ダンス・ダンス・ダンス
社交界のダンスは大いに盛り上がっていた。
ピアノやヴァイオリンなどの楽器で演奏される曲に合わせ、男女が楽しそうに踊っている。
そんな和やかな空気を切り裂くように、バンッと扉が開かれた。
大きな音に反応し、皆が演奏とダンスが止めてなんだなんだと扉に注目する。すると、扉の外から二人の男女が入ってきた。
女性の方は、さっきまで一人ぽつんと居た『毒舌令嬢』のマリンダだった。だが男性の方を目にした途端、麗しき令嬢達は喜色の声を上げる。
「ねぇ、あの方ってもしかして!」
「絶対そうよ! 第三王子のカール様だわ!」
「きゃー! カール様よ!」
「なんてイケメンなのかしら! かっこ良過ぎるわ!」
それはもう大はしゃぎだった。
令嬢達が歓喜を震えるのも無理はないだろう。何故なら、貴族界のアイドル的存在であるカールが社交界に姿を現したのだから。
きゃーきゃーとテンション爆上げな令嬢達とは真反対に、貴族の男性陣は面白くなさそうな顔を浮かべていた。
それはそうだろう。折角麗しい令嬢達と楽しくダンスをしていたのに、カールに全てを掻っ攫われてしまったのだから。
「マジで第三王子じゃん」
「でも、何でカール王子が社交界に? 今まで一度も来なかったよな?」
「確かにおかしい」
「いつもの気まぐれじゃないか? あの人は掴み所がないからな」
首を傾げる男性陣。
彼等が言うように、これまでカールは一度も社交界に参加したことがない。その理由は二つあって、表面だけのおべっかをしてくる貴族達と会いたくないのと、堅苦しい格式ばった社交界に参加したくなかったからだ。
では何故、今日に限ってカールが社交界に参加したのか。
それは、学生時代からの“親友”に絶対参加しろよと強制されたからである。
「カール様、今日はどうされましたの!?」
「あの、よろしければわたくしと踊っていただけませんか!」
「抜け駆けはズルいですわ! カール様、是非わたくしと!」
わらわらと群がってくる令嬢達に、カールは素敵な王子スマイルを浮かべてやんわりと断る。
「ごめんね、今日は先約があるんだ」
「先約? それって……」
「さぁ、行こう」
「ちょ、ちょっと!」
カールは令嬢達に埋もれていたマリンダの手を引くと、令嬢達を掻き分け広場の中央に立つ。その光景に誰もが驚愕した。
「えっ、カール様が踊る相手ってマリンダ様なの!?」
「そんな……どうしてカール様が毒舌令嬢と!?」
「いったい何が起こっているんだ?」
皆が困惑するのは当然だろう。
なんせカールのダンスパートナーが、惨めに帰って行った筈のマリンダだったからだ。
周囲から胡乱気な眼差しを送られて、マリンダは場違いにも程があると俯いてしまう。成すがまま勢いでついて来てしまったけど、今からでも引き返した方がよいのではないか。
迷いを見せるマリンダに、カールは強い声音で告げる。
さっきよりも、ずっと真剣な声音で。
「下を向かないで。俺を見るんだ」
「……わかりましたわ」
カールの顔を見上げたマリンダは腹を括る。
こうなってしまっては今更やめることはできないだろう。ならばせめて、王子に恥をかかせないよう精一杯踊りに集中するだけだ。
カールは左手、マリンダは右手を上げて手を繋ぎ、もう片方の手は相手の肩辺りに添える。
1、2~3。1、2~3と呼吸を合わせるようにステップを踏んでいくと、それに合わせてローテンポな演奏が流れ始めた。
「上手いね」
「当然ですわ」
褒めてくるカールに、マリンダは当たり前だと言わんばかりに勝気に微笑んだ。
こちとら何年何百回とダンスを踊ってきたと思ってる。カールに言われるまでもなく、踊りなら完璧に熟せる。
というより、マリンダの方が驚いていた。
カールは社交界にも来ないし、ダンスをしている姿なんて見たこともない。これは想像でしかないが、真面目にダンスを習わなかったのではないか。
だというのに、カールは貴族のダンスを完璧に踊ってみせていた。この熟練度は一朝一夕で身につくものではない。もしや影で努力していたのか?
