悪魔の酒

 ある日、俺の元に悪魔が現れた。


「何でも願いを叶えてやる。ただし代償としてお前が死ぬ時に魂をいただくぞ」


 悪魔がそう言ったので、俺は早速願いを言った。


「そうか。じゃあ高級ウィスキーをボトル1本飲ませてくれ」


 悪魔は不思議がる。


「そんなのでいいのか。大金だって手に入るし、どんな権力者にもなれるんだぞ」


「いや、これでいいんだ」


「欲のない奴だな。ほら、これでいいのか?」


 悪魔はどこからともなく酒瓶を取り出して、俺に手渡した。


「ありがとう。これで十分だ」


「じゃあ死ぬ時にまた会いに来るよ」


 悪魔はそう言って消えてしまった。


 それから10年ほど経って、俺は厄介な病気になった。有効な治療法は無く、余命はあと数ヶ月だそうだ。


「おい! 悪魔! いるんだろう? 出て来い!」


 俺が叫ぶとあの時の悪魔が目の前に現れた。


「ああ、いるよ。どうやらお前の人生も残りわずからしいからな。ここ最近見張ってたんだ。ところで呼び出してどうした? まさか魂をやるのが嫌になったって言うんじゃないだろうな。残念ながらそれはできない。悪魔の契約は絶対なんだからな……」


「そんなことはわかっている。悪魔の契約は絶対だ。だからこそ今の状況はまずいんじゃないか?」


「どういうことだ?」


「これを見てみろ」


 俺はまだ未開封の高級ウィスキーの瓶を悪魔に見せた。


「これは10年前に私がお前にやった……まだ飲んでなかったのか?」


「ああ。ところで俺が10年前に言った願いを覚えているか? 俺は『高級ウィスキーをボトル1本飲ませてくれ』と言った。でも俺は飲む前に死のうとしている。これで死んで魂を取られたら契約違反になってしまうじゃないか」


「いや、そんなこと言ったって……わかったよ。どうにかしてやるよ」


 悪魔が俺に向かって何やら呪文を唱えると、身体の調子が良くなってきた。


「これでいいだろ? じゃあな」


 悔しそうな顔をして、悪魔は消えた。


 その後、検査をしてみると、病気はすっかり治っていた。みんな「奇跡だ」と大騒ぎ。


 それから俺は事故に遭ったり、病気になったりしながらも悪魔のおかげで生き続けた。その度に悪魔は悔しそうな顔をしている。


「いい加減その酒を飲みやがれ!」


 悪魔はいつもそう言い捨てて、俺の前から消える。


「バーカ。誰が飲むもんか」


 俺の年齢はいつの間にか150歳を超えていた。最近ではテレビの取材などで長寿の秘訣を聞きに来る人がいる。そんな時は俺は決まってこう言うことにしている。


「長寿の秘訣ですか? 酒を飲まないことですね」

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