち達者たっしゃだし、成績せいせきもまあまあい。農業のうぎょう奉仕ほうしでも、消防しょうぼう訓練くんれんでも、上手じょうずにやっていた。

 お姉ちゃんは義肢職人の子でも、だれとでもうまくやっている。


 わたしは「農業奉仕」で学校の敷地しきちないに作ったはたけをお世話せわしてなかった。それよりも、義肢作りの奉仕を、学校がゆるしてくれていた。

 だから。戦争がわってから、「嗚呼ああ、わたしってあんまり人とはなすの、得意とくいじゃない」ってづいた。

 人と話すって、本当ほんとうつかう。


 お姉ちゃんは家にかえると、別人になる。

 家のそとでは誰とでもうまくやれるのに、家族かぞくとはうまくやらない。

 外面そとづらが良いのだ。

 機嫌きげんじゃ無ければ、「普通ふつうの家の子がかった」といつも愚痴ぐちをこぼす。

 でも、今日きょうはいつもよりもお父さんをけなす。これは、ほんのちょっと不機嫌なとき。




「お父さんはどうして、戦争へ行ってくれないの?」




「アンヌ先生がミエルを許さないって、わたしのいる教室まで怒鳴どなりこんで来たのよ。

 先生の旦那だんなさんがあしとされたのは、この街に優秀ゆうしゅうな義肢職人がいるからだって。

 なんでも簡単かんたんに切り落とすんじゃ無くて、温存おんぞんするやり方もあったって、さけんでた」

 わたしはあの傷病兵の義足を作った。

 そして、あの傷病兵のつまおし

 でも、わたしが切断せつだんめたわけでは無い。

 このせまい街、というか。このひろいクレしゅう内にひとつの義肢館。

 そういう案件あんけんをいちいちめていられない。

 わたしがなおせるのは、傷病兵の家族のこころじゃ無い。傷病兵の身体からだの一部だけだ。



 夕食ゆうしょくべないで、部屋へやきこもったお姉ちゃん。

 そんなさびしい夕食時間じかんに、「ヴィーニュ陸軍りくぐん」の訪問ほうもんけた。

「夕食ちゅうもうわけありません。

 どうぞ、食事しょくじつづけてください」


「ダミアン先生の推薦すいせんにより、はん魔術まじゅつ条約じょうやくだい十六じゅうろくじょうとおり、パメラ・オスが国外こくがい派兵はへいされます」

 お姉ちゃんの担任たんにんの先生だ。

「戦争は終わったんですよ!

 派兵なんて!物騒ぶっそうな!

 終戦しゅうせん宣言せんげんがあったのだから、残党ざんとうかたづけは、陸軍が主体しゅたいにやるべきです!」

 お母さんは丁寧ていねい言葉ことば使つかいつつも、陸軍じん意見いけんした。

条件じょうけんの終戦宣言ではありません。

 少年兵しょうねんへいは派兵され、戦後の魔術まじゅつ遺産いさん処理しょりはじまるのです」


むすめのパメラには無理むり

 パメラは戦争をらないのよ!

