第2話 憧れの人
葛城くんとは、縁があるのかもしれない。
そんなバカな勘違いをしそうなほど、生活サイクルが似ていた。
家を出る時間が同じだったり、同じ駅を使っていたり、電車も同じ駅で降りたり、ゴミ捨ての時間もほぼ一緒。
当たり前だが生活圏内が同じなので、利用するスーパーやコンビニも一緒だ。
アパートの他の住人とはオール時間差で顔をあわせたこともないのに、ほぼ毎日遭遇する。
なぜだ。
それだけ顔を合わせると、挨拶以外のやり取りもするようになる。
葛城くんと話してみれば、意外なほどに会話も弾む。
もっとも年頃の男女らしさはまるでなく、卵の特売情報とか残業後の疲労時にも作れるスピードクッキングのレシピとか、生活臭の漂うものだけど。
もちろん、夕食のお裾分けみたいに相手のテリトリーに入る行為は、お互いに避けていた。
けれど、私は葛城くんの今夜のメニューまで知っているし、逆もまたしかりだ。
もっと言えば、同じスーパーで同じ特売品を買うので、同じ日に同じメニューをいただいている事も多い。
食の好みも似ているらしく、教えてもらったレシピは倒れそうなほど美味しい。
付き合っているわけでもないのに、共有するものが多いってすごく不思議。
別々の部屋で、別々の生活をしてるのに、同じような時間に同じものを似た感覚で味わってるなんて、なんだこれ。
どういう関係なのかと自分でも悩んだけれど、すぐに正気に戻る。
ただのお隣さんだ。それ以上でもそれ以下でもない。
変に心的距離が近くて、あやうく妄想が先走っていた。
危ない危ない。
私は慎重に出身地の話や学生時代の話を避けていたけれど、幸いなことに葛城くんも他人のプライベートに土足で踏み込む人ではなかった。
だから他人なのに他人じゃないような微妙な距離感でも、ドラマや小説でよくあるうわついた関係にはならない。
いや、ただ単に座敷童系女子の私が、葛城くんの圏外ってだけかもしれないけれど。
それが嬉しいような、物足りないような、なんとも言えない感覚にソワソワする。
だけど、私の気持ちは見ないふりをして、甘かったり色っぽかったりする関係はひとまず置いておきたい。
それでもなんというか、葛城くんとは偶然が重なるのだ。
残業で遅くなった時に駅の近くのコンビニでお弁当を買っていると、タイミングを合わせたわけでもないのに葛城くんがやってきて、デザートが欲しくなっただけだと笑うから、私も同じものが欲しくなってしまったり。
帰り道が同じだから真っ暗な夜道を一緒に歩くとか、なんのご褒美。
スーパーに行ったら先に葛城くんがいて、牛乳や料理酒を買って荷物が重い時は、自分のお惣菜だけのバッグと交換してくれるとか。
申し合わせたわけでもないし、会えただけで嬉しいのに、なんだこれ。
まだ他にもいろいろとあるけれど、キュンとくる私はおかしくないと思う。
これだけ偶然が重なると、脳内妄想を飛び出して勘違いしそうな自分の気持ちを、自制するのは大変だった。
仲良くなればなるほど、私の恋心は座敷童みたいに、心の奥の部屋で膝を抱えて、ちんまりうずくまっている。
葛城くんは一番星でいるモテ男子ではなかっただけで、上位三指に入るキラキラ星だ。
今もキラキラしているけど……地味系女子の私にモテ要素をこれでもかと見せつけて本当にズルい。
本物のイケメンか?
いや、もともとイケメンだった。
いつだって意識しているのは私ばかりだ。
見ないふりをしたって。
葛城くんは憧れてやまない、遠い人だった。
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