呪いの雛人形

「はぁ、困った。また今年もひな祭りがやってくる。どうしたもんかな」


 俺が馴染みの骨董屋に顔を出すと、店主が浮かない顔をしてため息をついていた。


「どうしたんです? 何か困ったことでもあったんですか?」


「そうなんだ。実は私は数年前、ある人から雛人形を買い取ったんだが、その人形が実は……」


「呪いの人形だったとか?」


「そうなんだ。毎年ひな祭りの前夜になると動き出すんだよ。その様子がもう恐ろしくて恐ろしくて。買ってくれる人もいないし、かと言って処分すると祟られそうだし。もうすぐひな祭りだから、雛人形のことを考えると憂鬱でね」


 店主はまたため息をついた。


「呪いと言っても動くだけなんでしょ? そんなの大したことないですよ。3月2日になったら俺の家に持ってきてください」


「そ、それじゃお言葉に甘えるけど……本当にいいのかい?」


「もちろんです。任せてください」


 そして、3月2日。店主はトラックで俺の自宅まで雛人形の入った箱を持ってきた。


「本当にありがとう。じゃあよろしく頼むよ。明日になったら引き取りにくるから」


 店主が帰った後、俺は自宅の一室で雛人形を出してみた。


「すごい。男雛と女雛。三人官女に五人囃子。随臣が2体に仕丁が3体。全部で15体もあるのか。俺が昔親戚の家で見たのは三人官女までしか居なかったのに、立派な雛人形だ」


 とは言え、古いものらしく人形の着ている着物は、所々解れたり破れたりしている。それでも立派な雛人形であることには変わりない。


「せっかくだし飾っておくか。このまま箱に入れておくのもなんだし」


 俺は雛壇を作り、雛人形たちをきちんと並べて飾った。




 そして、その夜。雛人形を飾っている誰もいないはずの部屋から、物音と声が聞こえてきた。


「とうとう動き出したか。様子を見てみよう」


 部屋をこっそり覗いてみると、なんと女雛と三人官女達が大喧嘩をしていた。


「その服私によこしなさいよ!」


「嫌よ! 誰が渡すもんですか!」


「アンタはもう去年お雛様やったでしょうが!」


「そういうあんたも一昨年やったでしょ! 私はもう10年もやってないのよ!」


 4体の人形はお互いに殴る蹴るの大暴れ。驚いた私は部屋に入った。


 入ってきた俺を見て、雛人形達は喧嘩を中断した。


「あら、あなた誰?」


「いつの間に持ち主が変わったのかしら」


「そういえばここいつもと違う家だし」


「私全然気が付かなかった」


 俺はとりあえず4人に話しかける。


「えーっと、俺は今あなた達を預かってる者なんですが……あのあなた達を何でそんな大喧嘩してるんですか?」


「喧嘩じゃないよ。今年のお雛様を決めてるの」


「ええ、毎年同じ人形が女雛をやるのもつまらないって誰かが言い出して」


「それ以来毎年殴り合いをしてお雛様を決めてるの」


「全員を殴り倒して、女雛の衣装を手に入れた人形が今年の主役ってわけ」


 そう言って4体は殴り合いを再開した。人形達の激しい戦闘で部屋の襖は破け、畳は傷んでいる。店主は「恐ろしい」とは言っていたがこういうことだったのか。



「それにしても呆れた。こんな殴り合いを毎年しているっていうのか。誰が止めてくれよこんな争い……そうだ男雛や五人囃子はどこだ? 同じ人形ならあいつらの争いを止められるかもしれない。おーい男衆! あいつらを何とかしてくれ……あれ?」


 部屋の隅に男の人形達が集まっている。だが、様子がおかしい。


「ええい! さっさと諦めてワシに主役を譲らんか!」


「うるさいクソジジイ! 年寄りが雛祭りの主役なんて似合わないんだよ!」


「お前もうるせえよ! くたばれ!」


「いい加減僕にも男雛役させてくださいよ!」


「僕だってまだ一回もなったことないんだぞ!」


「そういうルールだから仕方ないだろ!」


「いてて、誰だよ弓矢射った人!」


「刀振り回すのやめてください! 反則ですよ!」


「黙れ! 若造どもめ!」


「勝ちゃいいんだよ! これでも喰らえ!」


「おい菱餅投げるな!」




 男の人形共も女の人形と同様に激しく争っているではないか。しかもこっちの方が人数が多い分激しい争いをしている。


 破れる襖、痛む畳に傷つく家財。この争いが終わる頃にはこの部屋は一体どうなってしまっているのだろうか。

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