「そうか……ごめん鈴木さん! 返すもんないわ!」

「はい、構いません。もとよりそのつもりです。ただ受け取っていただければそれで充分です」

「女神か?」

「それは嫌です」

 けっこうきっぱり切り捨てられた。あれ? 女神って誉め言葉よな?

 鈴木さんは困り眉に表情を変えて続ける。

「それに、床に伏していた人にプレゼントを用意しておけなどと、そんなこと思うわけないじゃないですか」

 やっぱ女神じゃん。と俺なんかは思うんだけど、本人がお気に召さないらしいから口にはしなかった。代わりに後日、ちゃんと返すことは伝えておいた。

 こほん、とわざとらしい咳払い。

「どうした佐藤さん」

「アタシたちだって、あるんだけど? プレゼント」

 腕組みした佐藤さんがこちらを見ることもなくそう言う。

「なんだ? 俺は今日死ぬのか?」

 たち、ってことはまぁ高橋さんからもあるというわけで。ちょっと本気で後々の運値が不安になるよね。収支プラマイゼロとまでは言わないが、それなりにバランス取ってくるのが人生または神様ってやつだと思ってる。

「死ぬの禁止」

「了解です」

 隊長殿のご命令には敬礼を返して、俺は腰を上げて部屋のドアに向かう。三人の訝しむ視線を背中に感じる。

「で、なにやってんだ母さん」

「息子の成長を確かめてたのよ」

「そうかよ。ちゃんと成長してるから安心して放っておいてくれ」

「あらぁ。お母さん、息子嫁が三人でもいいからね。結婚より孫が先でもOKよ」

「はっはっはっ……マジで怒るぞ、親とはいえ」

「こわいわねぇ」

 ドアを開けて小声の会話とお盆の受け渡し。「ごゆっくりー」と部屋の中に手を振って去っていく母に俺はもう言葉もないよ。

「サンタのお母さん、気さくな人だよね。すごくいい人だなぁって。いきなりお邪魔したのに歓迎してくれたし」

 佐藤さんがそんな感想をくれるが、そいつは騙されてるんだぜ。

「まぁ、普通の母親だよ。さてじゃあ、どうする? 三人とも。ゲームでもやってくか?」

 身内の話なんか友人たちとしたいわけないので、俺はさくっと話題を変えた。

 俺はそこそこ身勝手を自認しているが、それでもプレゼントとやらだけ置いてとっとと帰れとまでは思わない。


 幸いにして俺の部屋にはゲーム機もあれば人生ゲームもあり、麻雀もあり、カード系の道具もあり、我ながら中々充実した娯楽環境が揃っている。更に今日の人数は四人。遊びやすい人数だ。

「アタシやってみたかったんだよねー……将棋!」

「いやそれ将棋崩しな? それを将棋って呼ぶのは各方面にごめんなさいしろ?」

 佐藤さんが将棋の駒を山にするのを見ながら指摘しておく。素直にごめんなさいする佐藤さんの手が文字通りに山と積まれた駒から離れた。

「誰からいく?」

 などと言いつつ目はキラキラだし手はワキワキだし、佐藤さん以外に一番手に名乗りを上げられるやつがいるわけないだろう。

「佐藤さんからでいい。時計回りでいいよね?」

 高橋さんの確認に俺も鈴木さんも頷き、ゲームスタートである。

 とまぁ、その先に語るべきことは特にない。なんとも普通に遊んだ。あまりになにもないから俺の方が拍子抜けしたくらいだ。

「そろそろ夕方だけど、君らいつまでいんの? 本来のご予定とかあるんじゃないのか?」

 キリの良いところで問い掛ける。

「そう、ですね……もうこんな時間ですか。私、勝ててないのですが」

「勝つまでやるか?」

「是非」

「いやわるいけど、鈴木さんが俺や高橋さんに勝つのは当面無理だぞ」

 残酷なようだけど事実なのよね。テレビゲームじゃ、鈴木さんは佐藤さんには数回勝てても俺と高橋さんにゃ勝てない。飲み込みが早かろうが、一朝一夕で負けてやるつもりはない。

