第20話 三年ぶりの再会
「やっと放課後だぁ~!」
終礼が終わった直後、僕はようやくだという想いで叫んだ。
今日一日は、生きた心地がしなかった。事あるごとに純恋が僕に対してラッキースケベ(に見せかけた故意的なスケベ)を仕掛けてくるせいで、気が気でなかった。
なんだかずっとドキドキムラムラしていたし、寿命が何年か縮んだ気分だ。
【学校終わった。今から家に向かう】
LINEで愛純にメッセージを送り、さっそく彼女の家に向かおうとしたところで、
「ていやっ!」
純恋が目の前に現れて、僕はスマホを奪い取られてしまった。
「誰とLINEしてたのかな~? なになに~? 今から家に向かうぅ~? へー、ふーん、ほーん。なるほどねぇ」
「おい、勝手に見るなよ!」
「わたし達の仲だからよくない?」
訳の分からない理屈を並べながら、純恋は僕のスマホをフリックしている。
「ねえ、これ送ったらどうなるかな?」
「は?」
純恋は僕にスマホを見せると、そこには愛純との個人チャット画面が映し出されている。そのメッセージ入力欄に、とあるメッセージが入力されていた。
【あすみんが不在だったから、学校でムーちゃんと沢山イチャイチャしちゃった♪ By純恋】
そのメッセージはまだ送信されていなかったが、文章は打ち終わっているため、純恋のワンタップで簡単に送信されてしまう。
「お、おい……! バカなことはやめろ‼」
「えへへ、焦ってるね。こんなメッセージ送ったら、例えわたしの悪戯だったとしても、二人の関係には不和が生じちゃうだろうね? そして、一度生じた不和は簡単には戻せない。わたしの指一つで、今の危うい二人の関係はどうとでもなる」
「そのメッセージを送ったらお前とは縁を切る」
「悲しいなぁ。せっかく三年ぶりに帰ってきたのに、この仕打ちだもんなぁ~」
「お前が変なことするからだろ‼」
僕は叫んだ。
今朝のことも、今の状況も、全ては純恋の行動がきっかけで引き起こされた。
(純恋は、僕たちの関係を壊そうとしている……)
そんなことにはもう、とっくに気づいている。
「なに、喧嘩?」
チラチラと、クラスメイト達の視線が送られてくる。
「ここじゃ話しづらいね。場所変えようか?」
「お前と話すことなんてない。そのスマホを返せ」
「ありゃりゃ。今日一日で随分と嫌われちゃったかな? わたしはムーちゃんのこと大好きなのに。結婚したいのに」
「はっきり言うぞ。お断りだ」
「…………。はは、結構くるなぁ。ごめん。でもわたし、こういうやり方しか思いつかないんだ。ごめん」
まるで傷ついた被害者のような顔をしながら、彼女は僕を見る。
そんな顔をしても、無駄だ。被害者はこっちなんだよ。
「今はスマホは返さないよ。返してほしければ、わたしに付いてきて」
「……わかったよ」
小さく頷いて、僕は舌打ちした。純恋はまた、傷ついたような顔をした。
◇
人気の少ない特別教室に移動して、僕と純恋は対峙する。
僕のスマホは依然として、純恋の手に握られている。
「ここに来るまであのメッセージを送らなかったんだから、もうその怖い目で睨むのはやめてよ。傷つくよ、わたし」
「そのスマホを返してくれるまでは、僕はお前に敵意を向け続ける」
「………………ぐす」
純恋は泣きそうな表情で俯いて、鼻を啜った。それが本当に泣きそうなのか演技なのか僕には判断がつかなかったが、こうなったのは全て純恋自身のせいだ。自業自得だ。
「本格的にムーちゃんに嫌われそうで泣きそうだけど、わたしはもう退けないから。話を続けるね」
僕だって、幼馴染のことを睨みたくなんてなかったさ。敵意を向けたくなんてなかったさ。
だけど、純恋がしている行動は、僕に嫌われても仕方がないような行動なんだ。僕と愛純の距離を意図的に引き離した挙句、僕のスマホを人質に取っている。
「このメッセージを送って欲しくなかったら、わたしと契約してよ」
「契約? それは僕に得があるとは思えないんだが」
「それは契約内容を聞いてから決めてよ」
「言ってみろ」
僕が促すと、純恋はその契約内容を話し始める。
