第11話 今日の下着はパープル
翌朝。
スマホから鳴り響く着信音で、僕は叩き起こされた。
まだボッーとする頭で、僕はスマホに手を伸ばし、着信相手を確認する。
スマホの画面には、重叶愛純の文字。予想はついていたけど、やっぱり重叶さんからか。とりあえず、僕は着信に応じる。
「もしもし……」
寝起きの掠れた声で、僕がぼそぼそと呟くと、
『おはよう! 相生くん! 彼女からのモーニングコールだよっ♪』
頭にガンガン響く元気な声で、重叶さんは挨拶してきた。
「おはよう……」
『ふふ。相生くんの寝起きの顔見ちゃった♡ ラッキー!』
「え……?」
そこで改めてスマホの画面を見つめる。するとそこには、僕のみっともない顔と、ばっちりメイクを決めた重叶さんの顔が映っていた。
……どうやらこれは、ビデオ通話だったらしい。
「ちょちょちょっ!? なんでビデオ通話!?」
慌てて僕はカメラをオフにした。
『えー。もっと相生くんの顔見せてよー。まだ20枚しかスクショ撮れてないよぉ』
「今の一瞬で20枚も撮ったの!?」
末恐ろしい、僕の彼女。流石は元ストーカー。
『カメラオンにしてよぉ。もっと顔見たい』
「嫌だ」
彼女の頼みとは言え、ここは断固拒否する。
「大体、僕は寝起きなのに、そっちはメイクしてるのズルくないか? なんか、僕だけ弱みを見せた気分なんだけど」
『私の寝起きが見たいなら、今度は相生くんがモーニングコールしてよ。私、寝起きでも着信拒否とかしないから。むしろ、相生くんのモーニングコール待ってるよ♡』
「なるほど。その手があったか。考えておこう」
今の会話を忘れた頃に、不意打ちでモーニングコールをしてやろう。
『今から相生くんの家向かうねー。あ、通話このままでいいよね? 相生くんとお話してたいし』
「僕、今からご飯食べたり、着替えたりしなきゃいけないんだけど……」
『うん。それがどうかしたの?』
「生活音聞かれるの、なんか恥ずかしいんだけど……」
『気にしない気にしない。恋人なんだから!』
あちらから通話を切る気はなさそうだし、こちらから通話を切るとそれはそれで彼女の機嫌を損ねそうなので、僕は渋々、通話を繋げたまま今朝の身支度を整えることにした。
『カメラオンにしないのー?』
「そっちこそ、画面見ながら歩くのは危ないんじゃない?」
重叶さんは既に外に出ているようだが、ずっとカメラ目線のままだ。
『一瞬でも相生くんの顔を見逃したくないので』
「カメラオンにしないから、安心して前向いて歩いていいよ」
『えー。ケチー』
「流石に着替え見られたりするのはちょっと……」
『え? 私は全然見せれるけど。ほら、今日の下着は紫色だよ』
なんて言いながら、重叶さんはスカートの中をカメラで写してくる。確かに、彼女の下着はパープルだった。ついでにスクショした。
「バカ! そんなはしたないことしちゃいけません……!」
『でも今、スクショしたよね?』
(バレてるぅ。スクショしたのバレてるぅ)
僕の彼女には全てお見通しらしかった。
『もう、相生くんのむっつりさん♡ 可愛いよ?』
「いいから、歩きスマホはやめなさい。危ないでしょうが」
『あ、逃げたー』
無理やり話題を元に戻すと、重叶さんは「しょうがないなー」と言いながら、カメラをオフにしてくれた。
それから僕は身支度を整え、家を出る前に姫奈に声をかける。
「姫奈、今日は学校行くのか?」
コンコンコンと姫奈の部屋をノックしながら、彼女に問いかける。すると、ガチャ……と控えめに扉が開き、制服姿の姫奈が姿を見せた。
「……おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう……」
若干の気まずさを感じながらも、お互いに挨拶を交わす。
数秒の沈黙が流れた後、姫奈がむすっとした顔つきで言い放つ。
「わざわざ訊いてこなくても、学校行くに決まってるでしょ。昨日は本当に、ちょっと体調が悪かっただけだし」
その声色は、昨日の精神が不安定だった姫奈のものとは違い、僕が知っているいつもの彼女の声色だった。
「お兄ちゃんは彼女と行くんでしょ? なら、アタシは一人で行くから。精々お幸せにー」
嫌味ったらしく言いながら、姫奈は玄関の方に歩いて行く。僕もそれに付いて行き、彼女と共に靴を履く。
「付いてくんな。キモいんだけど?」
「家出る時間一緒なんだから、仕方ないだろ」
「はいはい……」
心底嫌そうな顔をしながら、彼女は靴を履き終えると、家を出た。僕も後に続いて、家を出る。
「おはよう、相生くん! 姫奈ちゃん!」
家の前には重叶さんが立っており、僕たちの姿を見て挨拶してくる。
「おはよう、重叶さん」
もう通話を続ける意味はないだろうと思い、このタイミングで僕は通話を切った。
「どうも……」
重叶さんから目を逸らしながら、姫奈も挨拶を返した。
「昨日はいきなり掴みかかったりしてすみませんでした」
続けて、姫奈は重叶さんに頭を下げて、昨日の件について謝罪した。
彼女の変わりように、重叶さんは驚いたように目を見開いた。
「姫奈ちゃん……。私たちの関係を認めてくれるの?」
「ちっ。調子乗んな」
重叶さんの言葉に、速攻で舌打ちして返す姫奈。
どうやら、僕と重叶さんの関係を認めてくれたというわけではないらしい。
「ただ、謝罪はしておくべきだと感じただけです。義理は果たしたので、アタシはもう行きます」
ぶっきらぼうにそう言うと、姫奈は先に歩き出した。
「一緒に行かなくていいのー?」
重叶さんは姫奈の背中に声をかけるが、聞こえていないのか無視したのか、姫奈は背を向けたまま歩いて行く。
「姫奈ちゃん、どういう心変わり? 昨日は『絶対にお兄ちゃんを渡さない』とか大見得切ってたのに」
「僕にもわからないよ」
どうして姫奈がいつも通りに戻ったのか、僕にも正確にはわからない。
ただ、予想することは出来る。
多分、昨日重叶さんが帰った後のあの出来事が、関係しているんだと思う。
「彼女が私と『同類』なら、きっと……」
重叶さんは顎に手を当てて、何かを考えるような仕草をする。
「とにかく、姫奈が元気に学校行ってくれたみたいで良かったよ。きっと、もうお兄ちゃん離れしたってことだろう」
僕なりの分析を述べて、この話題を締めくくる。
「元気……だったかなぁ?」
重叶さんは少し引っかかりを覚えたようだったが、それ以上この話題について追及してくることはなかった。
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