第14話 ここだけ切り取れば少女漫画

 本屋でライトノベルの棚を見ながら、僕たちは会話する。


 あの本が面白そう、この本が面白そうとお互いに言い合いながら、デートを続ける。


 その中でふと、僕は疑問に思ったことを口にした。


「そういえば、重叶さんは僕が二次元の女性を推すことに関しては何も言わないよね? 現実のアイドルはアウトだったのに」


「そうだね。だって二次元の女性は実在するわけじゃないし、相生くんを奪われるわけじゃないから」


「これは仮定の話だけど、もしも僕が二次元の女性にガチ恋してしまった場合は、どうなの? それはアウトなの?」


 重叶さんにとってどこからがアウトでどこまでがセーフなのか、それを僕は知っておきたかった。


「それは、私よりも二次元の女性を愛してしまうって解釈でいいんだよね?」


「まあ、そうなるかな」


 僕が肯定すると、重叶さんは真剣な表情で「うーん」と唸る。


「気持ち的には、正直嫌かな。架空の存在とは言え、私以上に魅力的に感じる女性がいるってことだから。でも、相生くんがその人にどれだけ恋焦がれたところで、その恋は絶対に実らない。だから、その場合は、私があの手この手を使って相生くんを惚れ直させてみせるよ。それこそ、身体で誘惑でもしてね。二次元のおっぱいは揉めないけど、私のおっぱいは揉み放題だよ? すごく柔らかいよ?」


 重叶さんは胸の下で腕を組み、おっぱいの大きさをアピールしてくる。


「こんなに魅力的な私が目の前にいるのに、相生くんは二次元にガチ恋しちゃうの?」


 蠱惑的な笑みを浮かべながら、重叶さんが訊いてくる。


「いや、そもそも二次元にガチ恋してないって。今のは例え話だから。それはアウトなのかセーフなのか気になっただけ」


「でも、それを確認してくるってことは、二次元にガチ恋してしまう可能性があるってこと?」


「いや、ないよ。だって……重叶さんの方が、魅力的だから……」


 僕は照れながらそう言うと、重叶さんはニマニマしながら、僕の頭を撫でてくる。


「ちゃんと言えて偉いね? じゃあ、次は『重叶さん大好き』って言ってみよっか?」


「え、いや、それは……照れるって!」


「言ってくれないの?」


 そんな上目遣いで頼み込まれたら、言うしかないじゃないか……。


「重叶さん、大好き……」


 なんだこれ。どういう羞恥プレイだよ!


 僕は恥ずかしさのあまり、顔が沸騰しそうなくらい熱くなる。


「ふふ。ふふふふ。ありがとー。じゃあ、これはご褒美ね?」


 ニヤニヤと笑いながらそう言うと、重叶さんは僕の耳元に口を寄せ、


「私も、のぞむのこと大好きだよ」


「~~~~~~っ!」


 初めて彼女に下の名前で呼ばれ、僕は悶える。


 僕が顔を真っ赤にしている中、重叶さんはニコッと笑って、


「恋人同士なんだから、そろそろ下の名前で呼び合ってもいいんじゃないかな?」


 そう言った彼女の顔も、わずかに赤く染まっていた。


 いつも僕にぐいぐい来ている重叶さんだけど、下の名前で呼ぶことには多少の照れがあったらしい。そんなところが、可愛いと思った。


「望も、私のこと下の名前で呼んでよ……」


 恥ずかしそうに僕から目を逸らし、チラッ、チラッと期待するような眼差しで視線を送ってくる。


 重叶さんの下の名前は、愛純あすみだ。


 照れ臭くはあるけど、彼女が呼んで欲しいと願っているなら、ここは男として、勇気を出すべきだろう。


「あ、愛純……」


「………………。……それだけ?」


 下の名前で呼んだものの、それだけでは足りないらしい。彼女が求めている言葉は、大体予想がつく。僕は勇気を振り絞って、彼女が求めているであろう言葉を言い放つ。


「愛純、好きだよ……」


「ふふ。ありがと……」


 お互い初々しさ満載で、顔を真っ赤にしてしばらく沈黙が続く。


「な、なんか、改めてこういうこと言うと照れるよね……」


「う~、不覚だよ! まさか私もこんなに照れるとは思わなかった!」


 確かに重叶さ……いや、愛純がこんなに照れた顔をするというのは珍しいかもしれない。


 僕はここぞとばかりに、彼女をいじってやることにした。


「照れた顔も可愛いじゃん、愛純」


「うぁ~! そのセリフは私に効く! ひ、人の弱みに付け込むなんてズルい!」


 愛純が顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いている。


(へえ。愛純のこんな顔、初めて見たな)