意外だったと思うマリンダだったが、残念ながらそうではない。
カールはたった一度や二度ダンスを習っただけで完璧に踊りを覚えてしまった、ただ天才だっただけの話である。
「あのお二人、なんてお美しいのかしら」
「惚れ惚れしてしまいますわね」
「悔しいですけど、あの踊りはマリンダ様以外には無理ですわ」
「というかさ、改めて見るとやっぱマリンダ様って美しいよな」
「まぁな……アラサーだけど」
マリンダとカールのお手本のようなダンスを見て、うっとりと見惚れする令嬢達。
手の指先から足の爪先まで手を抜いている部分は一つもなく、互いの呼吸を合わせ、表情まで完璧かつ優雅な所作。紳士と淑女のあるべき姿が繰り広げられていた。
人は美しい物を目にすると感動する生き物だ。
それは何も物や風景だけではなく、極限まで研ぎ澄まされた武芸にも言える。貴族男子や令嬢達は、呼吸も忘れて二人のダンスに見入っていた。
(いつ以来かしら、こんなにダンスが楽しいのは)
マリンダもまた、カールとのダンスを楽しんでいた。
これまで沢山の貴族達と踊ってきたが、一度たりとも本気で踊ったことはない。
時には「下手ですわね」と文句を言ったり、時には「こうした方がいいですわ」と丁寧にレクチャーした事もある。
だがその度に「余計なお節介だ。たかが社交ダンスで完璧に踊る必要なんてないだろう」と呆れた風に言われ、仕方なく相手の力量に合わせるようになってしまった。
だから今、初めて本気で踊れていることが楽しくてしょうがなかった。
「ふふ、やるじゃないか」
「王子こそ」
「なら、もっと激しくいこうか!」
「えっ!?」
突然カールがダンスのテンポを上げた。
タンッタタンッと素早いステップを踏み、より速く、よりダイナミックに踊ってくる。
これは貴族のダンスではない。
おいおいと戸惑うマリンダに、カールがついてきてごらんと言いた気な顔を浮かべていた。
(望むところですわ!)
こうなったらとことん付き合ってやろう。
カールの動きに遅れないよう精一杯合わせ、マリンダも跳ねるように踊る。二人のダンスにつられて、演奏家達も調子に乗ってハイテンポな演奏に切り替えた。
彼等も鬱憤が溜まっていたのだろう。
きゃっきゃうふふとただ触れ合うだけの貴族男子と令嬢達のしょうもないダンスに合わせた、つまらないローテンポな演奏をしなくてはいけなかったから。
だが、今だけはマリンダとカールのお蔭で本気で楽器を弾ける。今日だけなら自分達も楽しんだって罰は当たらないだろう。
テンションが上がっているのは二人や演奏家達だけではない。
周囲にいる貴族や令嬢達もまた、パンッパンッと手拍子をしてリズムを取っていた。会場全体が盛り上がり、全員がその場の空気を楽しんでいた。
しかし、楽しいひと時ほどあっという間に終わりが訪れるというもの。
演奏がクライマックスに差し掛かり、マリンダとカールは中央に向かう。最後の最後まで手を抜かず、ジャラランという音に合わせて決めポーズを取った。
「「はぁ……はぁ……」」
マリンダとカールがパートナーの顔を見つめながら呼吸を整えている中、
「「わぁああああああああああ!!」」
と、万来の拍手と歓声が巻き起こる。
ヒューヒューと口笛が吹かれ、キャーキャーと令嬢達が喜色の絶叫を上げる中。
カールは床に膝をつき、マリンダを見上げながら手を取り、
「素晴らしいひと時だった。貴女との出会いに感謝を」
と告げ、マリンダの手の甲に唇を落とした。
その姿は本物の貴族紳士のようで、マリンダはボッと顔が赤く染まってしまう。
「では、“またお会いしましょう”。マリンダ嬢」
最高の笑顔でそう言うと、カールは踵を返して去ってしまう。
令嬢達が「え~もう帰ってしまわれるの!?」と慌てて追いかけていくのを眺めながら、マリンダは彼とのダンスで熱くなった身体と手の甲に残る熱の余韻を噛みしめていたのだった。
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