タイムリープ
俺は過去に戻る能力を持っている。
俺がこの能力に気がついたのは、高校生の頃。定期テストの英語で赤点を取ってしまった時だった。休み時間、答案用紙を眺めて俺は嘆いていた。
(まずいな、これじゃあ親になんて言われるか。ああ、もし2週間前に戻れたら今度こそ一生懸命勉強するのに……)
机に座ってそんなことを考えていると、急に俺の身体が光った。
「な、なんだ?」
光は一瞬で消えて、周りのクラスメイト達も気がついていないようだ。しかし、なんだか周りの様子がなんとなく違う気がする。
俺が周りを見回すと黒板に書いてある日付が、2週間前のものになっていることに気がついた。携帯電話を見てもやはりそう。タイムスリップ、いやタイムリープというやつだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。
「やった、なぜかはわからないけど1週間前に戻れたぞ!」
テスト前に戻れた俺は勉強をし直して、英語の赤点を回避することに成功した。勉強したと言っても、もうどんな問題が出るかわかっているのでかなり楽ではあった。
その後、俺は再びタイムリープを経験した。休日、俺が自転車に乗って坂道を下っていた時、急に自転車のブレーキが故障した。俺はそのまま道路に突っ込み、大型のトラックに撥ねられた。
壊れた自転車と共に宙を舞う俺は、心の中で後悔した。
(こんなことなら自転車の点検をしっかりしておけばよかった。できることなら30分前の家を出る前に戻りたい)
すると、また俺の身体は光りはじめた。そして、気がつくと自宅にいた。時計を見ると30分ほど前に戻っている。
どうやら俺はタイムリープの能力に完全に目覚めたらようだった。
それ以来、俺は自分の意志で自在に過去へと戻れるようになった。少しでも失敗したり、選択を間違えたらすぐにタイムリープすればいい。記憶だけは持ち越しているから二度と同じ失敗をすることはない。
また、過去に戻れるということは未来を知っているということで、テストの出題からギャンブルの結果、さらには株の値動きまで、タイムリープを繰り返せばなんでもわかるようになる。
この能力が有れば俺は無敵だ。俺はタイムリープを生かして楽しく暮らしていた。
しかし、俺はあることに気がついた。俺の右手の甲に文字が書いてあるのだ。ハッキリと黒い字で「573回」と書かれている。手で擦っても水で洗っても消えない。普通の字ではないようだ。
「まさかこれはタイムリープができる残り回数なのでは?」
俺はガッカリすると同時に納得もした。やはり上手い話はないものなのだ。
573回というと、タイムリープが可能な回数としてはかなり多いのかもしれないが、俺は今までそれと同じくらいタイムリープをしている。少しの失敗でもタイムリープしたし、好奇心で子どもの頃まで戻ってみたこともあった。
そんな風に無駄な使い方をしていたので累計タイムリープ数は500回を余裕で超えている。この調子で使っていたら573回なんて直ぐに使い切ってしまう。残りの回数は大事に使おう。
そう考えていたのに、その後すぐに俺は車に轢かれそうになり、タイムリープをしてしまった。
「しまった。貴重なタイムリープが……あれ?」
俺が手の甲を見てみると、数字は減っていない。手の甲には「574回」と書かれている。減るどころかむしろ増えているではないか。
「もしかして、これは残り回数じゃなくて今までタイムリープをした回数なんだろうか?」
その後、俺は何度かのタイムリープをしたが、その度に一回ずつ数字が増えていったので、その予想は当たっていたようだ。
「でもこの数字になんの意味があるんだろう。残り回数を表示するならまだわかるけど……」
多少疑問は残ったが、まあどうでもいいことだ。回数制限の悩みのなくなった俺は今まで以上に思い切ってタイムリープを多用し、人生を謳歌した。その度に俺の手の甲の数字はどんどん増えていった……
最初にタイムリープしてから何年経っただろうか。いや、タイムリープを繰り返している俺に何年経ったのかと言われてもなんと言えばいいのかよくわからない。では何回タイムリープをしたかといえば、これもわからない。手の甲を見たところで最早何が何だか……
俺は今日も長袖のシャツとズボンを履き、サングラスと大きなマスクにマフラーをして、顔を覆うようにしてから外に出た。こうしないともう外には出れなくなったからだ。
近所にコンビニで少しだけ買い物をしようと、早足で外を歩いていた俺は、視界の悪さから人にぶつかって転んでしまった。俺にぶつかった男性は声をかけてきた。
「あ、すみません。大丈夫ですか……う、うわぁー!」
男性は俺の顔を見ると同時に逃げ出してしまった。さっき転んだ時にサングラスとマスクが外れたようだ。そりゃ俺の素顔を見れば驚くに決まっている。俺の顔面には黒い字で数字がびっしりと書かれているのだから当然だ。
タイムリープをひたすら繰り返した結果、累計タイムリープの回数の数字は手の甲ではおさまらなくなった。手の甲から腕、腕から肩。さらに肩から胸、腹、足と数字で埋め尽くされていき、遂には顔面まで数字でびっしりと埋まってしまった。
こんな姿ではろくに外に出られず、今は人目を避けて、あるマンションの一室で1人寂しく引き篭もってくらしている。多分ずっとこうやって暮らすのだろう。
俺はひとりぼっちの部屋の中で時々呟く。
「ああ、タイムリープの能力に目覚める前に戻りたい。戻りたいよ……」
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