 貴方あなたたちは陸軍人でしょ!たたかいなさいよ!」

「これは子どもでなければなりません。

 再戦さいせんうごとに浮足うきあしっています」

 陸軍兵はとてもやさしいこえで、けっしてお母さんにかえそうとせず、さとした。

「戦争をもう一度いちどやりたいだなんて……」

「パメラをこちらにおびください」

「だから、あの子には無理です!」




「ミエルは戦争を知っている」




 お父さんが静寂せいじゃくを作った。

 義肢ばっかり作っているから、今度こんどは静寂まで作っちゃったよ。

 嗚呼ああ、どうしよう。

 みんながわたしの言葉をっている。

 なにえば、それだけ、お姉ちゃんの未来みらいすくわれる。

 だって、皆。もう、わたしを行かせるだもん。

「……えー?」

ぼくも『えー?』だよ。

 この緊迫きんぱくした中で、きみは『えー?』しかおもわなかったの?」

 陸軍兵はわたしの間抜まぬけな声にあたまかかす。

「作りかけの義肢は無い……ですし。

 もう、義肢作りは手伝てつだえなくなったですし。ほら、学校の勉強べんきょうがあるから?……ので、か。

 土曜どようにち曜は、戦後復興ふっこう奉仕で、瓦礫がれき撤去てっきょで街あるきですもん。

 そんな、外国がいこくへ行ってるひま無いですよー」

 そんないいい訳をかさねても、もう無駄むだなのはわかっている。

 嗚呼、わたしもお姉ちゃんみたいに、誰よりも一番いちばんさきに、わがままを言うべきだった。

「ミエル、覚悟かくごを決めなさい。

 貴方はアンヌ先生の旦那さまの義肢を担当たんとうしました。

 義肢職人というのは、数多かずおおくの傷病兵のご家族や婚約者こんやくしゃ恋人こいびとからうらまれつづけるのです。

 それがいやで、貴方の長兄ちょうけいリュシアンと次兄じけいマルクが陸軍へ志願しがんしたこともわすれてはいけません。

 家には、どうしようもないお姉さんがのこってくれます。

 安心あんしんでしょう。

 さあ、出発しゅっぱつ準備じゅんびを始めましょう」


 ガタン、バタン。

「ちょっと、はなしてよ!暴力ぼうりょく兵士へいし!戦争反対はんたい!」

 お姉ちゃんはこっそり家をけ出そうとしたが。

 玄関げんかんふさぐようにっていた、べつの陸軍兵につかまって。

 居間いまに連れて来られた。

 お母さんは兵からお姉ちゃんをきはがして、力強ちからづよきしめて、ブルブルふるえながらなみだながしていた。




「お父さん、お母さん。

 うまれてからこれまでのあいだ、お世話せあになりました」




 わたしは父と母にお辞儀じぎをした。

 その瞬間しゅんかん、わたしの手元てもとには、お母さんによって、少年兵徴兵ちょうへい令状れいじょうが無理矢理やりにぎらされた。

 お母さんがいそいで、「パメラ・オス」の「パメラ」の部分に二重線にじゅうせんを引いて、「ミエル」となおしたあとがある。

 いつのに、お姉ちゃんのそばをはなれて、陸軍兵の手元てもとから令状をかすめったんだろうか。

 嗚呼、魔術ってこわ~い。


「少年兵交換こうかん特例とくれいほうにより、家名かめい剥奪はくだつします。

 今後こんごあらたな識別しきべつめい暫定ざんてい使用しようみとめます」


 わたしは陸軍兵に今後のことをいろいろ質問しつもんしたかった。

「あの、出発って今日きょうじゅうですか?

 明日あしたですか?」

逃亡とうぼうおそれがあるため、少年兵徴兵令状と同時どうじに出発です」

自分じぶんものはどれくらいって行けますか?」

個人こじんが識別出来てしまう物以外いがいなら、子どもようリュックサック一つぶんが認められています」

女子じょし荷造にづくりには女性じょせい陸軍兵がいます」

「お気遣きづかいどうも、です」


 さあ、この一分いっぷん後。

 女性陸軍兵はわたしの部屋にはいって、「あと一時間いちじかんは出発準備にかかりそうね!」とおおきな声でなげいた。

 きたくて、ごめんなさい。

 義肢館では、石膏せっこうかたぼつになった義肢にもれていたけれど。

 この部屋はぬいぐるみで埋もれている。

 わたしだって、普通ふつうおんなの子だもん。


 せっかく、お母さんがすすの中から一体いったい一体修復しゅうふくしてくれたのに。今度は焼却しょうきゃく処分しょぶんになるだろう。

 わたしは戦後派兵される、特別とくべつあつかいの少年兵。あまり痕跡こんせきを残したがらないはずだ。


 さて、持って行けるぬいぐるみは一体だけ。

 どの子をわたしの近衛このえ騎士きしえらぼうかな?

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