第二話 失われた青春のページ(5)

「この六冊を繋ぐのは、破られたページに紡がれた物語じゃないの」

 あたしはロッカーから例のページ欠損のある六冊を取り出し、順番に並べていく。

「まず一冊目になるのが、これ。表紙の破られたラノベ。さっき冬子が観ていた動画に出ていた作者さんの作品ね」

「どうしてそれが一冊目になるのさ?」

「表紙がゼロページ目だって、作者さんが言っていたでしょう? 全ての数字の中で、これが最も小さいからね」

 そして残りの五冊にある『数字』は。

「破られたページにある。二冊目はこのホラー小説。破られているページは表が短編のタイトルページで番号がなくて、裏が九十。この場合使うのは、裏のページ番号ね」

「……あー! そっか! その二つを並べたらさ、出てくるよね! あの番号が!」

「気付いたみたいね、はるる。ゼロ、キュウ、ゼロから始まるのは、携帯電話の番号」

 六冊の本と、十一桁の番号。後は残りの四冊、八つの番号をどう並べるかというと。

「一冊目と二冊目には並べると、ルールが見つかるの。発売とか、作者の名前順じゃない。本の最後のページを見れば、もう一つの数字がある。刷数っていう、数字が!」

 刷数とは、その本が何回刷られたかということを示す数だ。

 重版をされる度に、この刷数は増えていく。

 表紙が破られたラノベは、初版。挿絵の九十ページが破られたホラー小説は、三刷。

「次に刷数の数字が小さいのは、残ったラノベの二冊。四刷と五刷。ミステリ小説は八刷で、最後に来るのが、映画化もされた名作青春小説。これは驚きの十刷」

 恐らく、刷数が初版から六刷で順番に繋げていないのは、それで答えが分かってしまうから。表紙がゼロページ目なのは結構ずるいけど。

 この謎を作ったのが誰かは分からないけど、かなりの捻くれ者だ。

 作家と編集者。イラストレーター。装丁。そして印刷所。

 たくさんの人が関わって、刷られて世に送られ、そうして本は本として成立する──。

「刷数順に並べ替えて、それぞれ破られたページの、小さい方の数字を全て繋げて……出来た。これがこの謎の、答え」

 あたしはルーズリーフに書き込んだ数字を眺め、沈黙する。

 これ、本当にかけていい番号なのかな……?

