　家の近所に新しく焼肉屋ができた。高級黒毛和牛が食べ放題らしい。それに値段がものすごく安かったので、行ってみることにした。

　店に入って席に着くと、テーブルにタブレット端末が2台あった。1台は注文用のようだが、もう1台は何に使うのだろうか。疑問に思ったが、とりあえず肉を注文する。やがて美味しそうな肉が運ばれてきた。

「へえ、これで食べ放題な上にあんなに安いなんて、この店採算取れてるのかな？　まあいいや。早速焼こう」

　俺が肉を網に乗せると、急にもう1台のタブレット端末が作動し、動画を流し始めた。それは牛が屠殺され、解体される様子の映像だった。画面内に血が飛び散り、牛の鳴き声が響く。店のあちこちで客の悲鳴が聞こえてきたので、俺の席だけでなく全ての席でこの動画が流れているようだ。

　もちろんそんな映像を見たせいで、俺は急激に食欲が失せた。結局、俺はほとんど肉を食べることができなかった。これは客の食欲を抑制するための店の作戦だろう。

「クソ！　通りで安いと思ったらこういう仕掛けだったのか！」

　俺はガッカリして店を後にした。

　しかし、その後何度かその店に通ううちに、牛の動画を見ながらでも平気で肉を食えるようになった。人間慣れればどうにかなるものだ。

　俺の他の客もそうだったらしく、みんな牛の屠殺動画を見ながら美味しそうに肉をたらふく食っていた。牛を可哀想と思う感傷なんかより、やはり食欲の方が勝ったらしい。

　もちろん高級黒毛和牛を安い代金で、毎回客に大量に食べられる店がやっていけるはずがなく、しばらくしてその焼肉屋は潰れてしまった。

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