新幹線

 お盆休み初日。大阪市内に住んでいる中学二年生の早川愛は、静岡にいるおばあちゃんの家に一人で行かなければならなかった。

 というのも愛の両親は両方とも医療関係者で、近年流行っている感染症の影響のせいか、なかなか家に帰って来れずにいたからだ。

 それはお盆休みも同じで、愛は夏休み期間中はずっと一人で過ごしていた。

 

 そんな時に、おばあちゃんから「夏休みが終わるまではこっちで過ごさないかい?」と電話がかかってきたのだ。

 もう一人は嫌だと思った愛は、両親にそのことを連絡してから家を出る。


 ――毎年おばあちゃん家に行っているから、方向音痴な自分一人でも大丈夫なはず。


 そう思った愛は、最寄り駅から経由地の新大阪までの電車に乗る。

 十数分後、緊張しながらも、無事に新大阪まで辿り着くことができた。改札を抜けて新幹線に乗るために、広い構内を歩き回る。キョロキョロと辺りを見渡してみるが、どこに新幹線の乗り場があるのか分からない。愛の前方にある掲示板には、たくさんの案内が書かれていたので、それを見てみる。

 すると、『新幹線はこちらです』と矢印があった。


――この案内通りに進めば何とかなるよね!


と愛は思いながら、掲示板の矢印の通りに進んでいく。


 

 二十分が経過した頃、愛は一人絶望の淵に立たされていた。掲示板通りに進んだにもかかわらず、いつの間にか迷子になってしまったのだ。

 掲示板ばかりに目を向けていた愛は、ここに来るまでの道中の景色を全く見ていなかった。だから、自分がどこから来たのかも分からない。

 

――ちゃんと掲示板通りに進んでいたのに、一体どこで間違えたんだろ……。

 

 そう途方に暮れていると、自分がスマホを持っていることを思い出す。

 さっそく電源をつけて、マップを開いてみる。しかし、そこには駅構内の詳細な地図は載っていなかった。

 

 「近くにいる駅員さんに聞けば良いじゃないか」そう思う人もいるだろうが、生憎と愛はコミュ障で常に他人を気遣ってしまう性格なので、駅員さんに声をかけることができない。


――このまま一生ここで迷子になっちゃうのかな……。


 極端すぎるネガティブ思考に陥り始めた愛の目には、不安からか涙が浮かんでいた。


「はぁ……どうしよ」


 下を向けばもうこぼれてしまう。そんなときだった。


「お嬢さんこんなところでどうしたの?大丈夫?」


 と後ろから声がかかった。

 声のする方に振り向くと、六十代ぐらいのおばあさんがいた。

 

――私を心配して声をかけてくれたのだろうか。見知らぬおばあさんにまで迷惑をかけてしまったな。

 と、一気に申し訳ない気持ちと安心からか、愛はついに涙を流してしまう。

 それを見たおばあさんは取り敢えず、落ち着かせようと近くのベンチに愛を座らせた。


「あの……実は私――」


 愛はおばあさんに事情をぽつぽつと話していく。その間、おばあさんは愛の背中を摩りながら、話終わるまで黙って聞いてくれていた。


「なら、私も同じ方面だから良かったら一緒に行きましょうか?」

「!……はい。お願いします」


 愛が話終わったのを見ておばあさんは愛にそう提案してくれた。

 それを聞いた愛は少し考えてから頷く。こうして愛はおばあさんの案内のもと、無事に新幹線に乗って静岡駅まで辿り着くことができた。

 

 愛は去り際に、おばあさんに向かって「ありがとうごさいました」とお礼を言い、おばあちゃんのいる改札口へと向かう。


「よくここまで来たね。あーちゃん」


 そう言っておばあちゃんは愛を出迎えた。


「おばあちゃん久しぶり!」


 愛は内心、途中まで一緒に行動を共にしていたおばあさんに感謝しながらそう返事をするのだった。

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