第36話 一睡もできないんですよね

 数日かけて手続きや片付けを済ませ、とうとう本当にブレアのルームメイトとなってしまってから早3日。


「で、ユーリーの面白可笑しな提案に乗ったお前は無事に学力向上、睡眠時間確保でき――てるわけねえよな!どうしたその隈!?」


 放課後になりルーク達のクラスに訪ねてきたアーロンはルークの顔を見て驚きつつも笑いだす。

 表情こそ普段通りだが、ルークの山吹色の目の下にはくっきりと濃い隈ができていた。

 ルークの寝不足は改善されたどころか、悪化したように見える。


「……実は、先輩と同室になってから一睡もできないんですよね。」


「意味ねぇじゃねえか!寝ろよ!」


 アーロンが呆れたように言うとルークは大きな声で「寝れるわけないじゃないですか!」と反論するように言う。

 すぐ隣で大声を出されたヘンリーは少し顔を顰めたが、あはは……と乾いた声で笑った。


「先輩と同じ空間にいるだけで目が覚めるに決まってますよね!?」


 ブレアが教室に来た時寝てたのはどうなんだろうかとヘンリーは思ったが、それとこれとは違うと言われそうなので何も言わないでおく。


「しかも先輩の部屋ですよ?いい匂いで興奮して寝れませんよね?先輩の部屋着めちゃくちゃえっちですし!無理やり寝ようとしても耳すましたら先輩の寝返りの音とか寝息聞こえてきてドキドキするんですよ!一晩中先輩の寝息聞いてました!!」


「デカい声で変態発言しまくんなって。んなんでよく同室になれたな?俺が教師なら絶対許可出さねえわ。」


 完全に呆れ顔のアーロンは苦笑しながらルークの後ろの席に座った。

 ヘンリーは近くのドン引きしている女子生徒に謝っている。

 声が大きかったため多くの人に見られているが、全く気にしていないルークはすごいと思う。


「呆れないでくださいよ。アーロン先輩が俺と同じ状況だったら寝れますか!?」


「普通に寝た。んなにずっと匂い嗅いだり音聞いたりしてんのお前くらいだろ。」


「先輩が可愛すぎるのが悪いんです……。」


 立ち上がって熱弁していたルークはヘンリーに「座ったら?」と言われて席に座る。

 机に手をついて頭を抱えてしまうルークにヘンリーは話題を変えようと聞く。


「寝れないのは置いといて、それ以外はどんな感じ?ユーリー先輩と同室で。」


「めちゃくちゃ幸せ……だけどびっくりとドキドキしすぎて疲れる……。」


「びっくり?」


 予想外の答えにヘンリーは聞き返す。

 ドキドキすると言うとは思っていたが、驚くことなどあるのだろうか。


「そう、びっくり。本当に先輩の私生活がびっくりすぎて健康が心配になる。」


「散らかってるとか?あいつ片付けしなさそう。」


 アーロンが言うとルークは首を横に振る。

 ヘンリーは偏見で失礼なことを言うのはやめてほしいとずっと思っているが、アーロンに悪気はなさそうだ。


「本とかプリント以外はめっちゃ綺麗です。でもキッチンに使った形跡がなくて、聞いたら『使ったことない』って言うんですよ!?それで冷蔵庫の中見たらゼリーと水とラムネと砂糖菓子しか入ってないんです!普通の食べ物がないの信じられませんし、そもそもラムネと砂糖菓子は冷蔵庫で保管するものじゃありませんよね?しかも一日中ベッドの上で真顔で本読んでますし、何故か入浴が深夜の2時……。」


「アイツいつの間に人間やめたの?」


 ヘンリーは唖然としているが、アーロンは最早引いているようで顔を引き攣らせている。


「俺も生きてるか不安になって脈と心音確かめようと思って触ったら魔法で殴られました。心音は聞けませんでしたが脈はあったので大丈夫です。」


「何やってるの……。」


 ルークが袖を捲って腕にできた大きな青痣を見せるとヘンリーはリアクションに困って苦笑した。

 アーロンはルークからここまで不満が出てくるとは思っていなかったので、「冷めた?」と聞く。

 意外な一面……というか信じられないものを見て、ブレアへの気持ちも落ち着いたのではないだろうか。


「どこに冷める要素がありました?ますます付き合いたくなりました!」


 ルークが不思議そうにアーロンを見るが、アーロンも不思議そうにルークを見る。

 アーロンには冷める要素しかないように聞こえた。


「むしろどこに惚れ直す要素があった?」


「どこにって完璧な先輩も素敵ですけど、ちょっと欠点がある方がこう……守ってあげたい!ってなるじゃないですか。」


「ちょっとじゃないよそれ……。」


 うっとりとした顔で言うルークを2人は呆れたような顔で見る。

 呆れられていることに気づいていないのか、ルークは2人を見て「同じ顔してますよ。」と笑った。


「ルークくん、大変なら部屋変えてもらった方がいいんじゃないかな?」


「絶対変わりたくない。俺が3食作って先輩に食べさせないといけない。」


 心配してヘンリーが言うと、ルークは深刻な顔で即答した。

 ブレアの食生活は自分がなんとかしなければいけないという使命感がさらに強まっている気がする。

 確かにブレアの食生活は心配だが、自分の睡眠と成績の心配はしなくていいのだろうか。


「今日はユーリー先輩に勉強教わらないの?」


「教わる……あっごめん、帰る!ヘンリーまた明日!アーロン先輩もさようなら!」


 ヘンリーの言葉で放課後すぐに勉強を始める予定だったことを思い出し、ルークは慌てて立ち上がる。

 遅れたらブレアが怒りそうだ。

 2人に挨拶をして、少しでも早く着くよう寮へ走り出した。

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