幼すぎた恋

錦宇翔

第1話

「今日、クラスの奴らを全員殺しました。コソコソ逃げ回っても、どうせ直ぐに捕まると思うので最後に話をしようと思って来ました。」


土砂降りという言葉が似合う程の雨の中、傘もささずに少年は目の前に立つ《先生》にそう告げた。


「何でって顔してますよ、《先生》」


そう少年が言えば、目の前に立つ《先生》は困ったように眉を下げ少年を見つめた。


「まぁ、とりあえず僕の話に付き合ってくださいよ。説教とかは後で色々聞くんで。」


「ほら、こっち座って」なんてすぐ近くの石の段差に腰掛けながら少年は《先生》に隣を軽く叩きながら促した。


「別に、《先生》には何もしないよ。本当にただの思い出話に付き合って欲しいだけ。」


そう少年が言うと、やれやれと言わんばかりの顔をしながら《先生》は少年の隣に腰掛けた。


「いやぁ、懐かしいな。先生とこうして話すのなんてほんとに久々でちょっとテンション上がるなぁ。」


少年は嬉しそうに声を弾ませたが、それもたった一瞬の事だった。


「えっと、とりあえず彼奴らを殺した理由から話した方が良さそうですね。だからそんな眉間にシワ寄せないでくださいよ。」


少年がそう言うと《先生》はハッと我に返ったように親指で眉間を揉んだ。その様子を少年は面白そうに眺めている。その表情は、今日人を大量に殺した人物とは思えないほどに年相応で幼い。《先生》はあまりにもジロジロと見られるのが恥ずかしく思ったのか話の続きを促すように少年の肩を叩いた。


「ハイハイ、言います言います。理由ね。」

「まぁ、簡単に言っちゃえば敵討ちですよ。彼奴らが僕の大切な人を殺したから。理由なんてそんなもんです。」


少年がそう語ると、《先生》は泣きそうな顔で縋るように少年の腕を掴んだ。その力は、簡単に振り解けるほど弱い。


「その人が、敵討ちを望んでいるのいないのかなんて僕には分かりません。いや、そんなのどうでもいい。」

「気に入らないから、なんて下らない理由で僕の大切な人を奪っておいて、彼奴らがこれからの未来を順風満帆に生きていくなんて認めない。認めたくない。」


少年は顔を怒りに染めながらそう語る。《先生》はその時もずっと腕を弱々しく掴んだままだ。


「その人だけだったんです。落ちこぼれだった僕に手を差し伸べてくれたの。」

「僕よりも背丈がちっちゃくて、力だって強くもないくせにね。」


そう言うと、少年は立ち上がり《先生》を見下ろしながら「でも、それが最高に嬉しかったんだよね。」と言った。

《先生》は悲しそうに少年を見つめるばかりで何も話そうとしない。


そして、少年は突然


「じゃあ、僕もう行くね。」


と言い放った。あまりにも突然過ぎて《先生》は目を見開いたまま固まってしまっている。それを見て少年は初めて弱々しい顔をした。


「多分、近所の人にバレちゃったんだと思う。流石にここで捕まる訳には行かないから、もう行かないと。」


「もっと、《先生》と話していたかったけど人生ってそう簡単じゃないみたいだ。」


「あぁ、なんでだろう。ここまで来て急に捕まるのが怖くなってきたな。でも、きっともう大丈夫。」


「最後に大切な人に会えたからかな?怖いけど怖くない。」


「バイバイ、僕の大切な人。貴方を人殺しの理由にしてしまってごめんなさい。」


「どうか僕のことは許さないで、恨んでね。」


少年はそう言って笑いながら《先生》に手を振って走り去っていった。


《先生》はそんな少年の背に手を伸ばしながらも、後を追う様なことはしなかった。

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