第5話 住所教えてないのになんで家知ってるの?
昨日、僕に人生初の彼女が出来た。
彼女の名前は、重叶愛純さん。
彼女からの猛烈なアプローチを受けて、僕から告白した。
まさかこんな僕にも、彼女が出来るなんて……。正直、嬉しさのあまりニヤけが止まらない。
「お兄ちゃん、朝っぱらから何ニヤニヤしてるの? キモいよ」
我が家での朝食中、中学三年の妹、
「ふふふ。お前にもいずれわかるさ」
僕は姫奈の罵倒にも全く動じず、達観した態度で応じる。
「いや、そんなキモい顔になる理由なんて一生わからなくていいんだけど」
じとっーとした目でこちらを見ながら、食パンをかじる姫奈。
「もしかして――彼女でも出来た?」
冗談めかした声で、そう訊いてくる。その声には「お兄ちゃんに限ってそんなわけないだろうけど」という感情が露骨に現れていた。
「ふふふ。さあ、どうかな?」
家族には彼女が出来たことをしばらく内緒にしておきたかったので、僕は誤魔化した。
「はあ。どうせアレでしょ。いつもみたいに、面白いラノベでも見つけたんでしょ」
姫奈は一人で納得し、それ以上僕には追求してこなかった。
「お兄ちゃんに彼女なんて出来るわけないし。キモオタだし」
「ふふふ。今日の僕は機嫌がいいからな。妹の愛のない罵倒も、寛大な心で許してあげようじゃないか。ははは!」
「いつにも増してキモい」
僕が高笑いする姿を見て、姫奈は身震いしていた。
◇
一通りの身支度を済ませた後、僕は姫奈と共に家を出る。
姫奈とは途中まで道が同じなので、朝は一緒に登校しているのだ。
僕としては、高校生にもなって妹と一緒に登校するというのは恥ずかしいのだが、姫奈がそれを譲らなかった。
姫奈曰く、「男避けのため」らしい。彼女は学校で結構モテているらしく、男子に声をかけられるのがウザいので、男避けのために僕を利用しているらしい。
(その感情は理解出来るけど、毎日兄と登校するのは、妹的にオッケーなんだろうか?)
そんなことを考えながら、僕は家に鍵をかける。
「さて、行くか」
鍵をかけたことを確認し、姫奈にそう声をかけ振り返った瞬間、僕の時間は停止する。
「え…………」
目の前に広がる光景が信じられず、僕は目をパチパチと見開いた。
「おはよう、相生くん」
僕の目の前に、一人の少女が立っていた。
その少女はにこやかに手を振りながら、僕に挨拶してくる。
「――重叶さん、どうしてここに!?」
目の前に立っていたのは、昨日から僕の恋人になった重叶さんだった。
あまりの衝撃に、僕は夢かと思って頬をつねる。痛みをちゃんと感じたため、どうやら夢じゃないようだ。
「お兄ちゃん、この人誰?」
困惑した表情で、隣に立つ姫奈が問うてくる。家の前で待ち伏せしていた見知らぬ女性に、かなり警戒しているようだ。
「えっと、この人は……」
僕が説明しようとすると、そこに被せるように重叶さんが口を開く。
「相生くんとお付き合いさせて頂いてます。重叶愛純と言います」
ぺこっと姫奈に頭を下げる重叶さん。
「――――――は?」
僕でも見たことがないくらい顔を引き攣らせながら、姫奈が低い声を漏らした。
「相生くんと一緒に登校したくて、ここで待ってたの。迷惑だった?」
「迷惑じゃないけど……。僕の家知ってたの?」
「彼女なんだから、それくらい当然だよ」
いや、彼女だとしても、教えてもいない僕の家を知っているのはおかしくないか?
