第4話 悪役令嬢の導き

「……ふぅ、今日もご飯美味しかったぁ……」



 夕食後、私は満足感を味わいながら部屋へと戻ってきた。お父さんもお母さんから私に平太君達関連で何かあったようだと聞いていたようで、関係の修復よりも新しい出会いに期待した方が良い、とアンジェリカと同じような事を言っていた。


 アンジェリカと出会う前の私ならそれを素直に聞こうとはしなかったと思うけど、平太君の態度や言葉、私自身の心が平太君達から離れ始めているのを感じたため、そうだねと返してみると、その返事にお父さん達も少し安心したようだった。



「はあ……でも、新しい出会いなんてあるのかな」

『もっと自分に自信を持ちなさいな。夕食後の歯磨きの際に見ましたが、貴女の容姿は私から見ても優れていると思いますし、ヘイタという方に自分を釣り合わせるためだったとしても色々な事を頑張るだけの根性も強さもある。それならば、貴女の事を恋慕う男性など多いと思います』

「でも、これまで男の子達からそういう事を言われてこなかったし、やっぱり私自身に魅力がないんじゃないかな。それに、平太君達の件で少なくともウチの学校の男子の言葉は信用出来なくなってきたし……」

『今まで言われてこなかったのは、恐らく貴女とそのヘイタという方の関係が他人から見ても良好で、そこに割って入ろうという方がいなかっただけでしょう。

ただ、その関係が崩れ始めた今なら貴女と恋人になりたいという方も少しずつ現れ始めるはず。これまで通り、精進し続ければきっとそういう男性も目の前に現れ、貴女にとって輝かしい未来が訪れると思いますわ』

「それなら良いんだけど……」



 アンジェリカの言葉は嬉しかったけど、私にはどうにもそうは思えなかった。やっぱり好きだった人からブスとかウザいとか言われた上に関係を続けたかったら私の身体を差し出せなんて言われたのがだいぶ私の心の傷になっているんだと思う。


 そしてこの傷が癒える時が来るとは中々思えず、私はため息をついていたけど、ふと夕飯前の出来事を思い出して私はアンジェリカに話しかけた。



「ねえ、アンジェリカ。さっきの件なんだけど……」

『ああ、申し訳ありません。その前に少し試したい事があるので付き合ってもらえませんか?』

「それは良いけど……それって何?」

『今はそうして口に出して私と会話していますが、話したい事を頭の中に思い浮かべる事でも会話が出来ないかと思いましたの。先程のご両親の様子からも察しましたが、貴女もご両親も私の姿は見えないようですし、見えない相手と言葉を口に出して会話している様子を見られて変な目で見られたくはないでしょう?』

「たしかに……」



 その光景を想像しながら頷いていると、続けてアンジェリカの声が聞こえてきた。



『後は……少し気持ちを楽にしながら脱力し、目を閉じながら自分の頭に糸が繋がっているようなイメージをして、次にその糸と一緒に貴女自身が真上に引っ張られていくようなイメージをしてみてほしいのです。だいぶ複雑かもしれませんが、よろしくお願いいたします』

「二つ目のはだいぶ具体的だね。どっちからやれば良い?」

『でしたら……二つ目からお願いします。私の考え通りならば、一つ目は私が検証出来るかもしれませんから』

「う、うん……わかった……?」



 アンジェリカの言葉に疑問を持ちながらも私は言われた通りにする事にした。脱力するためにまずはベッドの上に寝転がり体の力をゆっくりと抜いていき、目を閉じてから頭のてっぺんに白くて細い糸が繋がっているイメージをして続けてそれが私ごとゆっくりと引っ張られていくイメージをしたその時だった。



「……えっ!?」



 実際には引っ張られていないはずなのに私の体が引っ張られていくような感覚があり、それに驚いている内に私の口が“勝手に”動き始めた。



「……どうやら成功のようですわね」

『えっ……成功って、というか貴女は誰なの!?』

「落ち着きなさい、梨花。私です、アンジェリカですわ」

『な、なんだぁ……アンジェリカかぁ……じゃなくて! ねえ、これってどういう事なの!?』

「だから落ち着きなさいと……まあ良いですわ。とりあえずこのままもう一つの実験をしてしまいましょうか」



 そう言うと、アンジェリカは口を閉じたのか室内は静かになり、何をしているのかと思っていた時に私の頭がズキンと痛んだ。



『っ……あ、頭が……!』

『大丈夫ですか?』

『だ、大丈夫……少し痛かっただけだから──って、なんでまたアンジェリカの声が頭の中に響いてきてるの!?』

『先程、頭の中でも会話が出来ないか試すと言ったでしょう? どうやら実験は二つとも成功のようですし、これが確認出来たので私は満足ですわ』



 そのアンジェリカの声の後、私の体が急に引き戻されるような感覚があり、何が起きたのかと思いながら手足を動かしてみたり口をパクパクさせてみると、私の意思通りに動いていたため、その事に私はホッとした。



「よかった……」

『これで私達だけの時ならば今のような形で、周囲にどなたかいらっしゃる時には脳内での会話をすれば良いという事になりますわね。突然の出来事ではありましたが……梨花の体を借りて自分で歩いてみたり食べ物などを味わえると思えばこの生活も悪くないと言えそうです』

「そういえば、夕飯の時に少し静かだなぁと思ってたんだけど、そういう事を考えてたんだね。それじゃあ明日の朝ごはんはアンジェリカに体を貸してあげようか?」

『そうですわね……せっかくですからそうさせてもらいましょうか。私がこれまでに見た事がなかった食事だったのもありますが、貴女が食べている時にとても美味しそうでしたから』

「わかった。それじゃあ起きた後に交代するね」

『はい。さて……実験も成功したわけですし、それでは次の計画に移りましょうか』

「次の計画……?」



 それを聞いて私はアンジェリカがこの現代を歩いてみたいんだと思った。私はあまり詳しくないけど、この現代ならメイク道具や服、アクセサリーといった女の子が興味を持ちそうな物が『恋の花開く刻』の世界よりは豊富だからだ。



「アンジェリカもやっぱり女の子なんだね。まあ、私は詳しくないけど、服やアクセサリー、メイクについて知りたいなら明日は付き合──」

『いえ、それも興味ありますが、私の計画は違います』

「え、それじゃあなんなの?」

『……梨花、貴女は悔しくありませんの? 好きだった相手を盗られた上に体の関係まで持たれ、好きだった相手からは貴女の肉体しか求められない。そんな人生、楽しいと思っていますか?』

「……楽しくないよ。ここまで頑張ってきた努力を踏みにじられた気持ちだし、なんであんな人達を好きだったり仲良くしてきたんだろうっていう気持ちでいっぱいだよ」

『そうでしょうね。そこで、私が貴女を舞踏会やお茶会に出しても恥ずかしくない程のレディーにします。

いえ……ただのレディーではいけませんわね。か弱く儚げなままではまた良からぬ考えを持った方に利用され、今度こそその純潔を散らされてしまう恐れがあります。なので……』



 真剣なアンジェリカの声に私が緊張する中、アンジェリカから予想してなかった言葉が飛び出した。



『安寿梨花、貴女を私と同等の悪役令嬢にしてみせますわ!』

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