「サンタ、言い方」

「まぁまぁまぁ」

 しゅんとしてしまった鈴木さんに代わって高橋さんから非難めいた声色が届いたが一旦置いておくとしよう。

「また今度やろうよ。負けてやるつもりも手加減だって、してやるつもりはないけどさ。やっぱゲームはみんなでやるのが楽しいし」

 こくこくと頷く鈴木さんは、まだまだ負けても楽しいゲーム初心者。そういう素直な楽しむ心を俺は一体いつ失くしたのだろうか。ちょっと哀愁気分だ。

「いきなり押し掛けちゃったもんね……じゃ、じゃあ、えと、帰る前に……わ、渡すもの渡しておこっ……か」

 佐藤さんの主導で三人ともが鞄に手を伸ばす。俺はそれをぼんやり眺めている。

 本当に、なにがどうしてこうなったのか。

「なんか……わるいな。近いうちちゃんと俺もなんか渡すから」

「別に無理しなくてもいいよ? わたしたちのこれは感謝だから」

「感謝?」

「はい。色々と話し合いまして、まずはやはり感謝という形で、贈るのが最も適切ではないかとそういう話になりました」

「なんのだ……」

 困惑するより他にない。この三人をして感謝? そいつは前世で大層、徳を積んでいそうな話だ。

「ま、受け取っといてよ。はいこれ」

「あ、ども」

 プラモデルの箱を受け取って苦笑する。

「包装はしないことにしたんだ」

 佐藤さんは落ち着いた声で続ける。

「姫路城、別名白鷺城。兵庫県姫路市にあるお城で建てられたのは江戸時代の初期」

 国宝や重要文化財、世界遺産にも指定されており。主な城主は。構造は。と、そんな情報を佐藤さんは淀みなく口述した。

「覚えてる? これ教えてくれたの、サンタだよ」

「中一の三学期にだな」

 佐藤さんの笑顔は、時に真夏の向日葵のようだ。

「ありがと。あの頃、勉強を教えてくれて。勉強することを教えてくれて」

 どこまでも伸びていける花。

「アタシを諦めないでくれて」


 それをありがとうと。だから感謝なのだと佐藤さんは言った。

 まぁ一つの側面ではあるか。

「別にそんななぁ……机に向かったのも教科書開いたのも佐藤さん自身だろ。俺が一人じゃ勉強できないタチだから周りを巻き込んでただけだよ」

「いいよなんでも。サンタの理由がそうなんだとしても、アタシの受け取り方はアタシだけのものだもん」

「おつよいですなぁ。じゃあまぁありがたく貰っときます。完成したら写真送るよ」

「やだ。直に見に来たい」

「……わかったよ」

 折れてくれそうには見えなかったから了承した。

 改めてプラモの箱を四方から眺める。組むだけならまだしも、より見栄えよく加工するとなるとけっこうかかりそうだな。

「高かったろこれ」

「そういうことは言わないの。無粋なんだから」

「たしかにな。おけおけ、変な詮索はやめとくわ」

 俺の方から笑い飛ばさせてもらって、箱は大事に脇に置く。

「次はでは、私から、よいですか?」

「うん」

 鈴木さんと高橋さんとのやり取り後、俺は鈴木さんの方へと向き直る。

「私からは、こちらのプラモデルです」

 うん、プラモデルは確定なのね。わかっちゃいたけど。

 それにしても、チョイスはだいぶ想定外だ。

「鈴木さんこそ、歴史系のやつから選ぶと思ってたよ」

「それではインパクトに欠けるではないですか」

「お、おう、い、インパクトな。インパクト大事」

「はい大事です」

 にしてもド定番のロボットアニメのプラモデルとは。それでいて機体の選択は渋いところを突いている。

「これ……本編見たのか?」

「はい。佐藤さんと高橋さんと一緒に。この子が一番、カッコよかったです」

 どうやら鈴木さんはロボを子と呼ぶ人種らしい。

「いいセンスしてるよ」

 アニメ内じゃ活躍よりやられシーンの方が圧倒的に多かった機体だ。パッケージ上に輝く姿に鈴木さんは優しく指を添えた。