「お兄ちゃん、こいつ誰?」
重叶さんに対する嫌悪感を隠そうともせず、姫奈が僕に説明を求める。
「いや、だからこの人は僕の彼女……」
「嘘吐かないで。真面目に答えて」
「真面目に答えてますけど!?」
どうやら妹の中で、「お兄ちゃんに彼女が出来るわけない」という前提があるらしい。
「嘘でしょ……。じゃあ本当に……?」
ようやく信じてくれたのか、姫奈は受け入れ難い表情をしながらも、僕に彼女が出来た事実を認識してくれた。
「お兄ちゃんに彼女? お兄ちゃんに彼女……? ないないない。あ、そっかこれは夢か。やばいやばい、早く起きないと学校に遅刻する!」
「夢じゃないぞ」
言いながら、僕は姫奈の頬をぎゅっーとつねる。
「痛い痛い! 夢じゃない……? そんな……。そんなぁ……!」
現実を受け入れ、姫奈はがくっと膝から崩れ落ちた。
「お兄ちゃんに彼女なんて嘘だ。なんで、どうして? 昨日まで女の影なんて全くなかったのにどうしてどうしてどうして‼」
余程衝撃を受けたのか、姫奈は念仏のようにぶつぶつと何かを呟いている。
「妹さん、大丈夫?」
「まあ、こいつは僕に彼女なんて出来るわけないと何度も煽っていたからな。重叶さんみたいな美人な彼女が出来たと知って、ショックを受けているんだろう」
「もう、美人だなんてやめてよ……。照れるよ……」
「いやいや、重叶さんはすごく美人だよ」
「ふふ、ありがとう。相生くんも世界一格好良いよ」
「流石に世界一は言い過ぎだよ……」
「ううん。言い過ぎじゃないよ。世界一格好良いよ。好き」
「~~~~っ‼」
重叶さんのストレートな愛情表現に、僕は照れてしまう。
「シャッターチャンス。パシャ」
そんな僕の姿を、重叶さんはここぞとばかりにスマホで撮っていた。
「ちょっ!? 重叶さん!?」
「相生くんがあまりに可愛い反応するから♡ 写真に収めたくなっちゃった♪」
「うぅ……」
「うふふ。ごめんね、消した方がいい?」
「消さなくてもいいけど、そ、その代わり、僕にも重叶さんの可愛い写真撮らせてよ!」
彼女に対抗するように、僕はスマホのカメラを取り出す。と、
「――こんなの認めない‼」
崩れ落ちていた姫奈が立ち上がって、僕たちの会話を遮るように叫んだ。
「認めない認めない認めない絶対に認めない‼ お兄ちゃんに彼女なんて認めない‼」
妙に切羽詰まった様子で、姫奈が必死に叫んでいる。
「どうしたんだよ、姫奈。そんなに僕に彼女が出来たのが悔しかったのか?」
少し落ち着け、と僕が姫奈の肩に手を伸ばすと、彼女はそれをパチン!とはたいた。
「いたっ! おい、本当にどうしたんだよ? なんか変だぞ、お前」
僕の声を無視して、姫奈は重叶さんの方へ近づいていく。そして、重叶さんの胸ぐらをぐっと掴んだ。
「お前を絶対に、認めない‼」
「おい、やめろ‼」
重叶さんに殴りかかりそうな勢いな姫奈を危険に感じ、僕は二人を無理やり引き剥がす。
「いくら悔しいからって、僕の彼女に八つ当たりするのはなしだ。文句があるなら、僕に言えばいいだろ!」
「お兄ちゃんは騙されている。そいつはお兄ちゃんを破滅へ導く悪魔だ。今すぐ別れた方がいい」
「適当なこと言うな! いくら僕でも、そろそろ怒るぞ」
「どうしてこうなった、どうしてこうなった、どうしてこうなった‼ お前が憎い」
何かぶつぶつと呟きながら、姫奈は重叶さんを鋭く睨んだ。
その眼が恐ろしかったのか、重叶さんは僕の背後に身を隠して、僕の手をぎゅっと握った。
「お前がお兄ちゃんに触るな‼」
「姫奈‼」
僕は鋭い目つきで、姫奈を睨み返した。僕の目を見た姫奈は、途端に表情を崩し、子供のように泣き出してしまった。
「うぅ……! どうして! ごめんなさいお兄ちゃん……。ごめんなさい、ごめんなさい! うわーん‼」
泣きながら姫奈はよろよろと立ち上がり、学生鞄から家の鍵を取り出す。
「今日は学校休む……。お兄ちゃんごめんなさい。アタシのこと嫌いにならないで……」
何度も何度も僕に謝りながら、姫奈は家の中に消えていった。
「あいつ、大丈夫かな……。様子がおかしかったけど……」
「………………」
僕の後ろで、重叶さんは何か考え込むような表情をしていた。
「重叶さん?」
「あ、ごめんね。なんでもないから。妹さん、心配だね。えっと、どうする……?」
重叶さんも姫奈のことが心配なのか、僕の家を見つめながら訊ねてくる。
「ごめん、少しだけ家に戻っていいかな? あいつ体調悪いみたいだったから、せめて風邪薬の用意くらいはしてあげたい」
「ふふ、わかった。じゃあ、私はここで待ってるね。相生くん、妹さん想いで優しいね」
「これくらい普通だよ……」
そう伝えてから、僕は一度家に引き返す。
部屋で寝込んでいた姫奈の元に、冷蔵庫に入っていたスポーツドリンクやゼリーを持って行く。彼女のおでこに解熱シートを貼って、念のため風邪薬も置いておく。
何かあったらすぐに連絡するようにと姫奈に伝え、僕は姫奈の部屋を後にする。姫奈の学校にも、今日はお休みすると連絡を入れた。
僕が色々準備している間もずっと、姫奈は「お兄ちゃんごめんなさい。お兄ちゃんごめんなさい」と謝罪し続けていた。
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