第2話 異世界は凄い場所だった…

 翌朝、朝ごはんをいただいた後、スキンヘッドのおっさんはギルドの受付のような女性を紹介してくれた。


「はじめまして。私、人権擁護団体の染野と申します。」

「あ、はじめまして。イサークと言います…。」


 彼女の説明は良く分からなかった。

何やら、捜索願いとか警察に届けるとかしゃべってくれるんだが、ちんぷんかんぷんだ。


「イサークさんは、おそらく昨日の夕立で雷が落ちた時に偶然その雷に当たって、一種の記憶喪失になっているのですか?」


 普通、雷に当たったら死ぬんじゃないか?

記憶喪失ってのは、記憶が無くなることだろ?

俺は記憶があるのだが…。


「いや、記憶はあるよ。

 ここはどんな国なのかは知らないが、俺が住んでいた所はネービと言って、比較的平和な場所だったんだけど、魔王が現れたとかで勇者が必要となったんだ。」

「え?それってラノベで良く出て来るテンプレのような勇者召喚のお話しでしょうか?」

「えぇと…、ラノベが何かはよく知らないが、その勇者を召喚する際に、勇者と交換でこっちに送られてきたという話だが…。」


 何故か、ソメノさんの眼がキラキラしている。


「そうなんですね!イサークさんは異世界から召喚されたんですね。」

「話を分かってもらって嬉しいよ。で、俺はこれからどうしなければならないんだ?」


ソメノさんの表情が一瞬曇るのを見逃さなかった。


「そうですね…。ここはラノベのような勇者を送る側の世界ですので、イサークさんには少し理解ができないかもしれませんが、少しずつ説明していきますね。

ですが、場所を移動してお話ししましょう。」

「そうだね…。それにあのスキンヘッドのおっさんにも世話になったことだし…。

 あ、宿代を持っていないのだが、少し融通してもらえないだろうか。」

「宿代は不要ですよ。それに所持品も無い事も聞いておりますので、今日からはシェルターで寝泊まりをお願いしますね。」

「何から何まですまない…。」


景色を見ながら歩いているのだが、見るモノすべてがおかしいというか、動きが早いというか…。

道は灰色で堅い。これなら馬車でも大丈夫だろうと思うが、馬車は無く、鉄のような箱の中にヒトが乗って動いている。

それが何十台もだ。

ここに住んでいるヒトは貴族層なのだろうか…。

それに家らしいものだが、これも世界樹くらいの高さなのだろうか、灰色の箱のようなモノがそびえ立っており、その側にはガラスのようなモノが沢山はめ込まれている。


「ソメノさん、ここは王都なのか?」

「え?王都?あ…そうですね。王様は居ませんが、そのようなお方はいらっしゃいますので、王都と言えば王都に近いんでしょうか。」

「ここには何人くらい住んでいるんだ?」

「詳しくは私も分かりませんが、1千万人くらいでしょうか。」

「そんなにも住んでいるのか…。大きな都だな…。」


 そんな話をしながら、一つの灰色の箱のような建物に入っていく。

階段を上がり、部屋に入っていくが、ここはダンジョンか?


ん?部屋の中は涼しい。

氷魔法でもかけている最中なのだろうか?


