金玉将棋倶楽部

 私はベテランのプロ棋士。現在、タイトル防衛のために戦っている。


 対戦相手は今勢いのある若手棋士。一進一退を繰り返しながらも、私は徐々に追い詰められ、遂に大ピンチを迎えている。


 どうすればいいんだ。くそ、ここで「金」が有れば凌げるのに。しかし、無いものは仕方ない。今持っている手駒で何とかするしか無い。


 私は考え抜いた末、この窮地を脱する一手を思いついた。私は自身の金玉を一個引きちぎり、将棋盤に置く。当然相手は驚愕する。


「な、なんですかこれは!」


 私は得意げに言う。


「何って『金将』に決まっているだろう? これは金玉だから金でもあるわけだ。ルールブックに『金玉を金将の代わりに使ってはならない』なんてどこにも書いて無いぞ?」


「ぐっ……確かに……」


 正直「金玉を金将の代わりに使ってはならない」というルールはないけれど「金玉を金将の代わりに使うことができる」というルールだってないのだからこんなのは屁理屈に決まっている。だが、私の苦し紛れのハッタリに、若手棋士は納得してしまった。


 対戦は続行されたが、私の金玉の一手よっぽど効いたらしく、徐々に優勢になっていく。


「王手!」


 ついに私は相手の玉将を追い詰めた。もう打つ手は無いはずだ。しかし、若手棋士は諦めていなかった。


 次の瞬間、若手棋士は自らの金玉を一個股間から引きちぎり、将棋盤に置いた。私の真似だろうか。


「私の真似をして金玉を置いたその根性は見事だ。だが、既に詰んでいる今となってはどこに金将を差そうが関係ない……」


 しかし、若手棋士は不敵に笑う。


「金将? 誰がそんなこと言ったんですか? これは玉将ですよ。これは金玉なんですから玉でもあるわけです。『金玉を玉将の代わりに使ってはならない』なんてルールはどこにもありませんよ?」


「ぐっ……確かに……」


 これは一本取られた。若手棋士はその勢いで逆転し、私は敗北してしまった。しかし、不思議と悔いはない。私と同じ、いや私以上の才能を持つ棋士の誕生に立ち会えたのだから。私の考えた戦法の、さらに上を行く戦法によって倒されたのなら悔いはないじゃないか。


 ベテランから若手へと大切なものが受け継がれていったような、そんな今日の対局だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る