第7話 恩師

ショッピングモールでの事件があって以降、美雪の様子がおかしい。いつも以上に常に俺と一緒にいようとするし、例えば撮影現場で少し俺が美雪の側を離れる時でさえすごく不安そうな顔をしている。もしかしたら、この前の事件のことでなにか思い詰めているのかもしれない。ただ、今日はFOXの狙いを突き止めるために俺の恩師のもとに行くことになっている。その間は美雪とは別々でいないといけない。

「美雪、ちょっといい?」

台所で食器を片付けている美雪を手招きした。

「どうしたの?」

「今日なんだけどさ、俺用事があってしばらく家あけないといけないんだ。留守番頼めるか?」

そう聞くと、美雪の顔色がサッと変わった。

「うん。全然大丈夫。」

大丈夫じゃないのは顔からわかる。

「美雪、もしかしてこの前のショッピングモールのこと気にしてんのか?」

美雪は何も答えない。

「俺はお前の専属SPってだけじゃなくてお前の幼なじみだ。なにか悩みがあるなら、ためらわず言って欲しい。」

昔から一緒にいるから知ってる。美雪はいろいろ自分の中で解決しようとするタイプだ。だが、今は美雪には映画のことだけに集中して欲しい。

「わかった。実はこの前の事件のことずっと気にかけてた。あの人は確実に私を狙っていたし、その前にあった拳銃の事件のことからしてまだそういう人はいると思う。そう思うと不安でしょうがなくなっちゃうの。」

予想的中だな。あれだけのことがあれば、気にしないというほうが不自然だ。

「たしかにな。今は芸能人を標的にしてる悪い奴らも多い。でも安心しろ。前にも言ったと思うけど、お前には俺がいる。俺が生きている限りはお前になにかあるってことはまずない。今日も、しっかり鍵閉めて家の中にいれば大丈夫だ。そもそも、引っ越したばかりだし家がバレてるわけがない。」

「純也は怖くないの?」

「そりゃ怖い時だってあるさ。でも、それを跳ね返せるやつが本当に強いやつだよ。」

SPになったばかりのころは、毎日の仕事が不安で仕方なかった。でも今は違う。美雪を守りたい。ただその思いだけが湧き上がってくる。

「ありがとう純也。話したら少し楽になったと思う。」

少し前の不安に包まれた美雪はもういなかった。

「けど無理はするなよ。それじゃあ行ってくるな。」

今の美雪を1人にするのは男としては相当最悪だが、そんなこと言ってられない。早く真相をつきとめないとな。

小一時間くらいかけて俺は恩師の家に向かった。

「純也です。師匠いますか?」

玄関で師匠の妻が出迎えてくれた。

「よくきたわね純也君。夫なら和室にいるわよ。今日はご飯食べて行く?」

「いえ、お構いなく。ありがとうございます。」

俺はすぐに和室に向かった。今日は早く帰ってあげたいしな。

「お前が自分からくるなんて珍しいな。」

基本的に師匠に呼ばれて来ることが多い。

「ちょっといろいろ相談したいことがありまして。」

「どうせ美雪のことだろう。」

「よくお分かりで。」

さすが師匠だ。ていうか、今の俺が相談なんて、美雪のこと以外考えられないか。

「先日、美雪とショッピングモールにいたところ、FOXの一員と思われるものの襲撃を受けました。その前にも、美雪の撮影現場に拳銃と手紙だけおいてあるという事件もありました。おそらく美雪を狙った犯行だと思われますが、なにかパッとしないところが多くて相談に参りました。」

「ほぉ。というと?」

「美雪を殺したいのであれば、他に有効な方法がいくらでもあります。わざわざ俺がいるところに雑魚1人をよこしてくるなんてことはまずしないはずです。それに、これだけ襲撃が続けばこっちの警戒は強まるだけ、相手に不利な要素しかありません。」

「たしかにな。FOXの連中はお前のことをよく知っておる。そんなやつが無策で挑んで来るとは思えん。なにか考えがあるんだろう。」

「そのなにかを知りたくて伺いました。師匠はどう考えますか?」

「んー。なかなか難しいが、おそらくFOXだけが関わってるのではないんだろう。」

「他の組織も関わっていると?」

「いや違う。お前も知ってると思うが、FOXの連中はこうゆう回りくどいことはまずしない集団だ。真美さんのときも、5人が家に押しかけるなどまぁそれは派手なもんだった。そんなやつがこういうことをしてくるということは、」

「FOXの上にボスのような存在がいると?」

「そういうことだ。おそらくそいつがFOXに指示をだしているのだろう。」

なるほど。それならいろいろと納得がいく。となるとそのボスの正体を暴かないことにはなにも始まらないな。

「気をつけろ純也。おそらくそのボスは、FOXの連中を使ってお前の体力と精神をすり減らし、お前が鈍ったとこで一気に叩きにくるつもりだろう。」

たしかに、俺を削るという目的なら雑魚をたくさん送ってくるのは妥当な判断だ。

「安心してください。そんなやつらにやられるほど雑魚じゃありませんよ。」

「ははっ。自信家の弟子は健在じゃな。美雪のことが心配なんだろう?早く帰ってやれ。」

「はい、ありがとうございました。もしかすると師匠にも助太刀いただくかもしれません。その時は是非よろしくお願いします。」

「あんだけ大きな口叩いてたやつが助太刀を頼むか。ほんと面白いやつだ。声がかからんことを祈るよ。」

俺は深くお辞儀をして師匠の家をでた。最初に師匠に相談したのは正解だった。師匠は俺の事をよく理解してくれているし、常に俺の欲しい答えを簡潔に返してくれる。それに、今日でわかったこともたくさんある。真美さんの時はただ突っ込んで来るだけだったやつらが小細工を覚えるとはな。どうして美雪をそこまで殺したいのかは知らないけど、もうあの時のような失敗はしない。弱い俺はもう過去に捨ててきた。美雪に悲しい思いは絶対にさせない。向こうが綿密に作戦を練ってくるなら、その動きを読んで先手を打つまでのこと。こいよFOX。俺の本気を見せてやるよ。

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