第5話:男主人公(女)

 落ち着いた俺は、目的の幽霊図鑑を探すことにした。

 まぁ、本ならこの部屋のキャビネットに大量にある。探せばどこかにあるだろう。


 背表紙を見ながら歩いていくが、オカルト関係の本ばかりでそれらしいものは見つからない。

 確か、結構古いボロボロの書物だったから見ればわかるんだが。


「ない……」


 マジかよ。誰かが持ち出しているとか…?

 勘弁してほしい。あれだけクソピンクちゃんに啖呵切っておいて、ノコノコ放課後にオカ研部なんか行きたくない。

 部屋の奥にある椅子に座る。


 この椅子がゲームと同じくセーブポイントだったら助かるんだけど……ってあれ?

 机の上に本が無造作に立てかけられている。茶色く風化した背表紙で、幽霊大全と筆文字で書かれていた。


「あった!」


 急いで手に取る。

 今にも塵となりそうだが何とか読める代物だ。

 ページをめくってみると、ゲームで見慣れた幽霊たちの特徴と弱点が書かれていた。どれもこれもエッチな姿をしていて、見る人が見ればただのエロ本にしか見えない。


 …あの大女の記述はやはりないか。


 全てのページ見てみたが、有力な情報は手に入らなかった。

 幽霊に対しての内容は事細かにあるため、有益であることは確かなのだが。


 これでは4日後の神隠しには繋がらないな…。まぁ、持って行っておくか。


 用はないため、椅子から立ち上がると、勢いよく入口の扉が開く。

 そこにはここ1か月見慣れた男の姿があった。


 あれ……主人公じゃん!?


 今作の主人公は顔がないのっぺらぼうみたいなものでなく、しっかりとキャラクターデザインがされている。

 真っ黒な髪は今どきのマッシュに整えられていて、身長は180cmと高い。

 モデルのような体系に顔もイケメンときた。全く感情移入のできないハイスペックな主人公なのだが…。


 今、目の前に鼻息の荒い主人公がいる。

 両手をワキワキさせて、一歩ずつ近づいてくる。

 目の前まで来ると止まり、感極まったような表情で俺の肩を掴んだ。


「ち、知念!!!!!」


 …きゅん?


 そう呟くや否や、抱き着いてくる。


「な、生知念きゅんだぁああああ!!ハスハスハスハス!!やばぁ!赤ちゃんの匂いがすりゅぅうううう!!!!」


 俺の頭頂部に顔をうずめ深呼吸をしている。


 …え、何この不審者…?

 大女とタメを張るほど怖い。主人公との遭遇の衝撃に動けずにいたが、今は別の意味で動けずにいる。


「キャラデザの時からめっちゃタイプだったのに、こんな動かれちゃったら私おかしくなっちゃうよぉおおお!!!!」


 訳の分からないことを叫びながら、俺の体に密着してくる。


 ちょっと待て、今お腹に当たっている滅茶苦茶硬いものって…。


「てめぇ!今だろっ!離れろ変態‼」


 この変態、頭頂部で深呼吸をするだけでは飽きたらず、巨大なイチモツを勃起させ俺のお腹に擦り付けていた。


 マジもんの変態じゃん…!


「ち、知念きゅん!あんまり興奮しないでっ!はずみで逝っちゃう!」

「興奮してるのはてめぇだろうがっ!マジで離れろ!」


 力づくで突き飛ばす。案外弱いらしく、バランスを崩した主人公はそのままソファーへとダイブした。


 今のうちに逃げないと…!

 生身の人間がしかも男から狙われるなんてエロゲにあるまじき設定だろ…!

 開発マジで頭わいてるんじゃないか…?


 ていうかそもそも何でこいつ俺を認識してるんだ!

 作中では俺の名前はクソピンクちゃんから聞いて初めて知る……はず。


 扉に手をかけていたのを止めて、振り返る。


 ソファーであへあへしている主人公を見る。

 あり得ない予想だが、こいつの挙動は一つの疑念を生む。


「……お前、もしかして転生者か?」


 尋ねると、アヘ顔していた主人公は目をぱちくりとさせて、ソファーに座りなおす。


「も、もしかして知念きゅんも…?」

「マジかよ…」


 頭に手を当てる。

 こいつも転生者らしい。しかも中身は超絶ド変態ときた。


 まぁしかし、だからと言って俺がやることは変わらない。

 主人公やらオカ研部には関わらない。

 4日後の神隠しを全力で回避して、この世界をひっそりと生きていくのだ。


 そう結論づけた俺は、改めて主人公に背を向けドアに手をかける。


「じゃ、俺は神隠しに合わないように頑張るからそっちも頑張れな。お互いゲームでは会わないわけだし、不干渉でい―――」

「待って!!!!知念きゅん!!!!!」


 振り返ると主人公が腰に抱き着いていた。

 プルプルと震えて、目には涙が溜まっている。


「じゃ、俺は神隠しに合わないように頑張るから――」

「私、ホラゲ苦手なのっ!!!!一人でクリアとか絶対無理!お願い手伝ってよぉおおお!」


 ええい!鬱陶しい!