「あすみんと一度別れて、わたしやヒメちの気持ちに寄り添って。その上で、改めて誰と付き合うか考えてよ」
「やっぱり僕に得がないな。そんなことをしても答えは決まっている。僕は愛純しか選ばない」
「わたしの気持ちに気づいてるんだ?」
「なんだよ? 僕のことが好きなのか?」
「大好き。結婚してください」
「断る」
随分とストレートに告白してきたな。流石に、今の言葉に嘘はないだろう。
だけど、僕の気持ちは揺らがない。僕は愛純のことが好きだ。
「あすみんはムーちゃんをストーカーしてたんだよ? 犯罪者だよ? しかも激重だよ? それなのに、どうしてそんなに愛せるの?」
「僕は重い女性が好きだ」
「わたしも重いよ? 昔、結婚の約束をした瞬間からムーちゃんのことを愛してる。この三年間会いたくて堪らなかった。毎日ムーちゃんのこと考えてた。ムーちゃんのために、ムーちゃんの好みの女になろうって努力した。世界で一番愛してる」
「愛純は僕のことを、宇宙で一番愛してると言ってくれた」
「そんなのわたしもだよ!」
「これが、愛してる男にする仕打ちなのか?」
僕は奪われたスマホに目を向けて、純恋を睨む。
「それは……だって! こうしないと勝てないから‼ ムーちゃんの女になれないから‼ わたしも必死なんだよ‼ お願いわかってよ‼ わたしだって本当はこんなことしたくない‼」
「わからないな。愛純は元ストーカーらしいけど、少なくとも僕が嫌がることはしなかった。僕を脅して、付き合うように迫ってきたりはしなかった」
「あすみんもわたしと同じ立場なら絶対こうしてた! わたしもあすみんさえいなければ、こんなやり方は選択していなかった……!」
「もしそうだったとしても、現実として、愛純はこんなやり方をしていない。タラレバには意味がない」
「ズルい! そんなのズルい! ズルいって……」
いよいよ純恋はその場に崩れ落ち、泣き始めてしまった。
「話を戻すぞ。僕は純恋の契約には乗れない」
「最近、ヒメちの精神が不安定だったよね? アレの原因知ってる?」
話を逸らすように、純恋はそんな話題を持ち出してくる。
「お前は知っているのか?」
「知ってるよ。あの子ね、ムーちゃんのことが好きなんだよ。家族としてとかじゃなくて、異性として。恋してるんだよ。だから、ムーちゃんに彼女が出来て、ずっと死にたいって言ってたんだよ。ムーちゃんに彼女が出来たから、心が不安定になっちゃったんだよ」
その話は、初耳だった。
信じがたい話だが、今の状況からして、純恋が嘘を吐いているという線は薄いだろう。
「だとしても、お前がそれを僕に話すべきではなかったな」
そういうことは、本人が告白するべきた。他人が勝手にバラしていいものじゃない。
「仕方ないじゃん。わたしが二人を別れさせるのに失敗したら、ヒメちは本当に自殺しちゃうかもしれないんだよ? それでもいいの?」
「それは、お前と付き合っても一緒だろう? そして、僕が姫奈を選ぶことはない」
「妹が大切じゃないの!?」
「大切だ。だから、姫奈には乗り越えてもらうしかない。そうやって、人は成長していくんだ」
「無理だ。無理だよ……。どれだけわたしやヒメちが、ムーちゃんのこと好きだと思ってんの……。こんなに惨めになれるくらい愛してるんだって……! どこまでもズルくなれるくらい、愛してるんだって!」
「ずっとやり方を間違えてるんだよ、お前は」
もう取り返しのつかないくらいのことを、純恋はしてしまっている。
僕は今日の出来事をいつまでも引きずって、そのせいで、純恋のことを好きになる未来は失われた。
もっと別のやり方をしていれば、あるいは何もしていなければ、僕が純恋を好きになる可能性はゼロではなかったのに。
今はもう、限りなくゼロになってしまった。
「じゃあどうすれば良かったの? このまま黙って、ムーちゃんとあすみんがセッ◯スして孕んで結婚するのを近くで見てれば良かったの? そんなのヤだよぉ……」
「だから、だからさ――!」
彼女は何もわかっていない。言わなきゃわからないんだ。
