第3話 記憶の食い違い

「え……え、えっ……!?」



 ゲームの中の存在のはずのアンジェリカの声が頭の中に響いている事に私が困惑していると、アンジェリカのため息が聞こえてきた。



『まったく……少しは落ち着いたらどうですの? 私もこの状況は不思議だと思っていますが、そこまで狼狽ろうばいはしてませんわよ?』

「するよ! だって……アンジェリカ・ヨークはこの『恋の花開く刻』の登場人物で、実在しないはずなんだよ!?」

『……なるほど。貴女、その話を詳しく聞かせなさい』

「え、でも……」

『聞かせなさい』

「う……」



 その有無を言わせない態度に私は怯んだ後、仕方なく『恋の花開く刻』の設定やストーリーについて私の自己紹介も交えながら説明した。


 端から見たら、誰もいないところに向かって話している不思議な光景だけど、私からしたら突然ゲームの中の存在のはずのアンジェリカと実際に話をしているという状況に混乱しながらもどこか興奮しており、早口にならないように気を付けながら私が知っている全てを話した。



『……それが貴女のやっている遊技の全てね』



 話し終えた後、アンジェリカは少し驚いたように、でも少し楽しそうな様子で独り言ちた。アンジェリカからしたら、『恋の花開く刻』のストーリーは自分を悪役として描いているはずなのに、それでも楽しそうなのが私には不思議でたまらなかった。



「アンジェリカ……さんは自分の扱いに不満は無いんですか?」

『さん付けも敬語もいりませんわ、梨花。ええ、不満はありません。他人から、特にドローレス様やクリストファー様から見れば、私の態度は性格の悪い女に見えたでしょうし、私自身の生き方に後悔はしてませんの。

たしかにクリストファー様の婚約者として努力してきた事を他所から来た悪女に無駄にされたという風に見えるかもしれませんし、何のためにここまでやってきたのだろうという気持ちがないわけではありませんわ。けれど、今さら後悔しても意味はない。クリストファー様や他の方々がああいう方だっただけの事ですもの』

「……そっか」

『梨花……?』

「……アンジェリカは本当に強いんだね。私なんかとは本当に大違い……」



 アンジェリカの強さに私が羨ましさを感じ、放課後の出来事を思い出して三度泣きそうになっていると、アンジェリカはまた呆れたようにため息をつく。



『……しっかりなさい、梨花。どうやら貴女にも何かあったみたいですし、話くらいなら聞いて差し上げますわ』

「……うん、ありがとう」



 アンジェリカにお礼を言った後、私は平太君と平次君、そして須藤さんについて話した。話してる最中、私が置かれている状況がどこかアンジェリカと似ている気がしたけど、それを言ったら一緒にするなと言われる気がして言えなかった。


 というよりは、思い出している最中に悲しみが込み上げて涙が出てしまってそれどころじゃなかったのだ。


 そしてどうにか話し終えると、アンジェリカは大きなため息をつき、なんとなく私の頭の中に額に手を当ててため息をつきながら首を横に振っているアンジェリカの姿が浮かんでいた。



『……そのスドウという方、ドローレス様のような事をしていらっしゃるのね。こう言ったら貴女は気を悪くするかもしれませんが、なんだか貴女の事は他人とは思えなくなってきましたわ』

「……ううん、そんな事はないよ。私も話しながら私とアンジェリカは似たような状況だったんだなって思ったもん」

『そうですか。しかし……そのヘイタという方とヘイジという方もだいぶ男性として最低ですが、その二人の事をいつまでもどうにかしたいと思っている貴女も情けないですわ。そんな方々ならさっさと忘れてしまって、次の恋に生きたら良いのです。別に許嫁というわけではないのでしょう?』

「そうだけど……あそこまで言われるなら本当に私自身に魅力が無いのかもしれないよ? 魅力があるなら、二人も須藤さんには惹かれなかったかもしれないし、平太君に言われたような事も言われずには……」

『……恋というのは時に人を盲目にしてしまうのです。たとえ、元々愛していた相手がとても魅力的でも他の異性にまた違う物を感じてしまったらそちらに目が行き、そのままそちらに心が移ってしまう。恋というのはそういう物ですのよ』

「……アンジェリカもドローレスに婚約者を盗られてるんだもんね」

『それもそうですが、私が最期に飛ばしたブラッドピジョンの宛先の方々も同じなのですよ? 貴女の言う攻略対象達にも婚約者がいて、私達は最期まで高貴でいようと──』

「……え? アンジェリカ、ブラッドピジョンを飛ばしたっていつ?」

『私がクリストファー様や他の男性達から責め立てられながらもドローレス様の不貞を白日の元に晒した後ですわ』



 アンジェリカの答えを聞いて私の中の疑問は更に深まる。アンジェリカが言うのは、たぶん私が最後にやっていたハーレムルートだ。


 クリストファールートだと、会場でアンジェリカを攻めるのはクリストファーだけで、他の攻略対象達もそれに荷担してくるのはハーレムルートだけだから。


 でも、私の記憶だと、その時のアンジェリカはドローレスの不貞行為については何も言わずに自分に着せられた濡れ衣の釈明もせず、ただ高貴で強気な自分のままで隠していたナイフで自分の首を切り裂き、そのまま命を落としていたはずだ。



「……ゲームのストーリーとアンジェリカ自身の記憶に食い違いがある……?」

『……どうやらそのようですね。ですが、私の記憶ではその通りですわよ? 因みに、宛先はその時に屋敷で待機させていたメイドのシャロン・エンフィールドも含まれています。

クリストファー様が何かをしてくるのはわかっていましたので、私が命を落とした際にはクリストファー様を疑えと予め伝えた上でブラッドピジョンが到着したらすぐにお父様にブラッドピジョンを飛ばすように言い、協力者だった方々には同じように高貴なままで自害をするように示し合わせていましたし』

「でも、私はそんなルートは見た事ないし、攻略サイトにもそんなルートはなかったよ。一体どうなってるの……?」



 自分の理解を超えた事態に私が混乱していたその時だった。



「梨花ー! ご飯よー!」



 部屋の外からお母さんの声が聞こえてハッとしていると、アンジェリカの少し驚いたような声が聞こえて来た。



『……貴女のお母様はだいぶ声の大きな方ですのね……』

「まあね。というか、アンジェリカにも聞こえたんだ?」

『ええ、もちろん。とりあえず今は夕食にしましょう。色々気になる事はありますが、せっかく作って頂いた物を冷ますのは失礼に当たりますから』

「うん、そうだね」



 たしかに気になる事ばかりだけど、アンジェリカの言う事ももっともだったから、私はゲーム機をベッドの上に置いてゆっくりと立ち上がった。


 そして軽く身体を伸ばした後、お母さん達がいるリビングへ行くために部屋のドアを開けてそのまま歩き始めた。

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