第二話 失われた青春のページ(4)

 あたしたちは二日かけて、本屋や近隣の図書館を巡り、ページが欠損していない状態の本をそれぞれ入手することが出来た。

 放課後の図書室の片隅で、あたしたちは各々が先日語った『答え合わせ』を始める。

「まずは僕がやってみるね。お二人の出番は無いかも? なんてね」

 勝利を確信している冬子は、早速本を並べ替える。

 まずは新しい順に並べて、破れたページの文章、その一文字目を繋げていく。

「うーん……違う、かな。意味のない羅列だ」

 唸った後で、冬子は並べ方を古い順にもしてみるが、その成果はなく。

 がっかりしたようにため息を吐いて、はるるに出番を明け渡す。

「じゃあ次はウチだね! 作者名をあいうえお順にして、破られたページを並べて、文章を横読みすると……わぁ! すごい! 何の文章にもならないや! あはは!」

 右から読んでも、左から読んでも途中で崩壊してしまう。正直、はるるの推理が一番正解に近いと思っていたけど、ダメみたい。

「じゃあ、最後はあたしね!」

「あ、それはやらなくていいよ、渚」

「ナギのそれはやらなくても分かる」

「なんでよ!? ま、まあ……お察しの通り、だけど」

 あたしが完読するまでもなく、適当に目を通しただけで違うのが分かった。

 これで正解だったら、すごく知的で格好良かったのにぃ!

