欧州の旅の果て

飛鳥 竜二

第1話 1日目 成田出発

トラベル小説


 私の名はアイ。前に勤めていたデートクラブで知り合った彼にヨーロッパ旅行を誘われ、今、成田空港にいる。外国のA航空会社の自動チェックイン機で搭乗手続きをしている。私一人だったら絶対無理。なにせ海外旅行そのものが初めてなのだ。彼は、この航空会社が2度目ということで、スムーズだった。スーツケースをドロップインコーナーに出し、早々に出国審査へ向かった。搭乗まで、まだ2時間もあるのにと思って、

「まだ早いんじゃないの。どこかでお茶でも飲もうよ」

「中に入ったら、お茶が飲めるよ。それも無料でね」

まずは、手荷物検査。靴まで脱がされた。バッグが感知器でひっかかり、中を開けられた。

「このバッグに、はさみが入っていませんか?」

女性の係官が聞いてきた。

「はさみなんて入っていません」

「小さいはさみだと思うのですが? あけてよろしいですか?」

そこで、バッグのポケットに裁縫道具を入れていたのを思い出した。

「そう言えば、ポケットに裁縫セットが入っています。そこに小さなはさみが」

「あけてよろしいですか?」

と言いながら、係官はポケットから裁縫セットを取り出した。

「もう一度、感知器を通しますね」

と言って、バッグを戻した。今度はOKだった。

「やはり、この裁縫セットでしたね。はさみと針は持ち込み禁止です。どうしますか? 処分しますか?」

仕方なくうなずくと、裁縫セットからはさみと針が外された。そのことを彼に言うと、

「そういう危険物は、スーツケースに入れておくものなんだけどね。仕方ないね」

「小さいはさみだったのに・・・」

とぼやいたが、笑われるだけだった。

 次は、出国審査である。撮影禁止の場所ということで、緊張していたが、鏡みたいな機械の前に立って、パスポートを置いて、顔写真と照合されるだけだった。

「パスポートにスタンプはおされないの?」

と彼に聞いたら、

「今はないよ。でも、係の人に言えば、押してくれるよ」

ということであった。なんかあっけない感じがした。その後、彼は両替所に行って、円をユーロに換えていた。私にも100ユーロ(1万5000円程度)を渡してくれた。万が一の場合ということだった。個人的な買い物はカードの方がいいということだった。私も一応VISAを持っている。

 その後、彼は搭乗口近くのラウンジに入った。ビジネスクラスの人が利用できるラウンジだ。中に入ると、広々としたレストランになっている。PCコーナーもあれば、ビュッフェコーナーもある。それも豪華なメニューがずらり。ビールやワインまである。

「これが全部無料なの?」

「そうだよ。食べてもいいけど、食べ過ぎないようにね」

そう言われたが、食べたことがない高級ハムやフルーツがあったので、取り皿いっぱいになってしまった。彼はグラスワインだけ取っていた。

「アイちゃんの食欲はすごいね。うらやましい」

 飛行機が見える席で、他愛のない話をしていたが、時おりさびしい表情を見せる彼の顔が気になった。

 搭乗時刻の10分前に搭乗口へ行くと、ビジネスクラスの優先搭乗が始まるところだった。エコノミークラスの長い列を横目に見て搭乗できるのは優越感を感じた。と言っても、私の力ではないのだが・・・。

 席に着くと、彼とは隣同士ではなく、前後の席になった。

「窓側がよかったのに・・・」

と言ったら、

「申込みが遅かったので、窓側の席が取れなかったんだ。ごめんね。でも、通路側の方がいいと思うよ」

「ふーん、そうかな?」

 座るとまもなく、シャンパンが出てきた。後ろではエコノミークラスの人たちが乗り込んでいるのにである。一気飲みしたら、後ろの席の彼から笑われた。すると、男性のCAさんがやってきて、

「One more ? 」

と聞いてきたので、

「Yes . 」

と答えた。すると、グラスにシャンパンを注いでくれた。今度は、ゆっくり飲むことにした。次に、メニュー表を持ってきてくれた。左側は英語で、右側は日本語である。どれかを選ぶのかと思っていたら、全て出てくるとのこと。おったまげーである。ただ、メインの料理とデザートは選ぶということを後ろの彼が教えてくれた。もちろん肉を選択。デザートはice という単語を見つけたので、そちらにした。

 11時20分に離陸。加速がすごくて、シートにおしつけられる。地面から離れる時は、体がふわっとなる感じがした。遊園地の感覚である。30分ほどで水平飛行に入り、先ほどの男性CAさんが、テーブルセッティングに来てくれた。シートのテーブルをマジックみたいに取り出し、そこに白いテーブルクロスをしき、ナイフやフォークをセットしてくれた。まるでフレンチレストランである。男性CAさんは、左半分の6人を担当し、女性CAさんが右半分を担当している。

