沢尻の秘密

「あ、麗子……」

 帰宅してすぐに、麗子の姿に気づく。暗がりの中、彼女は幅広の階段をゆっくりと降りてくる。玄関の上の窓ガラスから差し込む外からの月明かりが、ナイトガウンを着る彼女を妖しく照らし出す。

 玄関ホールは吹き抜けだ。見上げれば、豪華なシャンデリアが高い位置から吊るされている。充分な横幅のある階段は模様の入ったカーペットが敷き詰められていて、手すりは年季の入ったマホガニー材だ。充分に磨き込まれているため、美しい光沢を放っている。階段だけでなく、この屋敷は建築に覚えのない拓海が見ても、至るところに極上の素材が贅沢に使われているのがわかる。

「お帰りなさい」

「まだ起きてたのかい?」

「ええ。横になってたんだけど、なかなか寝つけなくて……」

 時刻は零時を回っていた。麗子の体調をおもんぱかって、三次会は辞退してきたのだ。

「具合のほうは?」

「だいぶ良くなってきたわ。それより早かったわね。もしかして、わたしのために?」

「ああ。心配だったから早めに切り上げてきた」

「ごめんなさい。わたしのせいで」

「気にしないで」

 麗子はここで、上目遣いにこちらを見て、甘えるような声を出す。

「ねえ拓海さん、わたしのために早く帰ってきてくれたんだったら、今からベッドの上で可愛がってもらえないかしら」

「でも体調は?」

「だいじょうぶ。ベッドで横になってたら、あなたの体温が恋しくなっちゃって……」

 言いながら麗子は、身体を密着させてくる。素肌にナイトガウンを羽織っているため、乳房のふくらみが体温とともにダイレクトに伝わってくる。

「実はぼくも、君が欲しくなってたんだ」

 拓海は、さっと両腕で麗子を抱きかかえると、中央の階段を上がっていった。



       *  *  *



「あっ、あっ、あっ、あぁん……」

 ヘッドホンを通して喘ぎ声が耳に届く。

 使用人用の一室で、ノートパソコンに流れる映像を、沢尻はワインを飲みながら堪能する。

「いやぁ、そんなとこ舐めないで——」

 ヘッドホンを通して卑猥な言葉が耳に届く。ワインが進む。沢尻は空になったグラスにワインを注ぐ。

「拓海さん、今度はわたしが上に乗る——」

 映像の向こう側では、麗子が拓海の腰にまたがっていく姿が見えた。彼と一つになったとたん、麗子は美しい黒髪を振り乱しながら腰を前後になまめかしく振りはじめた。彼女のいちばん好きな体位だ。当たり具合を自分で調節でき、さらにあの体位は女性側が主導権を握ることができる。普段の彼女は控え目だが、ことベッドの上では、とたんに自己主張が強くなるのだ。彼女の腰の動きに、拓海が悶絶気味になっているのが遠目でも見て取れる。麗子は腰を振りながらも、右手で自分の陰部をこすっているようだ。

 上下左右に弾むように揺れる、形のいい麗子の乳房が見ていて小気味いい。両耳を覆うヘッドホンから流れてくる彼女の嬌声に、じわじわと股間が熱くなってくるのがわかる。


 麗子の寝室には小型カメラを四つ仕掛けていた。どれも容易には見つけられない場所だ。高性能なものが発売されるたびに取り替えていた。

 盗撮行為に罪悪感はなかった。当人に気づかれさえしなければ、誰も不快な思いはしない。要は、バレなければいいのだ。相手側からすれば裏切り行為に映るだろうが、こちら側に裏切っているという思いがなければ無罪だろうという解釈だった。

 拓海と出会う前の麗子は、ほぼ毎晩のように自慰行為をしていた。そのため自慰行為の鑑賞が沢尻の日課となっていた。見ているこちらのほうが恥ずかしくなるくらい彼女は大きく股を開き、ピンクのローターを陰部に当てがって官能にふける。下着を着けずに行うから、同時に整った陰毛も鑑賞できた。いつのころからか行為の所要時間を記録するようになり、五分から十三分と幅があり、平均値は七分だった。

 自慰行為だけでなく、麗子が男を連れ込んだときには、今夜のようにセックスも鑑賞できた。そんなとき沢尻は、自分が相手の男と取って代わりたいという強い衝動に駆られたが、プロを自認していたから、執事としての立場をわきまえることを優先させた。

「拓海さん、今度は後ろから突いて——」

 麗子が四つん這いになって拓海に向かって大きな尻を突き上げる。腰のくびれが強調され、美しい曲線が浮かび上がる。そこへ彼女の腰をつかんだ拓海が背後から自分のものを押し込んでいく。ひときわ高い声が上がり、麗子は両手で布地をつかみ、顔をベッドに深くうずめる。拓海がしっかりと麗子の腰をつかみ、自分の腰を打ちつけていく。そのたびに嬌声が上がる。

「ああ、ダメ……。ああ、ダメ……。ああ、気持ちいい……」

 漏れ出る声の質が変化していた。あの体勢だと、男性器の先端が奥の絶妙な位置に当たるからだろう。

「ああ、拓海さん、お尻を叩いて、強く、強く、強く、叩いて——」

 拓海が懇願に応じて麗子の尻を叩く。

 皮膚の弾ける小気味いい音がヘッドホン越しに聞こえてくる。

「もっと強く、もっと強く——」

 沢尻は見ていて歯がゆさを覚えた。自分ならもっと上手く、彼女の要求に応えられると思ったからだ。自分があの場にいたなら、尻が赤黒く腫れ上がるまで容赦無くスパンキング尻叩きし、彼女が本気の悲鳴を上げるまで続ける。それから背後から彼女の首を締め、まっ赤に充血した彼女の目から涙があふれ出したところで、今度は口の中に指を突っ込む。きっと彼女はむせび返りながらも、沢尻の指を涎を垂らしながら舐め回すことだろう。

「あの、美しい白い首を、両手で強く握り締めたい——」

 いつの間にか自分の両手が、想像上の麗子の首を締めるように前に突き出ていた。

 下半身がだいぶ熱くなっていた。だが今は、生の映像をしっかりと目に焼きつけることに専念した。射精はいつでもできる。自分の欲望を発散させるのは、彼らの行為が終わってからでいい。録画した映像をあとで再生して、自分がベストだと思うシーンで絶頂を迎えればいいのだ——。

 沢尻は恍惚こうこつとした声を上げた。

「ああ、麗子お嬢様、今日もお綺麗ですよ——」

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