第2話唐突な死の宣告

 枕元に死神が立つ、そんな夢を見た。

 いつのまにか布団がはだけてしまったのか、少し肌寒い。

 俺は側に感じられる温もりを抱き寄せようとした。多分、猫のミールが勝手に俺のベッドに潜り込んだのだろう。

 しかし手触りがいつもと違う。やたら毛が長く、もっさりしているような……


「……うおっ!は?お前、え?誰だよこいつ」


 そこにいたのは、ミールではなく見たこともない少女だった。


「…………んん、ふぁ。あー、寝ちゃってたかぁ。朝六時には来てたんだけど眠くてなー」


 彼女は立ち上がって気怠そうに伸びをした。

 薄着なスカートルックに変わったローブのようなものを羽織っていて、季節感を感じない服装だ。ローブはフード付きのコートと言った方がいいかもしれない。

 年齢は多分俺と同じくらい、だろうか?十代のような可愛らしさはあるが、あどけなさがなく、正確な年は分からない。

 あまり生気を感じられない目つきで、髪はボサっとした長い紫色。全体的に不思議でダウナーチックな印象を受ける。


「んーと今の時間は、七時か。セーフセーフ。では宣告します」

「いや、あの、どちら様でしょうか」

「冥界からやってきた死神だよー」

「は?しにが──」

「三浦(みうら)周司(しゅうじ)。君は後13時間で死ぬ」


 それは本当に唐突な、死の宣告だった。

 俺は、刺された指を払い除けた。


「なんだお前いきなり。人の部屋に勝手に上がり込んで、名前まで知ってるし。なにもんだよ。警察呼ぶぞ」

「だから死神の、あぁ、名前はロッコです。ロッコちゃん」


 おいしい水みたいな名前だ。

 死神とか言い出して、頭のおかしい子なんだろうか。

 頭のおかしい子ということは…………妹の知り合いか?

 そんな考え方はさすがに妹に失礼な気もしたが、あいつもまだ中学生だ。厨二臭い友達がいてもおかしくない。むしろ妹の関係者だというのなら納得だ。

 彼女は、妹の部屋に泊まりに来てた子なのかもしれない。


「あー、もしかして妹の友達か?ここは俺の部屋なんだ。妹のは隣だから間違えないでくれ」

「ふーん、そうなんだ」


 ロッコちゃんとやらは、それだけを言って動こうとはしない。


「……そうなんだって、あのなぁ。俺眠いんだよ。これから二度寝したいんだ。悪いけど出てってくれって」


 学校の時間までまだ余裕があるし、2、30分くらいもう一眠りするのは平気なはずだ。


「えー、いいの?時間を無駄にして。死ぬまで後12時間と54分しかないのに。期限過ぎたら君の命持っていっちゃうんだぞー」

「勝手にしてくれ。なんなら今導いてくれよ。眠すぎて13時間待たずに死にそうだ」


 不意に大きなあくびが出る。

 お気に入りの対戦ゲームに熱中して、昨夜も随分と夜更かししてしまっていた。

 貴重な睡眠時間をギリギリまで削った結果、プロゲーマーですら難しい前人未踏の最高レートに到達という、自分基準ながら生涯最大の偉業を成し遂げていた。


「もう人生に悔いはないしな」

「……本当にいいの?」

「え?」

「本人の意向で早める分には問題ないからさぁ、君がそう言うなら今貰うよ」


 口調は気怠げで、目元もやる気のなさを感じられるが、その奥にある金色の瞳が俺をしっかりと捉えた。

 寝起きの頭が徐々に冴えてくる。

 こんな異質な雰囲気を放つ人間が本当にいるだろうか。


「私が言うのもなんだけど、自分の人生もう少し大事にした方がいいと思うけどね」

「お、お前、本当に妹の友達なのか……?」

「いんや、妹ちゃんなんて知らない。私が会いにきたのは三浦周司くんだから」


 俺に会いに来た。その一言で全身に悪寒のようなものが走った。

 つまり、この女は誰の断りもなくこの家、ひいてはこの部屋に侵入したのだ。誰の知り合いでもない。ただ、俺に死を告げるためだけに。


「なに、を……」


 言葉に詰まる。

 警察?いや、下の階にいる親を呼んだ方がいいだろうか。


「でもまぁ、いらないってなら貰っちゃうよ」


 コートのどこからか取り出した、鈍く光る物体に俺の心臓が跳ねた。


「じ、銃?え、おもちゃ、だよな……?」


 リボルバーだ。少女が扱うにしてはゴツい銀色をしている。

 なにがなんだか分からない。いきなり現れて、死神を名乗って、おまけに銃だと。

 理解が追いつかず、最近の死神は大鎌じゃなくて銃を使うのか、なんて思考が頭をよぎる。


「じゃあね」

「ま、待て!死んでもいいっていうのは冗談だっ」

「そーなの?本気にしちゃった。ごめんごめん」

「ロッコちゃんは、その、本当に死神なのか?」

「まあねぃ。と言っても職業死神だけど。人間からしたら死神で間違いないよ。ちょっと待ってね」


 ロッコは少し下がって二本指で床を指した。


「死神権限で契約期限の正式開示を請求する」


 突然、吸い込まれそうな闇が床に広がったかと思うと、そこから真鍮色をした物体が迫り上がった。天井を少し貫いた程の大きさのそれは、一見して巨大な柱時計に見えた。

 壁と言えるほど幅のある正面には、大小様々な時計の針のようなものが点在しており、それぞれが独自の速度で回っている。


「な、なんだこれ……」

「君が今見るべきは、あの0から23の数字が反時計回りに刻まれたところを指し示す針」

「13の辺りを指し示してるあれか……」

「そうそれ」


 もう俺の中で疑う余地はなかった。ただの人間にこんなものを呼び出せるわけがない。


「死ぬってことかよ、今日の夜には。な、なぁ、俺はもう助からないのか……?」

「あーそっか、言ってなかったか。君は『恋人』を作らないと死ぬんだよ」

「…………は?恋人?意味が分からない。なんで俺が」

「だって悪魔とそう契約したんでしょ?書面にあるし、ほら。契約時刻が二十時二分だから、期限は今日の同時刻までね」


 ロッコが突き出した契約書らしき物の一端に目を通すと、俺の名前や、彼女が述べた通りのことが書き記されていた。


「悪魔と契約なんかした覚えねぇぞ!なにかの間違いだって!」

「そう言われてもなぁ。君の意思で『一ヶ月間で恋人を作らなければ命を譲る』って契約になってるし」

「なんだよそれ!一ヶ月って、あ……」


 そうだ、あの大事な決意をすっかり忘れていた。俺は、一ヶ月前にそんなことを口走ったはずだ。

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