勿忘草

梅林 冬実

勿忘草

18年前の梅雨 私は生まれた


誕生日にはママ手作りの

イチゴのケーキをリクエストしていた

ママは笑って

「イチゴ好きねぇ」って


ママのケーキが一番だった

どのお店のよりずっと美味しくて

ママを手伝う束の間の時間が楽しくて


あの日

「イチゴ好きねぇ」

で終わった会話


誕生日

帰宅したらママはいなくて


テーブルの上にバースデーカード

パステルグリーンで彩られた

とても可愛らしいカード


出かけてるのかな


ママが帰宅してからと一瞬思ったけれど

カードを手に取り封を開けた


一読して

意味が分からないことに気付く

もう1度読んでみる

連ねられている言葉とその意味


理解するのにどれほどの時をかけたろう


ママはずっと私のことが嫌いだった

20歳になるまで我慢して育てるつもりだったけど

限界がきたから18歳を区切りにさせてもらう


全く丁寧じゃない

ただの走り書きの最後には

「もう顔も見たくない」と


ママとふたり暮らしだった

ひとり分スペースが余っちゃった


15歳になる年の春

来年から働いてって頼まれたのは

こういう理由だったんだね


大好きなママを守れると思って

私も大人になれると思って

お給料も全部ママに渡して

その中からちょっとだけ

お小遣い貰って

そんな暮らしがずっと続くと思ってた


梅雨が明けて夏が訪れた頃には

色んなことに行き詰まって


この部屋とも今日でお別れ

いきなり来たスーツ姿の男に

面倒くさいこといっぱい言われたけど

つまりは出て行けって


頼れる人はみんな頼った

その結果がこれ

笑えないけど笑うしかない

知らない人の知らない部屋で

知らない人の口添えで

知らない仕事に就く

稼げるって言われたけど

正直そんなのどうでもよくて


雨の季節

ベランダに咲く勿忘草を眺めながら

ママとふたりで

イチゴのケーキを食べたかったな

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勿忘草 梅林 冬実 @umemomosakura333

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