 初めて見る彼女の顔に僕は嬉しくなってしまい、余計に彼女をいじりたくなる。


「顔真っ赤になってるよ? 俯いてないで、僕のこと見てよ」


 調子に乗った僕は、愛純に顎クイして、無理やりこちらを見つめさせる。


「僕の目、見てよ」


「~~~~~~っ!」


 彼女は必死に僕から顔を背けようとするが、それを僕は許さない。両手の平で彼女の頬を包んで、僕以外を見せないようにする。


「あう、あう、あう……」


「ふ。愛純、可愛いぜ」


 何故かいつもより口調がキザになってしまった。


「あう、あうぅ……」


 ぼふぅ、と愛純は頭から湯気を出し、身体の力が抜けたようによろよろと倒れそうになる。


「おっと」


 倒れそうになる愛純を抱き留め、声をかける。


「ちょっと調子に乗り過ぎた。どこかで休む?」


「はい……」


 うるうるとした瞳で僕を見つめながら、愛純は頷いた。僕は彼女に肩を貸し、本屋のすぐ近くに設置されている休憩用の長椅子まで歩いた。


 長椅子に座り、愛純に膝枕をしてやる。


「はうぅ……。今日の相生くん、積極的過ぎるよぉ……」


「相生くんじゃなくて、望だろ?」


「あ、ごめん。の、望……。うぅ~、なんで私が照れてるの!? いつも照れさせる側なのに‼」


「愛純は意外と、真正面からはっきりと可愛いとか言われるのに弱いんだね。良いことを知ったよ」


「うぅ~。うぅ~~っ!」


 赤くした顔を僕に見せまいと、愛純は両手で自分の顔を隠した。


「望が格好良すぎるのが悪いよ~。いつもは可愛いのに、急に格好良いんだもん……。そんなのときめいちゃうって~!」


 なんだかんだ、愛純にも普通の女性らしい乙女心があるらしい。


「どのくらい休憩する?」


「と、とりあえず、ここで膝枕は恥ずかしいから、起きようかな……」


 本屋の近くということもあって、それなりに人目がある。実際、僕らのことをチラチラ見てくる人達が何人かいる。


 愛純はそのことに恥ずかしさを覚えたらしく、僕の膝から離れ、普通に座った。


「周りに見られて恥ずかしがるなんて、可愛いじゃん」


「私にだって普通に羞恥心くらいあるよ! もう!」


 それからしばらく、愛純が落ち着くまで僕らは他愛のない会話を交わし続けた。



 ◇



 愛純が落ち着いてから僕らは改めて本屋を物色し、それぞれ気になったラノベを数冊購入した。


「読み終わったら貸してね! 私も貸すから!」


「わかったよ」


 本屋を出た後、時間を確認すると、十二時を回ろうとしているところだった。


「そろそろお昼だね。どこかお店入ろっか」


「そうだね。何か食べたいものある?」


「ドーナツ食べたい!」


「ひ、昼飯に……?」


 昼食にドーナツを食べるという習慣が全くないため、少し戸惑ってしまった。


「食べたくないの!? 私は食べたい!!」


「ん……。まあ、愛純が食べたいならいいか。じゃあ、ミスド行こうか」


 と、ミスドに向かって歩き出そうとしたその時、僕はどこかから視線を感じ、足を止めて振り返る。


 しかし、振り返った先には誰もいない。


「望、どうかした?」


「ああ、いや。誰かに見られてる気がしたんだけど……気のせいか……」


「……………………」


 すると、愛純も足を止めて、鋭い目つきで辺り一帯を観察する。


「なるほどね……。放っておけばいいよ。むしろ、見せつけてあげようかな」


「え?」


 愛純は何か呟いた後、僕の腕をぎゅっと掴み、一際大きな声で、


「望~! 早くミスド行こうよ! 私、エンゼルフレンチが食べたいなっ!」


「わかった。じゃあ、僕が奢るよ」


「え!? 奢ってくれるの!? 望、やさし~! ふふ、望とのデート、すっごく楽しいな♪」


 それは、まるで誰かに見せびらかしているかのような大袈裟なリアクションだった。


(やっぱり、誰かに見られているのか……?)


 だとしたら、愛純は誰に見られているのか気づいたのかもしれない。


「愛純、誰に見られてるのかわかったの?」


「ふふ。望は気にしなくていいよ。多分、私たちのデートを邪魔するために後を付けてきたんだろうけど……きっと彼女は、私たちに何も出来やしないから」


 確信を込めて、愛純はそう言った。


 彼女の口ぶりから、誰かに見られているのは間違いないようだ。


「誰に見られているか、教えてくれないの?」


「ふふ。知りたい? でも、知らない方がいいと思うよ?」


「知らない方がいい……?」


「うん。知らない方が幸せだよ」


 僕の頭には「?」が浮かんでいたが、愛純がそう言うなら……と、それ以上追求するのはやめておいた。

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