モデラー(アマチュア)
人間五十年。いや今や平均寿命は五十じゃまったく足りないけれど、それは一旦置いといて。
その短い人生の間になにが出来るのか、考えたことがある人は多いのではないかと思う。ほぼ誰もが最低でも一回は、浅いか深いかは別として考えた事くらいはあるのではないか、と思っている。
もちろん俺もある。
そして、きっと多くの人と同じように、答えは出なかった。
俺とはなんだ?
「なに? 哲学?」
「声出てました?」
「ポロポロのポロだったぞ。俺はいったいなんだんだ、なぜこの世界に生まれ落ち、なにを成すというのだ……」
先輩がやってみせるほど迫真ではなかったはずだ。テーブルクロスの皺をのばす手が止まってますよ。
「先輩は将来の夢とかあるんですか?」
「……おまえもしかして熱で脳細胞死滅した?」
「あ、もういいっす」
「うそうそじょぉだんだってぇ! わるかったって! 夢、夢な? 夢は、あー、あれだ……いやすぐには出てこねぇよ。ガキじゃあるまいし将来の夢とか、なー……昔はサッカー選手になりたかったな。てかア○パ○マ○?」
「なんのためーに、ってやつですねぇ」
「いいよなア○パ○マ○」
「いいっすね」
なんだこれ?
二人して遠い目をしているこの状況はなんなのか。俺まで手が止まったから店長に一喝いただいてしまった。
「将来の夢より、今の金だわな。……今のオレはそんなもんだ」
「そうっすか」
久しぶりのバイト出勤で汗水垂らし、夜遅い中をぼちぼち帰路を辿る。年末の街はいつもとちょっと違う空気感に包まれていて、とはいえだからといって何があるわけでもない。
クリスマスは終わった。俺は何もしなかった。あとは年越しを迎えるだけだ。
一年の区切りといえばやはり年か年度か年齢だろう。俺的にはどれも同じくらいの感慨である。
年が明ける時には世間の様相からしていつもと違う。年度が変われば人が変わり環境が変わる。年齢が上がるほど大人に近づく。
どうあっても残りの人生は短くなっていく。
息を吐き出しても白くならない暖冬は例年にない過ごしやすさでありがたい。
ただいまをリビングに放り込んでから自室のドアを開けた。先日の急な訪問の後に俺はそこそこ力を入れて部屋を掃除した。後の祭りではあるが。
そういうわけで小奇麗になってしまった室内の一角、勉強机の上には、あともう少しで完成するプラモデルが三つ並んでいる。
城、ロボ、ロケット。
組んで終わろうと思っている。ひとまずの形を作り上げ、想定内の完成をさせ、手の込んだ加工はしないまま、他のプラモと同様に貸し倉庫に預けるつもりでいる。
今までずっとそうしていたように。
プラモデルを完成させる時はいつも、少し名残惜しくなる。
俺はちょっと笑ってしまう。
本人からプラモデルを貰ったのははじめてだった。
病み上がりの労働に思った以上の疲労を覚えた俺は小休止にベッドに横になった。漫画を読んでもよかったしスマホを弄ってもよかったが、一年が終わろうとする寂寥感にちょっとばかしあてられて、目を瞑って頭だけ働かせる。
考えるのはこれまでのことだ。これまで。
一応、俺は俺の出来る限りをやってきた。
おそらくは小学校の低学年の時に見た大河ドラマに影響されて、俺はどうにも自分の人生ってものに不安がある。
つまり、俺とはなんだ? ということだが、そういうわけで俺という人間は人生に意味や価値が欲しいタイプなのである。
人生は死ぬまでの暇つぶしとも言うけれど、どっちが正しいとかじゃないだろうし、なんなら実のところ意味や価値を求めるも暇つぶしと割り切るも本質は同じなのかもしれないが、兎にも角にも俺は生きる意味が欲しいし生きた価値を残したい。
それは人知れずでいいし、どこかの倉庫に埃を被るだけでいい。俺が俺に認められるだけのものを成せれば充分だ。
そのカタチとして、今は三人の顔が脳裏に浮かぶ。
寝転んだまま頭の上の方に手を伸ばす。掴んだものを目の前に翳す。くたびれたプラモデルは、俺が唯一手元に残し続けているもの。
あとたった一つ、小さなパーツがはめ込まれないままのそいつをしばらく眺めてから元に戻して、俺はとりあえず風呂を済ませることにした。
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