「イサークさん、こちらに座って待っててください。」

「あ、あぁ。すまない。」


 衝立のようなモノに仕切られたスペースに机といすが置かれている。

丸い金属が使われている椅子だ。一目で高価なものだと分かる。

それに机の脚にも金属が使われている。

この国は金属がふんだんに採掘できる国なんだろう。

そうでなければ、こんなに多くの金属を使えないはずだ。


 まじまじと机と椅子を観察していると、ヒトが入って来た。


「今回は災難でしたね。旅行で来られたのですか?」

「所長、違います。異世界からやってこられたんですよ。」

「染野さん、いくら君がラノベ大好きだからといって、異世界からやって来たなんて軽々しく言うもんじゃないよ。

それに、そんな話を警察で話されたら、精神科に回されることになるよ。

それだとマズいことになるだろ。

えぇと、イサークさんでしたか?私はここの所長をしています佐藤と言います。」

「初めまして。イサークと言います。」

「ほう、これは流ちょうな日本語を話されますね。

 もしかして、この国に長く住んでおられたんですか?」

「ん?昨日初めてここに来た、というより送られてきた、というのが正解かな?」

「一昨日までは何処に棲んでいたのですか?」

「ネービの街で家を借りて、しがない冒険者をしていたんですが…。」


***

**


「でしょ。所長。イサークさんが言っていることは信ぴょう性というか、間違っていないんですよ。」

「しかしな…。彼をこのまま警察に事情を聴いてもらうとすると恐らくは妄想癖や精神疾患として扱われるんじゃないか?」

「そうなると、病院でしょうか?」

「だな。でも、どのような治療法があるのかは分からんから、入院する羽目になるな。」

「でも、そうすると病院に何年も入ることになりますね。」

「あぁ、その通りだ。その間に就籍許可を申し立てて、新しい戸籍をという流れにもなるが、戸籍を取るのにも、長い時間が必要だ。」


 何やら二人で考え込んでいる。

当の本人である俺は、話が全く分からない。


「すまないけど、もう少し分かりやすく説明してもらえないでしょうか。」


ソメノさんに頼み、これからの話を説明してもらうことにした。


***


この国には、一人一人戸籍というものがあり、その戸籍があれば最低限の保障はされるようだ。

ただし、税金を払うこと、住所を明らかにすることなど制約が多い。

 中には戸籍を捨てて生活しているヒトもいるが、そういったヒトは普段の社会からは見えないよう、語られないようになっているようだ。


「ネービと似ているような、似ていないような…。」


 ネービでは一年に一度銀貨30枚を払えば、冒険者ギルドが身分を証明してくれる。

それが税金だと思えば良いのか?

 それに、妄想とか言ってたな…。精神がやられていると判断が出されるまで数年も病院に居ることとなるのか…。


「病院で長い間入っているのも何だし、一番手っ取り早く生活できる方法ってのは?」

「まぁ、無いことは無いが、それをすると保障が受けられなくなるが…。」

「保障ってのは?」

「例えば、税金を支払っているとか戸籍があれば、医療機関にかかった際、3割支払うだけで済むが、無ければ全額支払うことになる。」

「10割と3割の違いは金額だけなのか?」

「そう言う事になるが、医療費ってのは結構高いぞ。」

「金貨1枚くらいか?」

「へ?金貨?」


 所長がキョトンとしている。


「所長、イサークさんの国と日本とのお金の価値、つまりこちらで言う為替の事だと思いますよ。」

「あぁ…。そういうことか。そのあたりからも説明が必要になるな…。」


 それからは、俺の境遇をどうするというよりも、日本という社会の勉強だった…。


 徐々に理解し始めた。

金の価値は、銅貨1枚がこちらの百円くらい、銀貨1枚が一万円、金貨1枚が百万円の価値だという事。

病院にかからないようにするにはドラッグストアなる場所で市販の薬を買えば良い事などを教えてもらった。

大分頭の中が整理されてきた頃、お腹が鳴る…。


「お恥ずかしい…。」

「イサークさん、大丈夫ですよ。今日は週に一度の炊き出しの日ですから、たくさん食べてくださいね。」


 ソメノさんがにっこりと微笑む。

 うん。天使のようだな。


オフィスの職員に声をかけ、皆で公園と呼ばれている場所に行く。

大きな灰色の柱が規則的に建っており、その間にスペースが作られている。

何やら上が煩いが何があるのか分からない。

それに、ここにあるモノというか、道具はすべて鉄なのだろうか…、細い金属を合わせ、何かの骨組みのような道具もあれば、鎖に取り付けた板がユラユラと揺れている道具もある。

さらに、高い場所に細い鉄が何個も並んでいる道具まである。


青ざめた…。


「そ、ソメノさん、ここは拷問場か処刑場か?」

「え?拷問?処刑? 誰を処刑するんですか?」

「あの高い場所に細い鉄がいくつも並んでいる場所は、絞首する場所だろ?

 あの鎖と板はヒトを引っ張る拷問道具で、四角が沢山あるあの道具は、罪人を縛っておく場所か…。

 という事は、俺は拷問された後、処刑されるのか?」

「は?

 え?えぇと…。ふふふ。

イサークさん、あれは子供が遊ぶ道具なんですよ。

 ここでは“遊具”と呼ばれています。

 あの高い場所で細い鉄が何個もあるのが“雲梯(うんてい)”で、鎖があるのが“ブランコ”、四角い鉄の骨組のものが“ジャングル・ジム”って言うんですよ。

ほら、子どもが来たから、彼らを見てると分かりますからね。

決して、拷問場でも処刑場でもありませんからね。」


 ソメノさんは微笑みながら、食事の準備に取り掛かりに行った。

腰かけらしきものに腰を下ろし、皆の行動を観察していると、後ろから声をかけられた。


「お!あんちゃん、新入りか?」

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