 私は、通路側の一番前に座っていたので、サービスが一番先で気持ちよかった。前菜は、練り物だった。とろける食感だ。初めて食べる味だった。次にサラダがでてきた。これだけで、お腹いっぱいになる量だった。その次がスープ。ポタージュスープだと思うのだが、冷たいスープで飲みやすかった。そしてメインのステーキ。いつも食べる(というほどではないが)平べったいステーキではなく、塊のステーキだった。レアで焼かれており、周りには焦げ目がついている。ナイフを入れると赤身がきれいだった。一口食べたところで、げっぷがでそうになった。後ろの彼に

「おなかいっぱいで食べられない」

と伝えると、

「残す時は、ナイフとフォークを並べると持っていってくれるよ。ラウンジで食べ過ぎたんだね」

と言われた。まさにそのとおり。でも、デザートは完食。別腹だった。その後、シートをベッドにして、横になろうとした時に、窓側に座っていた白人男性が

「Excuse me . 」

と言ってきた。どうやらトイレに行きたいらしい。私は、

「OK」

と答えて、シートを元に戻した。窓側に座る人は、通路側の人が寝てしまうと出入りができない。景色が見えるのは、離陸と着陸の数分ずつだけ。後の10時間以上の景色は雲海だけ。彼が通路側の方がいいと言った意味がわかった。

 ベッドにしたシートは寝返りはできないけれど、足が延ばせるので楽だった。日本の映画プログラムをヘッドフォンで聞いているうちに寝てしまった。

 およそ9時間後、モスクワ空港に近くなり、機内の照明が点いて目を覚ました。本当はモスクワ空港とは言わないで、なんかわけのわからない長い名前の空港(シュレメーチエヴォ国際空港)であった。日本時刻では、午後10時半。モスクワ空港で午後4時半である。降りるのはビジネスクラス優先で、すぐにロビーに行けたが、そこには大勢の人。それも大柄な男性ばかりの世界だった。彼が言うには、6月はまだバカンス前なので、ビジネスの人たちが多いということだった。

 人混みは、入国審査のコーナーに向かっていた。整然と並んでいるわけではない。狭い入り口にあらゆる方向から、人が集まってきた。人をおしのけて進まないと前にいかない。譲り合いという言葉は、ここでは通じなかった。パスポートと搭乗券を見せて通過。何も聞かれなかった。もっともロシア語で聞かれても何も分からないが・・・。通り抜けると、彼が

「トランジット(乗り換え)だけで、この人の多さだからたまらないね」

「エッ! 今の入国審査じゃないの?」

「違うよ。あくまでも乗り換えのための審査。次は荷物検査だよ。大丈夫?」

「大丈夫だと思う。もうはさみはないから・・」

と言ったが、何かを聞かれたら答えられないので不安だった。彼から少しも離れまいと必死だった。荷物検査は、スムーズに通ることができた。日本人の女の子ではテロリストには見られないからだろう。あたりにはテロリストらしく見える人たちがたくさんいた。

 乗り換えのパリ行きは、午後6時半。まだ1時間以上あるので、ラウンジに行った。座るところもないくらい混んでいた。彼が、一人の紳士に相席を頼むと了解してくれたので、やっと座ることができた。その紳士が

「Your wife ? 」

と聞いてきたそうだ。彼は、

「No , she is my daughter . 」

と答えたとのこと。私は、ビュッフェのメニューが気になり、そのやりとりがよくわからなかった。ビュッフェのところへ行ってみたが、いかにもロシア風の料理が並んでいた。揚げ物が多く、どんな味がするのかもわからない。食欲は全くわかなかった。もっとも2時間前に寝起きの機内食を食べたばかりである。それでジュースを手にとったが、まずかった。口の中が、すっぱい味でいっぱいになった。健康にはいいのだろうが・・・? そんな私の顔を見て、彼と隣の紳士は笑っていた。

 離陸30分前にパリ行きの搭乗が始まった。ビジネスクラスは別レーンなのでスムーズに搭乗できた。先ほどよりは小さ目の飛行機である。彼と二人で座ることができた。大き目のシートだが、ベッドにはならない。彼は座ると同時に寝てしまった。日本時間では夜中の0時半。無理もない。私は元気いっぱい。

 水平飛行に入ると、また機内食が出てきた。今回はフルコースではなく、ワンプレートである。パンやスープの味はまずまずの味だったが、メインのステーキもどきがひどかった。味がない。もさもさしている。一口だけ食べて残してしまった。彼はその間、窓側の壁に枕を押し付けてずっと寝ていた。

 パリの近くになり、彼が起きたので、機内食のことを話したら、

「外国で作った機内食はそんなもんだよ。味がないのは、自分で好みの調味料をつけるんだよ。袋に入ったマヨネーズとかなかった?」

確かに、調味料らしきものが3袋ぐらい入っていた。

「だったら早く言ってよ」

「ごめん、ごめん。眠くて仕方なかったんだ」

彼の熟睡した顔を見てたから、しょうがないと思った。

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