「せっかくだし、色々試してみようか。ここから先は競争じゃなくて、三人の知恵を合わせた協力プレイだ」


 冬子の提案を受け、あたしたちは色々な意見をぶつけあい、生まれた推理を試し、だけど一時間、二時間と解答に時間を費やしても……謎は解けなかった。

 作品の頭文字を使ったアナグラム。出版社ごとに並べ替え。

 破られたページの番号を使った語呂合わせ。横読みならぬ、縦読み。斜め読み。

 物語やキャラクター、果てはあとがきからヒントを探っても。

 望む答えはどこにもなく──。

 気付けば窓の外は暗くなり、図書室の利用者はあたしたち三人だけになっていた。

「渚、まだ続けるのかい?」

「そろそろ帰ろうよー。完全下校時刻、もうすぐだよー?」

 途中ですっかり飽きてしまった二人は、帰りたそうな声を上げているけれど。

 まだだ。あたしはまだ、帰りたくない。

 ただの意地かもしれないけど、この『謎』に負けたくない。

「よし。僕らは先に帰ろうか、はるる」

「そうだね。ナギはああ見えて頑固だし、やりたいところまでやらせてあげないとね! じゃあまた明日ね!」

 二人は無理に残ることはなく、あたしの好きなようにさせてくれた。

「ありがとう、二人とも。また明日ね」

 あたしの言葉に、二人は笑顔で小さく手を振りながら図書室を出ていく。

 こういうところが大好きだ。変に気を遣わないで、好きなことを好きなように出来る、三人の関係とこの時間が……すごく、愛おしい。

「さて、と。もう少しだけ頑張ろうかな!」

「可愛い女子、みぃつけた。うふふ」

「ひゃあああ!?」

 突然真後ろから声をかけられ、あたしは椅子から転げ落ちる。

 見上げた先にあった顔は、この空間に良く似合う文学少女だった。

「び、びっくりさせないでよ、読子! 何であんたは不意打ちをするの!」

「失礼ね。私、今日はずっと図書室にいたけど。気付かなかったの?」

「そうなの? 今日は友達と一緒だったからね」

「いいわね、友達。私は友達がいないの。一人だけ居たけど、長年会っていないから実質ゼロ人ね。ところで、その謎解き……まだやっていたのね」

 読子は机上に広げた本を指差し、小さく笑う。

「別にこんな謎、解けないままでも誰かが迷惑するわけじゃない。ゲーム感覚とはいえ、必死になる理由があなたにはあるの?」

「そう、ね。確かにあんたの言う通りかも」

 この謎によって誰かが傷付くことはない。

 傷付いた誰かが、見捨てられた悲しみに暮れることもない。

 加害も、被害も、この謎には存在しないけど。

 それでも、あたしには目の前の謎から逃げる気は無かった。

「答えが分からないからって、格好つけて『謎は謎のまま』にしたくないの。迷宮入りって便利な言葉で終わらせない。どんなものにだって、答えは存在するはずだから!」

 あたしの中にある何かが、この謎を逃がしたくないと叫ぶ。

 その気持ちだけが、今のあたしを突き動かしている原動力だ。

「……でも、やっぱりヒントが無いとムリかも? な、何かないかなあ? ねー?」

「チラチラと私の顔を窺わないでくれる? 全く、情けない《探偵代行》さんね。確かにこれはノーヒントで解く想定はされていないようだし、ヒントをあげる」

 読子は並べられた本の一冊、ライトノベルを手に取った。

 それはあたしが最初に探していた、歯抜けだった三巻。

「この装丁に対する、作者の気持ちを答えなさい」

「また出た! 国語のテストで出てきたら一番無理なパッション系問題!」

「違うわ。無茶かもしれないけど、無理ではないの。本を作るのは物語だけじゃない。たくさんの人が関わって、刷られて世に送られ、そうして本は本として成立する」

 文学少女らしい言葉遊びかと思ったけど、どうやら違うみたい。

 真剣な眼差しを見れば、それくらいは分かる。

「本を愛して、本に死ぬ。それこそが本望。そんな私からの謎を、解き明かしてみてね。それじゃあ私は帰るわ。ばいばい、夏凪」

 読子はそう言って、カウンター裏の書庫に入っていった。荷物を持って帰るのかもしれないけど、図書室から出ていった方が締まったのになあ……。

「本は本として成立する……か。振り出しに戻って、考えてみようかな」

 あたしも並べた本を重ねて抱え、図書室を後にする。

 まだまだ。あたしはこの謎と向き合えるし、向き合いたい。

 直木読子という、謎を解き明かすことを期待する誰かが存在するのだから。



 それから一週間。あたしはこの謎解きを続けた。

 授業を放置して、僅かな休み時間も、お昼のランチ中も全部この謎のために時間を割いたけど。

 気付けば何の成果もないまま、今週最後の放課後を教室で迎える。

「ダメだぁ……あたし、もう謎解きやめる……タピオカ飲みたい……ピザ食べたい」

「机の上に突っ伏しながらヘラっているナギ、メッチャ草だが。記念に撮っちゃえ」

「渚って図太いところもあるわりに、時々普通に女子高生っぽくて可愛いよね。SNSで深夜に病んだ投稿しまくって、朝になって慌てて消していそうな感じ」

「しないって、そんなこと! それより、何の動画を観ているの?」

 前の席にはるると並んで座っている冬子が、スマホで何かを観ている。

「渚が読んでいたラノベの作家さんが、アニメ化の時にインタビューを受けている古い動画だよ。検索したら出てきたから観始めたけど、面白いね」

 あたしは画面を覗く気にもならず、ラジオ感覚でその動画のやりとりを聞いていた。

 作品が生まれた経緯とか、キャラのこととか、色々喋っているなあ。

 いくつもの言葉が、するりと耳に入り込み。

 脳が痺れるような感覚。それは、突然やってきた。

 謎を解くための、取っ掛かり。フック。掴むべきヒントが──、見えた。

「冬子! その動画、ちょっと前に戻して!」

 あたしに言われるがまま、冬子は怪訝な顔で動画を巻き戻す。

 ここだ。作者さんが、ラノベについて持論を語っているシーン。

『ラノベにとって表紙は、最初のページだと思っています。物語が一ページ目から始まるのであれば、このイラストがゼロページ目です』

 そうか。これが作者さんの、装丁への気持ち。

 何もかも違う六冊の本を繋げるための、一本の糸が見えた。

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