第2話 国王の褥への第一歩

 結婚式から数日経った。

 カイルはキサット家に婿入りし、私の生家である館に共に住むこととなった。伯爵家から子爵家へ、いわば降格と言う形になるのだろうが、カイルに気にする素振りはない。

 思えば彼は、幼いころから我が家に頻繁に出入りしていた。そのため、他家に入ったという感覚が薄いのだろう。



 この日、私たちは居間で作戦会議を開いた。議題は勿論、互いの目標達成に向けてのものだ。

「幸いにも、と言うのははばかられるが」

 カイルは少し声を潜め、テーブル越しにこちらへ身を乗り出した。

「国王陛下はごく最近、最愛の寵姫リューズ夫人を病で失ったところだ」

 リューズ夫人とは、国王陛下の公妾だった女性だ。公妾とはただの愛妾ではなく、国の認可を受けた寵姫。陛下が公の場に出るときは供をする、いわばファーストレディのような存在である。

「現時点で公妾のポジションは空席となっている。だが、新たな愛妾がその地位に任命されるまでそう長くはないだろう。お前は短期間でそこを目指せ」

「別に公妾にならなくていいけど?」

「は?」

「だって、めんどいじゃない? 私、国王陛下と恋が出来ればそれで満足だし。公の場でゲストをもてなすとか気の利いたジョークで場を盛り上げるとか面倒くさく……」

 頭上にチョップが落ちて来た。

「痛い! 何すんのよ、カイル!」

「ミューリ、忘れてないだろうな。お前は王の愛妾となる、その見返りとして夫の俺は領地や地位を手に入れる。お前が全力で成り上がらなきゃ、俺も大したもん手に入れられんだろうが」

「うわ、最低」

「うるせぇ、俺らは最初からギブアンドテイクの関係だ」

 私たちはむっつりと黙り込み、互いに睨み合う。


「……で?」

 紅茶でそっと口を湿し、私は彼に問う。

「公妾になれったって、具体的にどうすればいいのよ」

「まずはサロンに参加しろ」

「サロン?」

「お前、まさかサロンを知らないのか? いくら田舎子爵の田舎令嬢だからって」

「田舎田舎うるさい。今やあんたもその田舎子爵の一員でしょうが! 知ってるわよサロンくらい。貴族の妻たちが、お抱えの芸術家を見せびらかしてマウントしあう会でしょう」

「……微妙にトゲのある解釈だが、まぁそんなところだ」

「と言ってもね。私には自慢するような芸術家の知り合いなんていないからなぁ」

「誰も主催しろとは言ってない。まずは開催の決まっているサロンに客として参加するんだ」

「客として?」

「あぁ」

 カイルは、懐から一枚の封書を取り出した。

「これはハネーギル伯爵夫人からお前へ、サロンへの招待状だ」

「なんでそんなものがここに!?」

「俺も元は伯爵家の人間だからな。伯爵家同士それなりの付き合いはある。新妻がサロンへの参加を望んでいると伝えたら、すぐに送ってくれたよ」

「本当に……」

 私は封を開き、中を見る。


『モノース・カッターの新作を披露いたします。ぜひいらしてください』


 その文言は、洗練された文字で開催日と共に記されていた。

「サロンで有名になれば、地位のある御婦人方からも招かれるようになる。そうすればお前の名は、いずれ陛下の元へと届く」

「! 陛下の元へ、私の名が?」

「そうだ、ミューリ」

 カイルは計算高く笑った。

「そのためには、大勢の人間に気に入られる必要がある。招待を受けたら、そのお抱えの芸術家を褒めて褒めて褒めちぎれ。自分の贔屓を褒められれば、誰だって悪い気はしない」

「なるほど」

「もう一度、お前を招待したい。そして自分の贔屓を賛美させたい。そう向こうに思わせるように、頑張って来い!」

「うん、わかった!」

「気合入れていけ!」

「おう!」

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