「電話かけてみたよ! ナギ!」

「あんたは行動力の擬人化か何かなの!? 少しは躊躇してよ!」

「知らないおじさんに繋がったら、ウチが相手してあげるから平気っしょ」

「まるでおじさんに電話するのは慣れているみたいな言い方で、少し嫌だなぁ」

 間もなく、電話が繋がる。スピーカーモードにして、念のため録音も始める。

 そして、そこから流れてきたのは。

「……ノイズ、だね。それに、外国の言葉?」

 冬子の言う通り、大きめのホワイトノイズに乗った、謎の言語だった。

 時間にして十秒もなく、電話は一方的に切られてしまう。

 かけ直しても、電話は二度と繋がらなかった。

「え、なにこれ。こわい」

 呟くあたしに、二人も激しく首肯する。

 春夏冬トリオは、実は誰一人としてホラー耐性がない。

「きょ、今日は帰りに三人で神社に行かない? こういう時はお寺だったかな?」

「び、びびっているの? フユ? ウチは別に平気だけど、コンビニで買い物して帰ろうかなー? 塩を切らしていたから! あと替えの下着もついでに」

「漏らしたの!? あ、あたしも一緒に帰る! あ……その前に図書室行ってくるね。この謎を教えてくれた陰湿な後輩女子に、報告してこないと」

 日が落ちかけて、オレンジ色を纏い始めた校舎の中を小走りで駆けて、あたしは図書室へと向かった。

 真っ暗な校舎も中々キツいけど、黄昏時も同じくらい不気味だと思う。

「読子、いるかな?」

 図書室の扉を開けると、カウンターに文学少女が座っていた。

「こんにちは、夏凪。今日は一人じゃなくて、二人なのね」

「へ? 今日も一人で来たけど?」

「そうなの? じゃあ夏凪の背後に立っている、血まみれの制服を着た女は誰?」

「ひぃいいい! あ、あんたねえ! そういうことばっかり言っているから、友達が減っていくんだって自覚ある!?」

 あたしが詰めると、読子は楽しそうに笑う。本当に意地が悪い。

「学校の怪談になりそうな幽霊が、一人くらい居ても面白いけどね。ところで何か用があるのかしら」

「もちろん。あんたの提示した謎、しっかり解いてきたから。これが答え、よね」

 あたしが電話番号の書かれたルーズリーフを渡すと、読子は深く頷く。

「あら、すごいわね。本当に正解を見つけ出してしまうなんて。昔の図書委員も喜ぶと思うわ」

「……昔の図書委員?」

「ええ。この謎はね、八年前の文化祭で図書委員が作ったものなの。独善的な生徒会長のせいで廃棄にされた本を再利用した、手作りのミステリよ」

 読子はカウンターの下に置いていた、一冊の本を開いた。

 そこには一枚のプリントが挟まっていて、あたしに向けてそれを差し出してくる。

「ええっと、【失われたページの謎! 図書室でイベント開催!】って、なにこれ?」

「文化祭で配ったものよ。当時の図書委員が作った、お手製のもの」

「え……? あ、あたしが頑張って解いた謎って、もしかして」

「察しがいいわね。流石、探偵代行さん。悪意も無ければ、秘密も無い。特定の物好きさんを楽しませるためだけに作られた、ちっぽけな謎なの」

 この謎の先には何かがあると信じて、寝食の時間も、授業も、放課後も、たくさん費やしたっていうのに……。

「まさか、ただの文化祭の出し物だったなんて……うう。時間の無駄だったぁ」

「しかもそのプリントを見れば分かると思うけど、ヒントがたくさん載っているのね。六冊の本を刷数順に並べることや、表紙をゼロページ目とするルールも記されている」

「このペラペラな紙一枚あれば、あたしの日々は無駄にならなかったのに! そもそも、このプリントを隠してあたしに謎を解けって、卑怯すぎない!?」

「そうね。だけどあなたは私が出した卑怯な謎に、このヒントを使わずに解いてみせた。不揃いのピースが全て噛み合った瞬間、途方もない快感が得られたでしょう?」

 読子の言葉に反論しようと思ったけど、出来なかった。

 子供の頃から、クイズやパズルが別に好きだったわけじゃないのに。

 この心臓を宿してから、やっぱりあたしは変わった。

 目の前の謎を解いてやろうという、意地。そして解き明かした瞬間に感じた、例えようのない恍惚感と快感に、あたしは見事に溺れてしまったのだから。

「ふふっ。図星みたいね、夏凪。きっとあなたは、無理難題のような謎とぶつかっても、折れない心で立ち向かい、誰に非難されてでも正解を出す人。すごく素敵よ」

「……はいはい。それはどうも」

「分かりやすい拗ね方ね。そんな可愛い仕草に騙されるのは、女性経験の一切無い無気力系男子くらいしか居ないわよ。さて、楽しい時間を過ごさせてもらったし、行くわ」

 読子は立ち上がって、今日は書庫ではなく図書室の出口へと向かう。

 窓から差し込む夕陽に照らされ、輝く仮面を被ったような横顔が、すごく綺麗で。

 黄昏から薄闇に進んでいく少女に、あたしは思わず叫んでいた。

「あたしも、すごく楽しかった! 読子のおかげで、謎を解き明かす面白さがもっと分かったかも! それにあんた、友達がゼロ人だって言っていたけど、違うから!」

 あたしは自分の顔を指差して、読子に教えてやる。

「あたしたち、もう友達でしょう? 今度は図書室だけじゃなくて、別の場所に遊びに行こうよ! あたしの友達も、紹介するから!」

 読子は一瞬だけ驚いたように、綺麗な目を丸くして……それから小さく笑ってくれた。

「ありがとう、夏凪。あなたがくれた優しい言葉、ずっと大事にするわ」

 今度こそ読子は図書室を出て行き、あたしは一人取り残される。

 彼女が置いていったプリントをスカートのポケットに捻じ込み、あたしも同じように廊下に出たけれど。

 読子の姿はもうどこにもなくて。廊下を照らしてきらきらと光るオレンジ色は、冷たいブルーに変わりかけていた。

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