生きていれば
「もう嫌だ。死のう」
仕事や人間関係に疲れ果てていた俺は、自殺を決意した。
そして、とあるマンションの屋上から飛び降りようとしていたその時、俺はある1人の少女に自殺を止められた。
「何してるんですか!」
「誰だ、君は」
「何をしているんですか! まさかそこから飛び降りるつもりじゃ……」
少女の言葉に俺は苦笑して答える。
「そのまさかだ。俺はもう生きていることに疲れたんだよ」
しかし、少女は俺に激しい口調で言う。
「死ぬなんて絶対ダメです」
「なんでだよ」
「そんなことありません! 生きていればきっと良いことがあります!」
たかが子どもに何がわかるっていうんだ。俺はこの子の倍は生きてるんだぞ。
「『生きていれば良いことがある?』か。俺は生きていてもなんの良いこともなかった。きっとこれからもそうさ」
「そ、それでもこれから良いことがきっとありますよ……」
とうとう少女は泣き出してしまった。
「わかった。もう死ぬのはやめるよ。ここで君に止められたのも何かの縁だ」
「本当ですか? 絶対に死んじゃダメですよ!」
少女はけろりと泣き止んで、俺の元を去っていった。なんだったんだあの子は。まあ良いか、とりあえず死ぬのはやめだ。
これをきっかけに俺の人生は好転、すれば良かったのだけどそうはならなかった。俺の人生は相変わらず苦難の連続だった。
出世もせず結婚もせず、俺の人生はどんどん過ぎていった。それでも俺は生き続けた。少女との約束があるから、というよりも当てつけである。
「あの子は生きていれば良いことがあるなんて言ったけど、そんなの世間知らずの少女の戯言だ。人生はそんなに甘いものじゃない。この先あの子に会うことがあったら言ってやろう。『生きたけど全然良いことなんてなかったぞ』ってな」
あれ以来その少女に一度も会っていないので、もう二度と会うことはないとは思っているが、俺はそんなのことを考えて生き続けた。
そして、時は流れて俺は歳をとった。
「お誕生日おめでとうございます!」
ある日の朝、大勢の人に囲まれながら俺は祝われていた。
ここはとある老人ホームの一室。今日は俺の誕生日だ。新聞記者やテレビ局の人も大勢来ていた。
あの少女に出会った後も、俺はずっと辛い人生を過ごしてきた。仕事を定年退職した後も、少ない貯金と年金でどうにかやりくりしてなんとか生きてきた。良いことなんて何一つなかった。
しかし、俺の人生は100歳を超えたあたりで少しずつ変わり始めた。俺はその頃1人での生活が困難になり、この老人ホームに入った。すると、御長寿の老人ということでテレビの取材などをちょくちょく受けるようになり、それがちょっとした収入になった。
110歳、120歳、130歳と歳を重ねるほどに人々の注目は高まり、俺はいつのまにか史上最も長生きをした人間となっていた。
さらに俺は生き続けた。三度目の還暦迎え、三度の施設の建て替えがあり、そして今日の誕生日を迎えることができた。
今日は俺の200歳の誕生日だ。
区切りのいい歳なので、いつもよりも取材に来る人が多い。最初にある男性の記者が俺に質問する。
「まずは、200歳の誕生日を迎えた感想を一言」
俺は迷わず、用意していた台詞を言う。去年も同じことを言ったし、これからもずっとこう言うのだと思う。
「生きていればいつか必ず良いことがある。今日の誕生日を迎えて、私は改めてそう思います」
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