誘い

 目の前の男は、私に向かって丁寧に話す。


「例えば君が月に1回床屋で散髪をしたとしよう。1回につき料金が3000円かかるとして、1年間で36000円の出費だ。君が今後50年は生きるとすると今後髪を切るために使う費用は合計180万円にもなる。この費用が全く必要無くなるとしたら、結構大きいと思わないか?」


 私が黙っていると男はさらに続けて言う。


「後君は毎日髪を洗っているだろうけど、それにどのくらい時間をかける? それに髪を乾かす時間はどのくらいかかる? まあ諸々含めて仮に10分程度だとしても毎日のことだから累計すると大きくなる。1年で3650分間だ。これだけの時間があれば2時間の映画が30本は見れるね。まあ映画に限らないけど、これだけの時間を自由に使えるとしたら嬉しいよね」


 私はまだ黙っていた。男は私に近づいた。


「これだけ金銭的にも時間的にも得なんだからさ、俺の提案を受け入れてもいいんじゃないのかい? もう1度だけ言うよ」


 男はスッと息を吸い込んでから、私に向かって囁くように言った。










 「君もハゲにならないかい?」


 男はスキンヘッドの頭をキラキラと輝かせてながら、バリカンを持って私に迫って来ていた。

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