だから僕は、目の前で泣いている幼馴染に、その言葉を突きつける。
「僕と愛純の仲を引き裂こうとするんじゃなくて、純恋自身が、僕に好きになってもらえるように努力すれば良かっただろ‼」
「うぅ……。ぐす……。うぅ……」
純恋は僕の言葉を受けて、さらなる涙を零した。大粒の涙をいくつも零しながら、教室の床を濡らしていく。
彼女の嗚咽だけが、教室内に響き渡る。
「わたしのTバックじゃ、わたし自身のことを好きになってはもらえませんか?」
「僕も男だ。正直エロいとは思ったし、勃起もしたよ。だけど、それは性欲でしかない。それだけで、純恋のことを好きになることはないんだ」
「セフレから始まる愛もあるって……!」
「お前はそれでいいのかよ! 身体だけの関係でいいのかよ‼」
「何もないよりはいいよ‼」
「身体だけの『愛』なんて、僕の求める『愛』じゃない。それは『軽い愛』なんだよ‼ 僕が求める『重い愛』じゃないんだよ‼」
僕が叫ぶと、純恋は自分の指で涙を拭った。そうして、弱々しい声を上げながら、
「ムーちゃんが『重い愛』を求めているなんて知らなかった……。ムーちゃんは重いのは嫌いだと思ってたから、わたしはこういう面をずっと隠してきたのに。ムーちゃんが重い女が好きだって知ってれば、最初からわたしはもっと素直にアプローチしてたのに……」
過去の行動を振り返り、その後悔を噛み締めるように、純恋は呟いた。
「あすみんは、知ってたのかな。ムーちゃんが重い女が好きだって、知ってたのかな……」
「さあ、な。話した記憶はないけど」
そういえば、愛純はどうして、僕をストーカーするようになったのだろう。
どうして、彼女は僕のことを好きになったのだろう。
そういう話は、したことがなかった気がする。
「もしもムーちゃんが重い女好きだって知ってたなら、あすみんは凄いね。ムーちゃんのラノベ以上の趣味を知っているぐらいで威張っていたわたしが、バカみたいだね」
「僕は、純恋の前でなら、その趣味の話を隠すことなく出来た。それは、純恋を幼馴染として信頼しているからなんだよ」
「ごめん。その信頼を、裏切るようなことして」
そう言って、純恋は僕にスマホを返してくれた。例のメッセージは、メッセージ入力欄からは削除されていた。
「僕は、愛純のことが好きだ。だから純恋とは付き合えない。でも……、純恋のことは、嫌いじゃないよ」
「え……それって……」
僕は座り込んでいる純恋に近づいていき、彼女の頭を優しく撫でた。
「また一緒に、趣味の話しようぜ? ラノベでも、なんでもいいからさ」
「期待させるようなこと、言わないでよ……。もう、好き」
彼女の気持ちには答えられないけど、それでも、出来ることなら、僕は彼女と縁を切りたくなんてない。
だけど、愛純が最優先であることは変わらない。
「まあ、愛純が縁を切ってって言ってきたら、これっきりかもしれないけど」
「泣いていい?」
「いいけど、僕は助けられないぞ」
純恋がむくっーと膨れている。そんな顔しても、無理なもんは無理だ。
「……あの、さ。ムーちゃん。お願いが、あるんだけど……」
純恋らしくないもじもじとした様子で、そんなことを言ってくる。
「なんだよ? 聞くだけ聞くぞ」
「もうわたし、二人の仲を引き裂こうとしたりとか、しないからさ……。だから、今日の最低なわたしは一旦忘れて……明日からの、あなたに好かれようと努力するわたしを、見ていてくれないかな?」
「わかったよ。ちゃんと見てるよ」
「えへへ、ありがとう」
純恋が見せたその笑顔は、三年ぶりにようやく会えた、彼女のなんの思惑もない笑顔だった。
「そういう顔の方が、純恋には合ってるよ。無理に悪者ぶろうとするなよ」
「悪者ぶろうしたわけじゃないよ。必死だっただけ」
「そうかい」
こうして、僕と紫鳥純恋は、三年ぶりの再会を果たした。
出来れば、大切な幼馴染とは縁を切りたくない。
果たしてこれから、どうなるだろうか。
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