 振り払おうにも、本当にホラゲが苦手なようで、全ての力を振り絞って腰に抱き着いてくる。作中では結構クール系だったのに、こんな主人公の姿見たくなかった。


「……ゲームはどこまでクリアしたんだ?」

「えっと……迷子の幽霊クエスト前まで」

「……序盤じゃん」


 しかもサブクエで、特にメインストーリーには関わらないクエストだ。

 報酬も一生の護符1枚と労力の割にかなりしょっぱい。


「話だけは聞いてやるから、とりあえずソファーに座れ」

「に、逃げない……?」

「逃げないから早くどけ。高身長の男に抱き着かれて気分が悪い」


 主人公はそっと俺を解放し、ソファーに俺を促す。

 逃げないか警戒しているようだ。


 まぁ、俺もそんなに薄情じゃない。クエストの情報や進め方など、わかるところは情報共有する。同じ転生者としてのよしみだ。


 俺がソファーに座ると、主人公が俺の隣に座る。


「近いんだよ!あっちに座れ。じゃないと帰るぞ」


 そう言うと、慌てて主人公は目の前のソファーに移動した。


「ち、知念きゅんの怒った顔もかわゆい……!」

「その女みたいな口調やめろ。お前中身男だろ。キモさが増す」


 指摘すると、主人公はムッと眉を吊り上げた。


「私女なんだけど!ぴちぴちの19歳なんだから!」

「……は?」


 ちょっと待て、呪視は18禁ゲームだぞ?

 何ならちょっと拗らせた特殊性癖満載の抜きゲーでもある。

 とても19歳の女の子がするゲームではない。


 ……ただ、何故か嘘をついている様子もないんだよなぁ。


「このゲームエロゲなんだけど?」

「わ、私もやりたくてやってたわけじゃないし!仕事で関わったゲームだから、一応プレイはしておこうと思ってやってただけだし!マネージャーにも押し付けられたし…」


 仕事…?この子ゲームの開発者とかか?

 だとしたら、かなりアドバンテージがデカいのではないだろうか。

 裏の情報とか知っていそうだ。…あの大女のこととか。


「開発?それともデバック?何を担当してたんだ?」

「えっと、美咲の声当ててた」

「え?」

「だから!美咲の中の人!」


 声優じゃん……!!!!!

 何でこの世界に来てるの…?

 いやいや、と言うか何で美咲に転生せずに主人公に転生してるの?

 意味が分からなすぎる!


「ちょっと待て、お前が美咲の中の人なら、今の美咲は誰なんだ…?」

「さぁ?美咲はこの世界の美咲なんじゃない?声も私と一緒だったし。…あー思い出しただけでも気持ち悪い感覚」


 何の冗談だ…?

 主人公と変わって欲しいとは微塵も思わないが、あべこべ具合がなんかこう気持ち悪い!


 しかもこいつ知念きゅんとか言って平然と勃起してくるし…でも中の人は女の子だから、本当は女の子から発情されてるってことだし…いやでもあの主人公のクソでかいイチモツはマジで気持ち悪いし…。


 って待て、こいつ何で知念少年の顔知ってるんだ…?


 一応俺はエンディングの直前までゲームクリアしている。

 そこまで結構やりこんだが知念少年の顔なんて出てこなかった。


「知念少年の顔を知ってるのか?」

「え?うん知ってるよ。めっちゃタイプだったから覚えてる」

「ゲームには出てこないんだが、なんか設定資料とかで見たとかか?」

「……えーわかんない!声録ったの結構前だし、ていうかシナリオ変更あり得ないほどあってゲーム内容とか覚えてないし…。もしかしたら変更前のシナリオで見たのかな…?」


 …うっわ。ちんこは勃たせるくせに、全然役に立たないじゃん。


「ていうか、お前主人公の名前は?」


 このゲームはプレイヤーが名前を付ける設定のため、この世界での主人公の名前がわからない。主人公と呼んでいるのを一般人に見られると変人扱いされるしな。

 尋ねると、主人公はえーっと、と顎に手を当てて考える。

 仕草一つ一つが女で脳がバグるから切実に止めて欲しい。


「あ、思い出した!弓弦ゆづる道久みちひさって名前だ!」

「え?……はぁあああああああ!?」


 俺の大声に主人公改め弓弦はビクッと体を震わす。


 弓弦ゆづる道久みちひさって俺の名前じゃねぇか!