「人に、量産なんていませんから」

 鈴木さんの微笑みは、時に湖面に浮かぶ月のようだ。

「完璧であることだけが強さではないと、気付かせてくれたことを感謝しています」

 月と湖の美しさを併せ持つ夜。

「一人であることだけが強さではないのだと、気付かせてくれたことを」


 ありがとうと鈴木さんは言った。

 それは遅かれ早かれ至った境地だとは思う。俺の過干渉があろうがなかろうが。

「俺たちには鈴木さんが必要だからな。こっちの要求で鈴木さんを誘い込んだみたいなもんだ」

「サンタ君にも、私は必要ですか?」

「そりゃもちろん」

「……今はそれでいいです」

 来年には、クラスが変わる。その時には違う教室にそれぞれ関係を築いていくことになるかもしれない。それまでの仮初としては丁度いいだろう。

「それにしても、よく在庫あったな。近所じゃ見なかったけどどこで買ったんだ?」

「そう、そうです。私も驚きました。はじめは店舗で購入しようと思いいくつか回ったのですが見つからず」

「だよな」

 作中の活躍度に比して需要が大きかったことを販売元が読み切れなかったらしく、どこの店でもネットでも品切れ、SOLDOUT、入荷未定のはずだった。

「恥ずかしながら、家の者に頼んでしまいました」

 うん、深堀はよそう。

「いや、ほんと、嬉しいわ。俺もこれあったら絶対買おうで全然ないままだったから、嬉しいわ」

「そう言っていただけるだけで報われます」

「大袈裟だなぁ」

 胸に手を当てて、本当に何か大事が無事とわかったような雰囲気の鈴木さんだった。

 箱は大事に、姫路城の隣に並べる。

「んん。最後はわたし」

 似合わない咳払いの後、高橋さんもまたプラモデルの箱を差し出してきた。

「さんきゅ」

「うん、受け取って」

 恥じらい混じりの女の子からプレゼントを貰う。ロケットのプラモデルを。

 ギリギリ雰囲気壊れてない、か?

「高橋さん、ロケットに興味あったっけ?」

「ない」

「ですよねぇ」

 苦笑いも出ようというものだ。

「でもサンタにはあると思った」

 苦笑いも出ようというものだ。

「そう見えたか」

「興味とは少し違うかもしれない。憧れ? 宇宙とか、そういうものへの憧れが、あるように思う」

「まぁたしかになぁ」

 憧れというか、誰しも持つ未知への好奇心程度のものではある。知らないところへ行ってみたい。それは具体的な場所ではないが、宇宙は確かにその内の一つだ。

「サンタは、わたしの世界を広げてくれたから。だからわたしも、サンタを連れて行く」

 高橋さんの笑みは、時にそれそのものが光を放つ鏡のようだ。

「ありがとうサンタ、わたしをずっと助けてくれて」

 直視できない自分の幻。

「今までのこと全部、これだけじゃ返し足りないけど」


 そういう感謝の一つだから、と。そう高橋さんは言った。

 不足なんてありゃしないが、俺が言っても意味はないのだろう。

「そうか。でも俺からのお返しはちゃんと受け取ってくれよ?」

「わかってる。ただしちゃんと選ばなかったら承知しない」

「はは、そうだな。ちゃんと選ぶよ」

「微妙に信用できない」

 俺は大きく笑ってしまう。よくよく俺のことをご理解いただいているようで、さすが隊長殿だ。

「大丈夫、今回ばっかりはふざけないさ」

 はたしてそれで心から安心できたのかは高橋さんの顔から推測できないが、悪ふざけするつもりは本当に毛ほどもない。

 城、ロボ、ロケット。三つ並べた箱を眺める。

「こりゃ当分、プラモ漬けだな」

 さてどれから作ろうか。

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