第8話 恋人

今日は映画の撮影日だ。まだFOXの脅威は消えていないが、撮影は着々と進んでいる。今日は外での撮影で、少し遠方に泊まりがけで行くことになっている。

「今回のロケ地は山梨です。ここからだと1時間半くらいで着くと思います。」

公共交通機関を使っていくという手もあるが、なにせ最近は不穏なことが多いのでマネージャーさんに車で送ってもらうことになった。

「山梨かぁ。行ったことないしむっちゃ楽しみ!純也は行ったことある?」

「ばあちゃんの家が山梨にあるから昔は毎年行ってたな。けど最近はあんま行ってないかな。」

毎年お盆とお正月は山梨のばあちゃんの家に行くのが小さいころの恒例だった。

「地方に親戚が住んでるっていいよねー。私なんかどっちのおばあちゃんも東京に住んでるから帰省っていう概念があんまないんだよね。」

「近いと気軽に行けるし、メリットまぁまぁあると思うぞ。」

俺としては、いつでもおばあちゃん達に気軽に会えるのが羨ましい。

「にしても、わざわざ山梨まで行って撮る必要あるのか?」

「うーん、次は自然豊かなとこを舞台にしたシーンなんだけど、それを撮るのに絶好の場所があるらしいよ。」

「なるほどねぇ。おかげでこっちは3日間丸つぶれだよ。」

「仕事なんだからしょうがないでしょ。」

「それもそうだな。」

何もなければただ撮影見てるだけだしぶっちゃけそこまでキツいってわけでもないか。

それからしばらく経って、ようやくロケ地についた。俺たちはけっこう最後の方の到着だったらしく、ついてからすぐ撮影は始められた。俺は邪魔にならないところに座って撮影を眺める。こうして見ていると、やっぱり美雪の演技は他の演者より飛び抜けて上手い。なんと言うか、他人を引きつける魅力がある。才能があるというのはこういうことを言うんだろう。昔から美雪は他の人とは違う世界にいるような気がして、そんな美雪に俺は惹かれていった。しばらく会ってなかったから、もう昔のような美雪への思いはなくなっているだろうと思っていたが、全然そんなことはなかった。俺は今でも美雪のことが好きだし、きっとこれからもずっと好きでいるだろう。美雪と一緒にいればいるほど、こいつだけは何があっても守りたいという思いが強くなる。まったく、恋心ってのは厄介なものだ。

俺がそんなことを考えてるうちも撮影は進んでいき、夜になった。今日の撮影はもう終わりで、全員宿泊先のホテルにもどっている。俺はというと、ホテルの近くの芝生に座り込んでボーッと夜空を眺めていた。

「こんなとこで何してるんだい?」

いきなり声がしたので驚いて振り向くと、そこには監督の優さんがいた。

「ボーッとしてただけですよ。優さんこそこんなとこに何の用ですか?」

「いやぁ、星が綺麗だと思ってね。東京じゃこんな景色めったに見れないからね。」

たしかに、俺もこんな綺麗な星空を見たのはそれこそおばあちゃんの家に行った時以来かもしれない。

「そうですね。」

「ちょうどいい機会だ。純也君に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

優さんはそう言うと俺の隣に座った。

「暇ですし全然いいですよ。」

「じゃあ遠慮なく。純也君ってさ、美雪ちゃんのこと好きなの?」

またタイムリーな。ちょうどそのことを考えてたってのに。

「なんでそう思うんですか?」

「純也君ってあんまり感情を表にださないタイプだけどさ、美雪ちゃんと話してる時だけすごく楽しそうなんだよね。」

さすが映画監督、細かい所までよく見てるな。

「そうですか?自分ではあんまり実感ないですけど。」

「そういうのって自然となっちゃうものでしょ。で、どうなの?」

優さんは急かすように俺の顔を覗き込む。まぁ、この人に嘘は通じないだろうな。

「はっきり言います、好きですよ。幼なじみとしてじゃなくて異性として。」

誰かに打ち明けたのは初めてだった。というか、俺自身もちょっと前まで答えを出せてなかったしな。

「やっぱりそうか。告白しようとか思わないのかい?」

「無茶言わないでください。今は専属SPとして雇われてる身ですよ?そんなことしたら結果次第では仕事に支障が出ます。」

「いやいや。美雪ちゃんも純也君のこと好きだと思うよ。」

「そんなわけないでしょ。」

美雪にとって俺はただの幼なじみでしかない。それに、それ以上である必要がない。

「そんなわけあるよ。いくら仕事の都合とはいえ、好きでもない男と同棲したりはしないでしょ。」

「俺と美雪は幼なじみです。小さい頃は一緒に風呂入ったことだってあります。あいつからしたらなんとも思わないでしょう。」

「そんなもんかな。まぁ何でもいいんだけどさ、俺としてはどうしても2人に付き合って欲しいんだよね。」

「なんでですか?」

俺は優さんとは会ってまだそんなにたってない。だというのにどうしてそこまで俺たちに付き合って欲しいんだろうか。

「美雪ちゃんのお母さんのことについては知ってるよね?」

「え、はい。」

一瞬驚いたが、優さんの年齢を考えれば知っていてもおかしくない。

「美雪ちゃんが女優を目指してるのはさ、演じるのが好きってのももちろんあるんだろうけど、7割くらいはお母さんのためだと思うんだよ。」

「そうでしょうね。」

「人のために頑張るのってすごく大変なんだよ。それは、専属SPをやってる君ならわかるんじゃないかな?」

俺は黙って頷く。人のために努力するというのは、精神的にも身体的にもかなりの負担になる。

「もちろん本人が望んでいることだし、苦ではないと思う。でも、そういう人には支えてくれる存在が必要。だから付き合って支えてあげて欲しいんだよね。」

「別に付き合わなくたって、同棲してるわけだし今のままでも十分支えれますよ。」

「どうかな。彼氏彼女っていうのは特別な関係だ。きっと少なからず美雪ちゃんにとってプラスになると思うよ。」

「だとしても、今の俺に告白する気はありませんよ。」

「それならそれで別にいいさ。僕に強制する権利はないからね。まぁまた機会があったら話そう。もう時間も時間だし、僕は戻るよ。」

そう言うと、優さんはホテルに帰っていった。

「彼氏彼女は特別な関係…」

俺は優さんの言葉をつぶやいてみる。俺は彼女がいたことがないからわからないが、そんなにも違うものなのか?今の幼なじみという関係では足りないのか?じゃあこの先俺はどうすればいいんだ?いろいろなことが頭に浮かんできて、その日はなかなか寝つけなかった。









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