 元の世界での俺の名前。


「な、なに…?」

「それ、元の世界での俺の名前だ」

「えぇええええ!?何で!?」

「俺が聞きてぇよ!!!!」


 いよいよカオスだ。

 美咲の中の人が主人公で、その名前が俺の元の世界の本名。

 どういう因果なの…?


「つ、つまり、私がこの世界に来ちゃってるのは、アンタのせいってこと?」

「……違うと言いたいが、わからん」

「……手伝ってくれるよね?」

「……善処する」


 流石に俺の名前の主人公が幽霊にわからせエッチされてヤバい死に方するのは見ていられない。というか、中の人があまりにも可哀そうである。

 俺の本名が主人公の名前ということは、少なからず俺に何か起因することがあるのだろう。


「ただ、俺部活辞める予定なんだ」

「はぁ?じゃあ私も入らない!知念きゅんがいないオカ研部なんてチョコのついてないポッキーじゃん!」

「俺は結構それ好きだが」

「私も知念きゅん好き♡」

「止めろ。その顔で言うな。というか、お前が部活に入らないのは不味い」

「…なんで?」


 そう、不味いのだ。

 このゲームは日付進行があり、一種のタイムリミット方式を取っている。

 期間内にゲームクリアしないと、洋館からネームドの幽霊が飛び出して町中の人間が死ぬ。バットエンドだ。


「端的に言うと、お前が部活に入らないと、町中の人間が死ぬ」

「……マジ?」

「マジだ。まぁ、俺の件はどうにかする。お前は普通に部活に入れ」

「わ、わかった」


 にしてもまさかゲームクリアを手伝う羽目になるとは思わなかった。

 ひっそりと暮らす予定がパアだ。


「とりあえず、これ持っとけ」

「あ、それ知ってる!一生の護符だっけ」

「そうだ。これを持ってれば一度だけ幽霊から身を守れる」


 そう言って2枚の護符を主人公に渡す。


「2枚も…!」

「いいか、絶対に幽霊には近づくな。あと目を合わせるな。中身が女ならハニートラップには引っかからないとは思うが」

「そこは大丈夫だと思う……私かなりビビりだし」


 そういうところも美咲と一緒なのか、中の人。


「ただ、俺も問題があってな。あと4日後に神隠しに合うイベントがある。序盤とはいえ、チュートリアルで出てきてるから知ってるよな?」

「あ、うん。知ってる。……大丈夫なの?」

「わからん。一応もう接敵してるんだがこの幽霊図鑑にも書かれていない幽霊だった。……知らないか?白いワンピース着て白い帽子被ったデカい女の幽霊」


 主人公は俺の言葉にハッとした顔をする。

 この反応、知ってるのか…!


「……その女の人、ぽぽぽって言ってなかった?」

「知ってるのか!」

「……えっと、ゲームで知ってるわけじゃなくて、都市伝説で知ってるの」

「都市伝説…?」


 ゲームの話ではないらしい。


「その女の人、幽霊じゃなくて、妖怪だよ。名前は『八尺様はっしゃくさま』って言うの」

「妖怪…?八尺様…?なんだそれ」

「結構メジャーだよ。若くて可愛い男の子を狙う妖怪。一途で一度決めたらずっと追いかけてくるらしいよ」

「お前じゃん」

「違うし!」


 ここで知念少年の容姿が仇となったか…。

 可愛らしい少年だと思ったが、まさか妖怪に好かれるとは思わなかった。

 このゲーム異形の美少女幽霊だけじゃ飽き足らず、妖怪まで出てくるってのか。


「対処法とかあるのか?」

「えっと…確か部屋の四隅に盛り塩して待機するってやつだった気がする」

「気がするって不安なんだが」

「仕方ないでしょ!いちいち対処法とか覚えてないって!」


 それにしても、名前を知れたのは大きい。

 対処法も不十分だが効果はありそうだ。


 そもそも俺が神隠しに合えば、この頼りなさそうな主人公の手伝いなどできるわけもない。他にも情報を知らないか共有したいところだが…。


 その瞬間、昼休みの終わりを告げる学校のチャイムが鳴る。

 …飯、食ってない。


「じゃ、後は放課後だな。俺はちょっと部活に戻れるように動いてみる。放課後呼びに行くから今日は俺の家で作戦会議だ」

「う、うん」


 お互い、急いで部屋から出る。

 後ろを走る主人公が全力で鼻の穴を開けて俺の匂いをかいでいるのは気づかないふりをしよう。

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