葛城くんは遠くて近い

真朱マロ

第1話 お隣さん

 葛城くんはあえて言うなら、三番目に名前の挙がる感じのモテ系男子だった。


 学年トップのスポーツ万能というわけでもなく、学年一の成績優秀者というわけでもない。

 けれど必ず三番目ぐらいに名前があって、クラス委員のようなまとめ役には絶対にならないのに、その横で当たり前にサポートしている人。

 身長はそれなりに高くて、顔立ちも綺麗めで目を引くのに、人の良さが出ているせいかステレオタイプの「格好良い」とは少し違う。


 面倒見の良い印象が強くても、引き際が上手なせいかお人好しにはならない。

 存在感はあって頼りになるのに、必要以上に目立たないし、いつも一番じゃない。

 そんな不思議な人だった。


 高校に通った三年間は、何の因果か私と葛城くんは同じクラスだった。

 とはいえ、人見知りでおとなしいグループに所属していた私は、座敷童系女子なので関わりが薄い。

 クラスの中心で活発に動くグループの葛城くんに関わることもなく、挨拶と連絡事項以外で名前を呼ばれたこともない。

 教室の隅っこでキラキラのお星さまみたいな眩しいメンズを観察しながら、今日も格好良いねぇって語り合いながら、ちんまりと存在していた。

 

 だから、クラスメイトとして三年間を過ごしたけれど、葛城くんと特別に仲が良いエピソードはない。

 かといって、仲も悪くもない。


 教室という空間を共有しただけで、友達って言えるほどのラインにも到達しない、その程度の関わりだ。

 高校生の男子と女子なんて、普通の友達を飛び越える覚悟がないと深く付き合わないから、そんなモノだと思う。


 葛城くんは青春の一ページの片隅に存在していながら、記憶から薄れて消えるだけの他人のはずだった。

 つまり高校を卒業してから何年も経つと、再会する可能性すら排除していた相手なのだ。


 だから、休日の午後。

 訪問を知らせるピンポンで扉を開けて、心臓が止まるかと思った。


「隣に越してきた葛城です。よろしくお願いします」


 郷里のお気に入りだと差し出された饅頭に、コレ私の実家で販売してるやつです、と思いながらも「ありがとうございます、藤村です」と答えた。

 はじめましての顔でニッコリと笑っておいたけれど、葛城くんは余所行きの顔を変えなかったから、元同級生だとは気付かれてないと思う。

 印象が薄い人間で良かった。


 当たり障りのない挨拶をして、つつがなく他人のままでお別れする。

 はずが、扉を閉める寸前に、葛城くんの声が追ってきた。


「藤村さん、チェーンをかけず扉を開けるのは危ないよ。気をつけて」


 あ、はい。とか冴えない返事をして、扉を閉めた私はその場にうずくまる。

 心配されてしまった。相変わらず気のまわる良い人だ。

 社会人にもなっても、うかつなままの自分が恥ずかしい。


 というか、高校時代の葛城くんを一気に思い出して、動けなくなる。

 面倒見が良くて、押しつけがましくないところも変わってない。

 記憶の扉が開くとか、本当にあるんだな。


 高校時代に良い人だな、と思っていた彼の振る舞いが、大人になっても変わってないのが嬉しかった。

 いや、むしろ美点が進化している気がする。 


 たぶん、元同級生だとは気づかれてないけど、相変わらず葛城くんはモテそうだ。

 相変わらず目の保養になる人だった。


 久しぶりに手にした実家のお饅頭の箱を抱えながら、私の心臓の鼓動は忙しく跳ねていた。

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