3、小綱(こづな)
カヤが山で消えてから、幾年月もたった。
娘を案じた父親は、村も山も、山を越えた都までも探しに行ったが、カヤを見つけることはできなかった。
「カヤは鬼に喰われてしまったのだ」
村の誰もがそううわさするのを聞くたびに父親は絶望に打ちひしがれた。
しかし、どうしても娘がどこかで生きているような気がしてならず、七年ほど経った今も捜し歩くことをやめることは出来なかった。
そんなある日、父親は遠方より来た薬の行商人から鬼ヶ島の話を聞いた。
「なんでも、その鬼ヶ島に人間の娘がいるらしいですよ。鬼が喰うために人間を飼っているんですかねぇ。くわばら、くわばら」
父親はそれが娘ではないかと思うと、いてもたってもいられず鬼ヶ島へ向かった。
*
山を越え、里を越え、海へ出た。
鬼ヶ島へ行く旅は決して平坦ではなかったが、娘を案じた日々と比べればさほど長いとは感じなかった。
漁師に頼み込み、やっと船を借りることが出来た父親は、荒波をも越え海の真ん中にある鬼ヶ島へたどりついた。
月明かりの中、小船を寄せ島へ忍び込む。
島は、荒い岩で覆われ緑もなく、人が住めるとは到底思えないありさまだった。
島の中央にある二つ山が、鬼の角のようにも恐ろしさを増す。
身を潜めながら、島を歩くと闇の中に明かりが見えた。
それは、鬼たちが酒宴をするためのかがり火。
父親は、岩の陰に身を隠しうわさで聞いた人間の姿はないか様子を伺うがそれらしい者は見当たらない。
鬼たちが大きな体を揺すりながら、酒をあおり騒いでいる姿を見、酒の肴は人間なのだろうか?と恐ろしいことを想像し父親の背に、冷たい汗が流れた。
もし、鬼に見つかれば喰われるだろうと思うと足がすくみ急に動けなくなった。
*
そんな彼の着物を、不意に小さい手が引いた。
「人間のおっちゃん、こんなところでなにしてるんだ?」
見れば歳の頃なら5、6歳の小さな男の子がいつの間にか傍にいた。
「坊やの方こそどうしてこんなところに……」
父親は、そういいながら屈み子供の顔を覗き込んだ。
やんちゃそうな男の子の顔に、どこか懐かしい面影があった。
大きな目が、どことなくカヤの小さいときに似ているような気がしたのだ。
「おいらは母ちゃんと父ちゃんとこの島の洞窟に住んでるんだ」
「母ちゃんは人間かい?」
「ああ、そうさ。カヤっていうんだ」
「やはり!」
娘が生きていたうれしさに、男の子の頭を撫でるとそこにはひとつの小さな角があった。
「お前の父さんは鬼か!?」
「ああ、そうだよ。でも、父ちゃんは人間を喰わないから大丈夫だ。おっちゃんもここにいると危ないから一緒においでよ」
父親は、これは罠で子鬼についていったらその先に親鬼がいて自分は丸呑みされるかもしれないとも想像したが、カヤの息子だと思うと付いていかずにはいられなかった。
「坊や、名前はなんと言うんだい?」
「おいら、『
そういって、にっこりと笑った小綱は八重歯のかわいい普通の子供だった。
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