入らずの森

 夏休み、お母さんが出産のため入院した。お父さんも仕事が忙しいため、ボクは田舎の叔父さんの家に預けられることになった。


 叔父さんは久しぶりにやってきたボクを歓迎してくれた。


「よう来たな。田舎やけん何もないとこやけど、まぁゆっくりして行ってくれ。山でも川でも好きなところで遊んだらいい。ただし北にある鳥居の先にある森には入ったらいかんよ。あの森は『入らずの森』やけん」


「わかった。ボク、あの森には入らないようにするよ」


 ここに来る前にお父さんに「叔父さんの言うことはよく聞きなさい」と言われていたボクは素直に言うことを聞いた。絶対に入らないようにしよう。


 こうしてボクの田舎での生活が始まった。都会ではできない虫取りや川遊びをして楽しく過ごした。


 途中「入らずの森」に関する伝説を知る近所の老人が現れたり、森の入り口に意味ありげに微笑んでいる謎の女性がいたこともあったけど、全部無視することにした。叔父さんの言いつけはちゃんと守らないといけない。


 また、仲良くなった近所の子どもが「入らずの森に入ってみよう」と誘ってきたがこれも断ったし、夜になると入らずの森の方から不気味な悲鳴が聞こえて来ることもあったがそれも無視した。言いつけは守らないと。


 その後お母さんも無事出産を終え、ボクは家へ帰ることになり、結局一度も入らずの森に入ることはなかった。






 あれから30年が経った。私は平凡な会社に入社し、平凡な人生を送っている。悪い人生ではないが、少々物足りなさも感じる。


 田舎で叔父の言いつけを頑なに守って過ごしたあの年の夏休み。今となってはあの夏休みが今の平凡な人生を決定づけたターニングポイントだったように思えてならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る