第30話 子供の成長を感じた親の気持ちになってる……

 今日は木曜日。つまりブレアとエマの授業の日だ。

 ルークとブレアが一緒に昼食を食べるのをもうすっかり当たり前だと思っているエマが、昼休みの初めにブレアと2人で1年Eクラスの教室に来てくれた。

 ヘンリーと、ヘンリーと昼食を食べようとやってきたアーロンの5人で昼食を食べることになった。


「さあ先輩、口を開けてください!」


「え、だけど。」


「何でですか!?」


 嬉々として言うルークから逃げるようにブレアは身を引く。

 今日は正面に座っているため、隣の時以上に視線を感じる。

 断られるとは思っていなかったルークはショックを受けているようだ。


「昨日は仕方ないから食べてあげただけで、今日も食べるとは言ってないよ。」


「ええ、ブレア昨日食べたの!?ならもう意地張ってないでもらえばいいじゃない!」


だ。」


 意外そうに目を丸くしたエマに言われ、ブレアはふいとそっぽを向いた。

 状況がよく分かっていないアーロンは密かにヘンリーに経緯を聞いている。

 ルークは強行突破を図ろうと、ピックを摘んでブレアの口元に近づけた。


「どうぞ。今日は味付けを少し濃くしたので美味しいと思います!」


 期待するようなエマの視線と、真剣なルークの視線を向けられ、ブレアは居心地が悪そうにしている。

 食べるまで見られ続けるのかと思うと、大人しく食べた方がいい気がしてきた。

 ブレアは横目でアーロンの様子を伺う。

 弟であるヘンリーと小さな声で話していて、ブレア達のことは見ていないようだ。


「……えっ!」


 ブレアは渋々口を開けてルークが差し出してきたサンドイッチをぱくりと食べた。

 もぐもぐと真顔で咀嚼していたブレアはテンションが上がって「きゃー!」と声にならない声をあげているエマに顔を顰める。

「隣で騒がれると煩い。」と言おうとしたが、物を食べているとそれもできなくて不便だ。


「おい今何した?」


 エマの声で異変に気がついたアーロンはそれぞれ違う3人の様子を見て目を瞬いている。

 興奮して足をバタつかせているエマ、真顔で咀嚼しているブレア、そして何より変なのは――


「ルークくん、何で泣いてるの?」


 音もなく涙を流しているルークだ。

 悲しそうではないので、アーロンもヘンリーも心配はしていない。

 目を離した数秒に何があったんだろう。


「俺今……子の成長を感じた親の気持ちになってる……。」


「誰の親なの……?」


 ルークの言っていることはわからないが、どうやら感極まって泣いているようだ。

 ヘンリーの問いに「……先輩。」と答えると、アーロンは訳がわからないとでも言いたそうに顔を顰める。


「え、お前付き合いたいんじゃねえの?いつ親にシフトチェンジしたんだよ?」


「あんなに嫌がってた先輩が自分から食べたんですよ!?やっと食の大切さに気づいてくれましたか……。」


 何故ルークがこんなに感極まっているかと言うと、少々渋ったとはいえブレアが自分からサンドイッチを食べたからだ。

 昨日はルークが口の中まで運ばないと食べなかったのに、口の前にあるものを食べた。

 立派な成長ではないだろうか。


「こんな気持ち悪い親に育てられた覚えはないよ。」


「反抗期ですか?」


 飲み込んだブレアが言うとルークはにこにこと微笑ましそうに笑って見る。

 ブレアはルークに自分が2歳児くらいだと認識されている気がして不服そうに眉を寄せた。

 嬉しくなったルークが今度はプチトマトを差し出す。


「いらない。」


「トマト嫌いですか!?栄養高いんですよ!」


「調子に乗らないでよ、鬱陶しい。」


 ルークが更に近づけると、ブレアは嫌そうにまた口を開けた。

 今度は待つ気だと思ったルークが口の中に入れると、ブレアは口を閉じて睨むようにアーロンを見る。

 唖然としているアーロンが記録用魔道具を構えていないのを確認したようだ。


「……お前らデキてんの?」


「そう見えますかー?」


 ルークが照れたように笑う一方で、ブレアは再びアーロンをキツく睨みつけた。


「そんな訳ないでしょ。気持ち悪いこと言わないでくれるかな。」


 アーロンが記録用魔道具を取り出そうとポケットに手を入れるが、ブレアから殺気のような物を感じて何もせずにポケットから手を出した。

「撮ったら殺す。」と聞こえてきた気がした。


「そんなこと言って、けっこールークのこと好きなんじゃねえの?助手にするとか格好つけちゃってさ〜。」


「は?格好つけてないけど。死ねば?」


 ブレアの視線から殺気を感じたヘンリーは慌ててアーロンの口を塞いで頭を下げる。


「煽っちゃ駄目だよ兄貴!ユーリー先輩すみません!」


「君、これの弟なんだっけ。」


 ペコペコと頭を下げるヘンリーを見てブレアは不思議そうにしていたが、じっと2人の顔を見比べると納得したようだ。

 2人はよく見ると顔立ちが少し似ているからだろうか。


「はい、いつも兄貴がご迷惑をおかけしてすみません。」


「ブレアが人のことをちゃんと覚えてる……ママ嬉しいわ!」


 悪びれないアーロンの代わりにヘンリーが謝る。

 そんなヘンリーの正面に座っているエマは、感動したようにブレアを見ていた。


「親もどきばっかりそんなにいらない。不出来な兄を持つと大変だね。共感するよ。」


「でもいいところもありますので。」


「おい、さり気なくオレを貶すな。お前も否定しろ。」


 手を掴んで退けたアーロンはヘンリーの頭を軽く叩く。

 ルークが「仲いいなー。」とヘンリーに言うと、嬉しそうに笑って頷いた。


「兄弟仲がいいのはいいことだと思うよ。僕も兄みたいなのがいるけど、そこまで仲良くないな。」


「ユーリー先輩もお兄さんいるんですか?」


「え、そうなの!?」


 ヘンリーが意外そうに聞き返すが、エマの方が驚いている。

 アーロンも驚いているのを見るに、誰も知らなかったようだ。

 ルークだけが知っていたことが嬉しくて、ルークは密かににやけている。


「義兄だけどね。しっかりしてるって言われてるけど意外と抜けてるし、やたらと口煩いから困るんだ。」


「きっとそれだけ先輩のことが好きなんですよ。」


 両手で机に頬杖をついたブレアは困ったように溜息をついたが、ヘンリーに言われて口角を上げた。


「確かに、愛されてる自覚はあるかな〜。僕の兄シスコンなの。」


「先輩のドヤ顔……っ!」


 レアだ!とルークが目を輝かせるとブレアは唇を引き結んでしまった。

 そんなブレアの後ろにそっと忍び寄った人影が、ブレアの頭に撫でるように手を置いた。

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